4 / 4
エピローグ
不思議な訪問者
しおりを挟む
…閑静な町はずれにある5階建てマンションの2階。その一番奥の部屋のドア前に、鍵を持った管理人と制服を着た警察官2人が立っている。警察官は近くの派出所から来たのだろう。年配の警察官と若い警察官の2人だった。
「マンション管理についての話があるのですが、3日前から連絡がとれないのです。いつもは部屋にいることが多いご婦人なんですが…」
「出かけているということはないですかね?」
年配の警官が尋ねた。
「たぶん3日も留守にすることはないと思うのです。ご高齢で、一人暮らしの方なのでちょっと心配です」
「このマンションにはいつ頃からお住まいですか?」
「半年ほど前くらいでしょうか…」
「わかりました。確認しますので、鍵を開けて頂けますか?」
年配の警官が言った。
「中からチャーンがかかっていたらどうしますか?」
「それを切る道具は持っています」
管理人が鍵を差し込み回すと、カチャっと音がしてドアが開いた。静かに開けるとチェーンはかかっていない。シーンという音が聞こえてくるようだ。声をかけてみるが応答がない。8畳ほどのリビングがあり、右の部屋が寝室になっているようだった。管理人を入り口に残し、一声かけ、2人は部屋へ上がった。きちんと片付けられている。テーブルには花柄のテーブルクロスがかけられ、上にはたたんだノートパソコンが1台置かれているだけのきれいな状態だ。
だがそんなゆるやかな状況はすぐに一変した。ベッドの上にご婦人が横たわっている。それが寝ている状態でないことはすぐにわかった。
ほどなくして救急車が到着した。同じマンションの住人が何事かと出て来る。
ご婦人が運ばれた後、警察官は部屋の中を調べる。病死であることはほぼ間違いないないだろうが、一応、事件や事故の疑いも視野にいれている。
「運転履歴証明証ですね」
若い警察官が、どこに置かれていたのか、定期入れから運転履歴証明証を取り出した。
「亡くなったのは百村清子さん81歳のようですね」
年配の警察官にそれを手渡した。年配の警察官も確認する。
「何かあったのですか?」
外出から帰ってきたのか、同じ2階の住人らしき女性が入り口の管理人に声かける。30歳台くらいの小柄な女性だ。
「こちらにお住いの百村さんがお亡くなりになったようなんです」
「まぁ、大変。でも百村さんてどなた?」
「何を言っているんですか。こちらにお住まいの方じゃないですか」
管理人はこの女性が不謹慎にもふざけているのかと思ったようだ。
「いいえ、こちらにお住まいの方は守屋佳代子さんですよね」
女性は怪訝そうな表情を浮かべた。
玄関先の会話を奥で聞いていた警察官2人が玄関先に戻ってきた。
「その守屋佳代子さんはこの方ですか?」
年配の警察官が運転履歴証明証を見せた。
女性は顔写真をじっくり見た後、
「ええ、そうです…あれ、本当だわ…名前が違っている…」
女性は驚いている様子だった。
しかしそれ以上に戸惑っているのは警察官2人の方だ。
「どういうことでしょうか?隣人には偽名を使っていたということなんですかね」
若い警察官が年配の警察官に尋ねた。
「う~ん、わからないな~ 犯罪歴でもあって、偽名を使っていたのかな。調べてみよう」
最近は端末からいろいろな情報を入手できる。だが、百村清子という名前での犯罪歴者はいなかった。
「部屋の中を少し調べてみましょう」
小さな食器棚には茶碗や湯のみ、箸などがきれいに2人分用意されている。
年配の警察官は再び玄関先に戻ると、2人に向かって話しかけた。
「どなたか尋ねて来ることがあったのですか?」
「いえ、確か身寄りはいなかったと思いますが…」
管理人が答えた。すると女性が、
「いえ、以前お話した際に、従弟の方が尋ねて来るかもしれない…なんておっしゃってましたけど…」
「従弟ですか…お会いになったことはありますか?」
「いえ、一度もないですけど…」
「管理人さんはどうですか?」
「いえ、私も…それに従弟の方がいらしたなんてことも初耳です。身寄りがないと伺っていましたので…」
「ご本人からですか?」
「いえ、管理会社からですけど…」
「そうですか…」
年配の警察官は、彼女の身の状況と部屋の様子とが何か一致しない違和感を覚えた。
(いったい、何が真実で何が真実でないんだ…)
その時、
「ちょっと来て下さい」
中から若い警察官の声が聞こえた。
「パソコン内のデータをモリヤカヨコで検索してみたら、ありました」
画面には守屋というフォルダが置かれていた。フォルダ内には『小説』というタイトルのワードで作成された文章が入っていた。
「小説でも書いていたんですかね…覗いてみますか…」
若い警察官はワードをクリックして開けた。そこにはタイトルが『不思議な訪問者』という小説が書かれていた。
「読んでみましょうか…」
若い警察官はマウスで画面をスクロールしながら2人で読み進めた。長い小説ではなかったので、すぐに読み終えた。
「マンションに引っ越してきたところで終わってますね。これで完結なんですかね」
若い警察官は年配の警察官の表情を窺うようにした。
「さぁ、わからんね。ただ、読んで思ったのだが、百村さんはもしかしたら、この小説の中で生きようとしていたんじゃないかな?空想の中で…」
