ワイルドカード

ゆきもと けい

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ワイルドカード

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ドラえもんのポケットはなんて魅力的なんだろう。
「どんな夢でも叶えてくれる道具があったらいいな…」なんて思った事はありませんか?

 僕は、大学を卒業して社会人になった今でも、ときどき思う事があります。

 母方の実家を取り壊すという事で、僕は駆り出された。貴重な夏休みだが仕方ない。
 地方の片田舎の旧家で離れには小さいながらも立派な蔵があった。僕は蔵の中の整理をすることになった。蔵の中は暫く開けていないせいで黴臭く、それでも整理されていたのは幸いだった。裸電球を点けると、中には農機具、杵・臼、棚には書物などが積まれていた。
 僕は取り合えず棚の書物をひもで縛って一纏めにする事にした。
 1段目、2段目と片付けていくと、2段目の奥に小さな紙箱があるのに気付いた。
(なんだ???)
 少し背伸びをして、奥から箱を取り出し開けてみると、中にはトランプほどの大きさの紙でできた黄ばんだカードとその下にはメモ紙が入っていた。そしてそのメモにはこう書かれていた。

【この箱を開けた者へ
このカードは一度だけどんな願いでも叶えてくれる。ただし、過去に戻る事と未来へ行く事はできないらしいが…】

(いかにも昔の子供のいたずらっぽいな。今の子供なら相手にしない)
僕は苦笑した。
しかし先を読むにつれて僕はなんとも言えない畏怖感に襲われた。

【もともと私がこのカードを蔵で見つけた時、カードは2枚あった。だが1枚は私が節子の為に使った。】

(節子とは僕の母親の名前だ。という事はこれを書いたのは3年前に亡くなった僕の祖父ということなのだろうか…)

【節子が3歳の時、奇病に襲われた。何日も高熱が続き、食事ものどを通らない。入院させ、様々な検査をしたが原因はわからず、いっこうに回復傾向には向かわない。段々と弱っていった。担当医はこの状態が続くようであれば覚悟してくだい、と残酷に言い放った。だから私は急いで家に帰ると、藁にもすがる思いで、このカードに節子の回復を願った。カードは一瞬弱い光を放つと消え、翌朝、節子はうそのように元気になった。食事も美味しそうに食べている。医者は奇跡だと言った。それがこのカードの力によるものなのかどうかはわからないが、このカードを見つけた者は好きに使うといい】
メモはここで終わっていた。

(以前母親から子供の頃死にかけた話は聞いた事がある。奇跡的に助かった事も…もしこの話が本当なら、僕はとんでもない物を手に入れた事になる。どんな願いでも叶えてくれるカード…まさにワイルドカードだった…)

 蔵の片付けを終え、家に帰ってもこの事は誰にも言わなかった。
ただ母親にその時の事を訊いてみた。
「さて、なんでも奇跡的に助かったらしいけど、よく覚えてないね~。なんでそんな事聞くんだい?」
「あ、ああ。久しぶりに田舎へ帰たっらふと思い出したんだ」
僕は言葉を濁した。

 1つだけ願いを叶えてくれるなら、何を願うか…僕は黄ばんだ古ぼけたカードを眺めた。

過去と未来には行けない…
(そりゃそうだろうな。そんな事ができたら、同じ時間に同じ人間が2人存在してしまう可能性もあるからな)

 それから僕は何を願うかばかりをしきりに考え始めた。。
例えば、「100億円下さい」と願って100億円手に入ったらどうするだろうか…一生遊んで暮らせる金額なのだろうか…「だったら、1,000億円にするか?1,000億円…10億円の豪邸を10戸買っても100億円。いったいどんな金額なんだ…」
あるいは、
「僕の気に入った女性は必ず僕と付き合うことになる」
これこそ、男冥利に尽きるというもんだ。
「思い切って、月を自分のモノにするか…」
これはあまり意味ないな…月を自分のモノにしても仕方ない…
「だったら地球征服も悪くない…僕は地球の王様だ…」
まるでSF映画だ。そうなると、僕は地球征服を果たした異星人か…なにか可笑しくなってきた。
「世界平和を願うなら、今流行しているウィルスの撲滅や戦争なき世界か…」
これは僕らしくないか…聖人君子じゃあるまいし…自分の為に使わなきゃ…

