不思議な訪問者

ゆきもと けい

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エピローグ

不思議な訪問者

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 …閑静な町はずれにある5階建てマンションの2階。その一番奥の部屋のドア前に、鍵を持った管理人と制服を着た警察官2人が立っている。警察官は近くの派出所から来たのだろう。年配の警察官と若い警察官の2人だった。

「マンション管理についての話があるのですが、3日前から連絡がとれないのです。いつもは部屋にいることが多いご婦人なんですが…」

「出かけているということはないですかね?」

 年配の警官が尋ねた。

「たぶん3日も留守にすることはないと思うのです。ご高齢で、一人暮らしの方なのでちょっと心配です」

「このマンションにはいつ頃からお住まいですか?」

「半年ほど前くらいでしょうか…」

「わかりました。確認しますので、鍵を開けて頂けますか?」

 年配の警官が言った。

「中からチャーンがかかっていたらどうしますか?」

「それを切る道具は持っています」

 管理人が鍵を差し込み回すと、カチャっと音がしてドアが開いた。静かに開けるとチェーンはかかっていない。シーンという音が聞こえてくるようだ。声をかけてみるが応答がない。8畳ほどのリビングがあり、右の部屋が寝室になっているようだった。管理人を入り口に残し、一声かけ、2人は部屋へ上がった。きちんと片付けられている。テーブルには花柄のテーブルクロスがかけられ、上にはたたんだノートパソコンが1台置かれているだけのきれいな状態だ。

 だがそんなゆるやかな状況はすぐに一変した。ベッドの上にご婦人が横たわっている。それが寝ている状態でないことはすぐにわかった。
 ほどなくして救急車が到着した。同じマンションの住人が何事かと出て来る。

 ご婦人が運ばれた後、警察官は部屋の中を調べる。病死であることはほぼ間違いないないだろうが、一応、事件や事故の疑いも視野にいれている。

「運転履歴証明証ですね」

 若い警察官が、どこに置かれていたのか、定期入れから運転履歴証明証を取り出した。

「亡くなったのは百村清子さん81歳のようですね」

 年配の警察官にそれを手渡した。年配の警察官も確認する。

「何かあったのですか?」

 外出から帰ってきたのか、同じ2階の住人らしき女性が入り口の管理人に声かける。30歳台くらいの小柄な女性だ。

「こちらにお住いの百村さんがお亡くなりになったようなんです」

「まぁ、大変。でも百村さんてどなた?」

「何を言っているんですか。こちらにお住まいの方じゃないですか」

 管理人はこの女性が不謹慎にもふざけているのかと思ったようだ。

「いいえ、こちらにお住まいの方は守屋佳代子さんですよね」

 女性は怪訝そうな表情を浮かべた。

 玄関先の会話を奥で聞いていた警察官2人が玄関先に戻ってきた。

「その守屋佳代子さんはこの方ですか?」

 年配の警察官が運転履歴証明証を見せた。
 女性は顔写真をじっくり見た後、

「ええ、そうです…あれ、本当だわ…名前が違っている…」

 女性は驚いている様子だった。
 しかしそれ以上に戸惑っているのは警察官2人の方だ。

「どういうことでしょうか?隣人には偽名を使っていたということなんですかね」

 若い警察官が年配の警察官に尋ねた。

「う~ん、わからないな~ 犯罪歴でもあって、偽名を使っていたのかな。調べてみよう」

 最近は端末からいろいろな情報を入手できる。だが、百村清子という名前での犯罪歴者はいなかった。

「部屋の中を少し調べてみましょう」

 小さな食器棚には茶碗や湯のみ、箸などがきれいに2人分用意されている。
 年配の警察官は再び玄関先に戻ると、2人に向かって話しかけた。

「どなたか尋ねて来ることがあったのですか?」

「いえ、確か身寄りはいなかったと思いますが…」

 管理人が答えた。すると女性が、

「いえ、以前お話した際に、従弟の方が尋ねて来るかもしれない…なんておっしゃってましたけど…」

「従弟ですか…お会いになったことはありますか?」

「いえ、一度もないですけど…」

「管理人さんはどうですか?」

「いえ、私も…それに従弟の方がいらしたなんてことも初耳です。身寄りがないと伺っていましたので…」

「ご本人からですか?」

「いえ、管理会社からですけど…」

「そうですか…」

 年配の警察官は、彼女の身の状況と部屋の様子とが何か一致しない違和感を覚えた。

(いったい、何が真実で何が真実でないんだ…)

 その時、

「ちょっと来て下さい」

 中から若い警察官の声が聞こえた。

「パソコン内のデータをモリヤカヨコで検索してみたら、ありました」

 画面には守屋というフォルダが置かれていた。フォルダ内には『小説』というタイトルのワードで作成された文章が入っていた。

「小説でも書いていたんですかね…覗いてみますか…」

 若い警察官はワードをクリックして開けた。そこにはタイトルが『不思議な訪問者』という小説が書かれていた。

「読んでみましょうか…」

 若い警察官はマウスで画面をスクロールしながら2人で読み進めた。長い小説ではなかったので、すぐに読み終えた。

「マンションに引っ越してきたところで終わってますね。これで完結なんですかね」

 若い警察官は年配の警察官の表情を窺うようにした。

「さぁ、わからんね。ただ、読んで思ったのだが、百村さんはもしかしたら、この小説の中で生きようとしていたんじゃないかな?空想の中で…」

「どいういことです」

「身寄りもないお年寄りだろう…何か生きてる証が欲しかったんじゃないかな。それが例え空想の世界であっても…最後のくだりで彼女が楽しい気分になった…それが百村さんの希望だったんじゃないかな」

「空想世界で、ですか…」

「君はまだ若いから年寄りの気持ちはわからんかもな…」

「いえ、そうじゃないんです。もしこの小説が空想で、その中で生きようとしていたのであれば、一か所だけ妙に現実的に書かれているくだりがありますよね」

そう言うと、若い警察官はマウスで画面を上部にスクロールした。

「ああ、ここです」

それは武夫らしき人物が佳代子さんの家を探してきた場面だった。

『シラサギ公園の裏門を背にして1本目か2本目の道を右に入った所だと思っていたら、3本目だったんだね…』

「シラサギ公園は隣町にある大きな公園で実在します。ここだけは本当なんじゃないですかね…妙に現実味をおびていますし…ここから引っ越してきたのも事実なのではないでしょうか?」

「だとしたら…」

「空想の中で生きようとしていた彼女の真実を、僕は一つでも見つけてあげたい、そんな気持ちになりました」

 そういうと、若い警察官は椅子に座り直し、改めて『不思議な訪問者』を初めから読み始めた。

  エピローグ 完
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みんなの感想(1件)

喜劇 鈍行列車

こんにちは。
いつも楽しく拝読させて頂いております。
ありがとうございます。

今回のお話しも、
これからの展開がとても楽しみです。

今後とも、
素晴らしいお話しの投稿を
心の底から楽しみにしております。

ゆきもと けい
2023.06.08 ゆきもと けい

喜劇 鈍行列車様

こんにちは。いつも読んで頂いてありがとうござます。嬉しく思います。
頑張って投稿いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。

解除

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