「どいういことです」
「身寄りもないお年寄りだろう…何か生きてる証が欲しかったんじゃないかな。それが例え空想の世界であっても…最後のくだりで彼女が楽しい気分になった…それが百村さんの希望だったんじゃないかな」
「空想世界で、ですか…」
「君はまだ若いから年寄りの気持ちはわからんかもな…」
「いえ、そうじゃないんです。もしこの小説が空想で、その中で生きようとしていたのであれば、一か所だけ妙に現実的に書かれているくだりがありますよね」
そう言うと、若い警察官はマウスで画面を上部にスクロールした。
「ああ、ここです」
それは武夫らしき人物が佳代子さんの家を探してきた場面だった。
『シラサギ公園の裏門を背にして1本目か2本目の道を右に入った所だと思っていたら、3本目だったんだね…』
「シラサギ公園は隣町にある大きな公園で実在します。ここだけは本当なんじゃないですかね…妙に現実味をおびていますし…ここから引っ越してきたのも事実なのではないでしょうか?」
「だとしたら…」
「空想の中で生きようとしていた彼女の真実を、僕は一つでも見つけてあげたい、そんな気持ちになりました」
そういうと、若い警察官は椅子に座り直し、改めて『不思議な訪問者』を初めから読み始めた。
エピローグ 完
「マンション管理についての話があるのですが、3日前から連絡がとれないのです。いつもは部屋にいることが多いご婦人なんですが…」
「出かけているということはないですかね?」
年配の警官が尋ねた。
「たぶん3日も留守にすることはないと思うのです。ご高齢で、一人暮らしの方なのでちょっと心配です」
「このマンションにはいつ頃からお住まいですか?」
「半年ほど前くらいでしょうか…」
「わかりました。確認しますので、鍵を開けて頂けますか?」
年配の警官が言った。
「中からチャーンがかかっていたらどうしますか?」
「それを切る道具は持っています」
管理人が鍵を差し込み回すと、カチャっと音がしてドアが開いた。静かに開けるとチェーンはかかっていない。シーンという音が聞こえてくるようだ。声をかけてみるが応答がない。8畳ほどのリビングがあり、右の部屋が寝室になっているようだった。管理人を入り口に残し、一声かけ、2人は部屋へ上がった。きちんと片付けられている。テーブルには花柄のテーブルクロスがかけられ、上にはたたんだノートパソコンが1台置かれているだけのきれいな状態だ。
だがそんなゆるやかな状況はすぐに一変した。ベッドの上にご婦人が横たわっている。それが寝ている状態でないことはすぐにわかった。
ほどなくして救急車が到着した。同じマンションの住人が何事かと出て来る。
ご婦人が運ばれた後、警察官は部屋の中を調べる。病死であることはほぼ間違いないないだろうが、一応、事件や事故の疑いも視野にいれている。
「運転履歴証明証ですね」
若い警察官が、どこに置かれていたのか、定期入れから運転履歴証明証を取り出した。
「亡くなったのは百村清子さん81歳のようですね」
年配の警察官にそれを手渡した。年配の警察官も確認する。
「何かあったのですか?」
外出から帰ってきたのか、同じ2階の住人らしき女性が入り口の管理人に声かける。30歳台くらいの小柄な女性だ。
「こちらにお住いの百村さんがお亡くなりになったようなんです」
「まぁ、大変。でも百村さんてどなた?」
「何を言っているんですか。こちらにお住まいの方じゃないですか」
管理人はこの女性が不謹慎にもふざけているのかと思ったようだ。
「いいえ、こちらにお住まいの方は守屋佳代子さんですよね」
女性は怪訝そうな表情を浮かべた。
玄関先の会話を奥で聞いていた警察官2人が玄関先に戻ってきた。
「その守屋佳代子さんはこの方ですか?」
年配の警察官が運転履歴証明証を見せた。
女性は顔写真をじっくり見た後、
「ええ、そうです…あれ、本当だわ…名前が違っている…」
女性は驚いている様子だった。
しかしそれ以上に戸惑っているのは警察官2人の方だ。
「どういうことでしょうか?隣人には偽名を使っていたということなんですかね」
若い警察官が年配の警察官に尋ねた。
「う~ん、わからないな~ 犯罪歴でもあって、偽名を使っていたのかな。調べてみよう」
最近は端末からいろいろな情報を入手できる。だが、百村清子という名前での犯罪歴者はいなかった。
「部屋の中を少し調べてみましょう」
小さな食器棚には茶碗や湯のみ、箸などがきれいに2人分用意されている。
年配の警察官は再び玄関先に戻ると、2人に向かって話しかけた。
「どなたか尋ねて来ることがあったのですか?」
「いえ、確か身寄りはいなかったと思いますが…」
管理人が答えた。すると女性が、
「いえ、以前お話した際に、従弟の方が尋ねて来るかもしれない…なんておっしゃってましたけど…」
「従弟ですか…お会いになったことはありますか?」
「いえ、一度もないですけど…」
「管理人さんはどうですか?」
「いえ、私も…それに従弟の方がいらしたなんてことも初耳です。身寄りがないと伺っていましたので…」
「ご本人からですか?」
「いえ、管理会社からですけど…」
「そうですか…」
