転生勇者二世の苦悩

曇戸晴維

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第一章 少年は旅立つ

13.勇者の義務2

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「えっ」

 思いも寄らない父さんの言葉に、言葉が詰まる。

「なぜ、戦わなかった」

 二度目はゆっくりと、はっきりと。
 父さんの目はとても黒くて深くて、吸い込まれそうなほどにまっすぐに聞いてきた。

「だって、僕は戦う力なんて」
「なら、これはなんだ」

 すぐそばに転がる魔物の死体。
 そして、置かれた斧。
 僕が倒した魔物だ。

「これは、必死で。どうにかしなくちゃって……」
「そうだ。お前は戦えた。その上、一人で倒した」

 そう、なのか。
 僕は戦えた?

「それだけのことをお前に教えてきた。なのにお前は」

 父さんの目は怒っているのか悲しんでいるのかわからない。
 ただその深い黒に囚われそうになって、僕はそうなのかもしれないと納得しそうになっていた。
 僕は戦えたのに、戦わなかった。
 父さんの授業を受けて、人と違う教育を受けて、それだけの力を持っていたのに戦わなかった。
 
 どくん、と心臓が高鳴るのを感じた。
 汗が吹き出て、焦点が合わなくなるのを他人事のように感じた。

 僕は逃げた。
 戦いから逃げた。
 ドリーやアンのように。
 ドリーやアンとは違うのに。
 戦える力を持っていたのに。
 ああ、そうか。
 だから。

 だから――

 みんな、死んだ。

 

 父さんは変わらない声で僕に言う。

「お前はなぜ、戦わなかった」

 いやだ。
 違う。
 僕は。
 僕のせいじゃ。
 だって怖くて。
 魔物が。
 違う。
 いやだ。
 いやだ。

 頭の中は否定の言葉でいっぱいでぐるぐるして、それでも父の言葉は容赦なく僕を追い詰める。

「ウェダ、お前は勇者の息子なんだぞ」

 さんざん、言われた言葉。
 父の友人にも、里の人たちにも。
 アンやドリーにも。
 冒険者の人たちにも。
 僕は勇者の息子。
 僕は金持ちの貴族。
 昼間のドリーに言われたことを思い出す。
 あのときの周りの目を思い出す。
 普通とは違う。
 普通じゃない。
 だから、特別。
 だから、魔物と戦える。
 だから、戦わねばならない。

 ああ、そうか。
 気付いてしまった。

 
 

「違う!!!!」

 突然大きな声を上げる僕にびっくりした父は、肩を掴んでいた手を離した。

「僕だって怖かった!僕だってつらかった!僕にはなにもできなかった!魔物だよ!?死ぬのはいやだ!」
「ウェダ……」
「僕は戦いたくなかった!怖くて、心細かった!なのに……」

 堰を切ったように言葉は止まらない。
 僕は戦わなかった。
 僕は戦えなかった。
 だってそれはしょうがないじゃないか。
 でも僕は勇者の息子だから、しょうがなくない。
 父さんの、父の息子だから、それが許されないのなら。

「僕だって、僕だって……」
「ウェダ!」

 父が珍しく取り乱した大声を上げたのは、初めてだった。
 僕はびっくりして父を見る。
 いつの間にか立ち上がっていた父は、僕ではなく向こうの空を見上げていた。
 父の手は、しっかりと僕の肩を抱いていた。
 そんなこと初めてで、僕はさっきまで言おうとしていたことも忘れて、父の視線の先を見る。

 月明りが眩しい夜だった。
 
 それが、その方向だけ、赤々と光っていた。

 燃えている。
 何かが、燃えている。

 ただそう思った。

 父は低い声で言った。

「すぐに里に戻るぞ」

 
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