 その想像は、旅行へ行く前の楽しい思いを巡らせているのと同じだった。しかしそのスケールはまるで違う…
そんな様々な想像が後を絶たない。

 そうこうしているうちに1週間が過ぎた。
普通に会社へ行き、普通に仕事をこなし、表面上は何も変わらない生活を送っていた。

まだ結論は出ていない。
なにしろ、残りの人生すべてがかかっているのだ。何を望んでも楽しい人生を歩めるが、できれば最高の人生を送りたい。
(そうなるとやっぱり金か…)

 明日は日曜日。少し街中でも歩いてみよう。

 翌朝は雲一つない快晴の朝で、まさに夏そのものだった。

 僕はカードを大切にポケットにしまい、街に出た。歩行者天国になっているここは多くの人が行き交っている。
概ね腹は決めた。
(やっぱり金だ…1,000億円だ…いや2,000億円でもいい…)
 金はあって困ることはないのだから…
 街中に建てられているビルだって簡単に手に入れることができるのだ。

 僕はポケットの中のカードに手をやった。

 遠くの方で何人かの人が叫んでいる。何を叫んでいるのかわからないが多くの人が道幅いっぱいに広がり、後ろを振り返りながらこちらに向かって必死に走って来る。
(何があったんだ)
その理由はすぐにわかった。
20歳くらいの男が日本刀らしきモノを振りかざしながらこちらに向かって走ってきている。僕は道の端に慌てて身を避けた。中央付近を走って来ている男に襲われることはまずあるまい。しかし、道路の中央付近を逃げている人は急がないと危ない。警察も当然まだ来てきない。

 案の定、男は日本刀を振り回しながら通り過ぎた。何人かの人は腕を切られ血を流しているようだが、倒れているものはいない。幸いにも命には別状なさそうだ。

 しかしその先には3歳くらいのお子さんの手をひき、胸に赤ん坊を抱えているお母さんの姿を見た。逃げているが逃げる速度が遅いので極端に目立っている。それは肉食動物が捕らえ易い獲物を見つけるのと同じ原理だ。男は弱い獲物にすぐに気づき、右方向へ進路を変えた。

(このままではあの親子はやられてしまう…)

 周りの人間は自分が逃げるのが精一杯で他人の事なんか、かまっていられない。他人の心配より自分の身の安全だ。

 男と親子の距離はどんどん近づいていく。親子の顔が恐怖におののいているのがわかる。もはや逃げ切るのは不可能だ。

(助けるには…)

 僕はポケットのカードを取り出すと、
「あの男を動けないようにしてくれ!」そうカードに願った。
カードは一瞬弱い光を発して消えた。手にはもう何も残っていない。

 男は突然に転ぶとその拍子に持っていた日本刀で自分の足を突き刺し、転がりながらもだえ苦しんでいる。もはや男に立ち上がる力はないようだ。その後警官はすぐに現れ、男はすぐに取り押さえられた。

 親子は安堵した様子で、母親は道路にヘタヘタと座り込んでいる。

(それにしても、祖父のメモは本当だったんだ…)

 だが不思議と僕に後悔はなかった。あの親子を助けるにはカードを使うしかなかった。そうしなければあの親子は男の餌食になっていたであろう。

なぁに、お金は働いて稼げばいい…身分相応の金額が手に入ればそれでいい…

【このカードは個人の利欲の為に使うと2度と復活しない。だが本当に困った人を助ける為に使うと、カードは再び復活する。それはいつどこに現れるかわからない。もし、あなたがそのカードを手に入れたら、ぜひみんなの為に使って欲しい…】



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