年配の警察官は、彼女の身の状況と部屋の様子とが何か一致しない違和感を覚えた。
(いったい、何が真実で何が真実でないんだ…)
その時、
「ちょっと来て下さい」
中から若い警察官の声が聞こえた。
「パソコン内のデータをモリヤカヨコで検索してみたら、ありました」
画面には守屋というフォルダが置かれていた。フォルダ内には『小説』というタイトルのワードで作成された文章が入っていた。
「小説でも書いていたんですかね…覗いてみますか…」
若い警察官はワードをクリックして開けた。そこにはタイトルが『不思議な訪問者』という小説が書かれていた。
「読んでみましょうか…」
若い警察官はマウスで画面をスクロールしながら2人で読み進めた。長い小説ではなかったので、すぐに読み終えた。
「マンションに引っ越してきたところで終わってますね。これで完結なんですかね」
若い警察官は年配の警察官の表情を窺うようにした。
「さぁ、わからんね。ただ、読んで思ったのだが、百村さんはもしかしたら、この小説の中で生きようとしていたんじゃないかな?空想の中で…」
「どいういことです」
「身寄りもないお年寄りだろう…何か生きてる証が欲しかったんじゃないかな。それが例え空想の世界であっても…最後のくだりで彼女が楽しい気分になった…それが百村さんの希望だったんじゃないかな」
「空想世界で、ですか…」
「君はまだ若いから年寄りの気持ちはわからんかもな…」
「いえ、そうじゃないんです。もしこの小説が空想で、その中で生きようとしていたのであれば、一か所だけ妙に現実的に書かれているくだりがありますよね」
そう言うと、若い警察官はマウスで画面を上部にスクロールした。
「ああ、ここです」
それは武夫らしき人物が佳代子さんの家を探してきた場面だった。
『シラサギ公園の裏門を背にして1本目か2本目の道を右に入った所だと思っていたら、3本目だったんだね…』
「シラサギ公園は隣町にある大きな公園で実在します。ここだけは本当なんじゃないですかね…妙に現実味をおびていますし…ここから引っ越してきたのも事実なのではないでしょうか?」
「だとしたら…」
「空想の中で生きようとしていた彼女の真実を、僕は一つでも見つけてあげたい、そんな気持ちになりました」
そういうと、若い警察官は椅子に座り直し、改めて『不思議な訪問者』を初めから読み始めた。
エピローグ 完
2
お気に入りに追加
11
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

磯村家の呪いと愛しのグランパ
しまおか
ミステリー
資産運用専門会社への就職希望の須藤大貴は、大学の同じクラスの山内楓と目黒絵美の会話を耳にし、楓が資産家である母方の祖母から十三歳の時に多額の遺産を受け取ったと知り興味を持つ。一人娘の母が亡くなり、代襲相続したからだ。そこで話に入り詳細を聞いた所、血の繋がりは無いけれど幼い頃から彼女を育てた、二人目の祖父が失踪していると聞く。また不仲な父と再婚相手に遺産を使わせないよう、祖母の遺言で楓が成人するまで祖父が弁護士を通じ遺産管理しているという。さらに祖父は、田舎の家の建物部分と一千万の現金だけ受け取り、残りは楓に渡した上で姻族終了届を出して死後離婚し、姿を消したと言うのだ。彼女は大学に無事入学したのを機に、愛しのグランパを探したいと考えていた。そこでかつて住んでいたN県の村に秘密があると思い、同じ県出身でしかも近い場所に実家がある絵美に相談していたのだ。また祖父を見つけるだけでなく、何故失踪までしたかを探らなければ解決できないと考えていた。四十年近く前に十年で磯村家とその親族が八人亡くなり、一人失踪しているという。内訳は五人が病死、三人が事故死だ。祖母の最初の夫の真之介が滑落死、その弟の光二朗も滑落死、二人の前に光二朗の妻が幼子を残し、事故死していた。複雑な経緯を聞いた大貴は、専門家に調査依頼することを提案。そこで泊という調査員に、彼女の祖父の居場所を突き止めて貰った。すると彼は多額の借金を抱え、三か所で働いていると判明。まだ過去の謎が明らかになっていない為、大貴達と泊で調査を勧めつつ様々な問題を解決しようと動く。そこから驚くべき事実が発覚する。楓とグランパの関係はどうなっていくのか!?


変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
神暴き
黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。
神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こんにちは。
いつも楽しく拝読させて頂いております。
ありがとうございます。
今回のお話しも、
これからの展開がとても楽しみです。
今後とも、
素晴らしいお話しの投稿を
心の底から楽しみにしております。
喜劇 鈍行列車様
こんにちは。いつも読んで頂いてありがとうござます。嬉しく思います。
頑張って投稿いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。