もう一つの小学校

ゆきもと けい

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9章 渉君の場合

もう一つの小学校

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 音楽の先生に連れて行かれるように、渉君は廊下正面奥の教室に入った。途中の教室はすべてドアが閉められている。補習授業中なのだろうか・・・

 音楽室に入ると、正面奥の窓近くにピアノが置かれ、赤い布が黒いピアノの天に畳んで置かれている。左側にはそのピアノの方へ向かって机と椅子が40席くらい並んでいる。
 学校によっては有名な作曲家の肖像画が壁に飾られていたりするが、この教室にはそういうモノは一切飾られていない。

 先生はピアノの椅子に腰かける。脇に置かれている椅子に渉君を座るように促す。
 渉君は正体がバレないかと冷や冷やしながら座る。
 いや・・・正体は同じ人間なのだから、バレるという表現は少し違っているのかもしれない。

「これなんだけどね・・・」

 先生はピアノの譜面台から1枚のA3二折の五線譜を外し、渉君に手渡した。

 手書きの五線譜・・・
 先生の性格だろうか・・・
 音符はすべて定規できれいに引かれている。
 4分の4拍子。四分音符と八分音符で構成されている。

「どうかしら・・・?
と言っても譜面だけじゃわからないわよね・・・
ちょっと弾いてみるから聴いてみて・・・」

 そう言うと先生はピアノに向かい弾き始めた。自分が書いた楽譜なので、譜面を見なくても弾けるようだ。曲としては1~2分程度だろうか・・・

 その音楽は今の渉君たちの世界の学校の始業チャイムによく似ている。

「あの先生・・・この曲って、なんか似たような感じの音楽って、なかったっけ?」

 渉君はそれとなく尋ねる。先生は渉君の方へ向き直ると、

「そう・・・? あったかしら???」

 少し思案顔になる。
 そして・・・

「さぁ・・・先生は思い浮かばないけど、花岡君はあるの?」

「い、いや・・・僕の勘違いかな・・・」

 渉君は慌てて否定する。どうやらこっちの世界ではあの曲はないらしい。

「で、この曲をバイオリンで弾ける?」

 渉君にはわからない・・・
 たださっきの先生の話からすると、幼い頃からバイオリンを習っているのであれば、この程度の楽譜なら弾けるだろうと推測がつく。

「たぶん大丈夫かな・・・ でも、今、弾くのは無理だよ、先生」

「ええ、先生はそんな無理は言わないわ。弾けることがわかればいいの。今度、一度合わせてみましょう・・・
楽譜、持って帰る?」

「ううん、それは後で・・・」

 渉君は首を横に振った後、

「4時過ぎくらいになったら、声かけてもらっていいですか?」

4時過ぎには僕はこの世界にはいないはずだ。

「4時過ぎね。わかったわ・・・それまでちゃんと学校にいてね・・・」

(4時までは少なくとも僕はいる・・・入れ替わるのであれば、この世界の渉君も入れ違いでここに現れるにちがいない・・・
もしいなくても、それはこっちの世界の話だ・・・)

「話は変わるんだけどね・・・
花岡君はちゃんと学校に来た方がいいと先生は思うんだ・・・」

「はぁ・・・?」

 渉君は何とも微妙な返事をする。

「花岡君の考えも、わからないわけじゃないわよ・・・先生は・・・
有名な音大付属中学に入れるように学校に来ないで、バイオリンの練習を毎日していることも・・・」

(なるほど、こっちの世界の僕が学校に来ない理由はそれか・・・
 イジメとかではないんだ・・・)

 渉君は自分が学校に来ない理由を、一応理解した。
 しかし・・・

(でも、学校には来なきゃ駄目だろう・・・小学生なんだから・・・)

 自分のことながら、ちょっとした怒りを感じる。

「一度、ちゃんと考えてみた方がいいと思うんだ、先生は・・・」

「まぁ、そうだよね・・・ 考えてみます・・・」

 果たして、この返事で良かったのかどうか・・・

(まぁ、こっちの世界の話だからな・・・
後は本人が何とかするだろう・・・
って・・・自分か・・・)


  9章 渉君の場合 完 続く
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