死神さん、落語家になる?

ゆきもと けい

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エピローグ

死神さん、落語家になる?

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 その日から僕は姫師匠から“死神”という落語を教わることになった。死神という落語は、死神が枕元に立つとその人が亡くなる話で金に目がくらんだ男は、亡くなる人の布団の上下をひっくり返しその男を助けるという話だ。しかし助けたのは自分の命と引き換えだっだ。

「ねえ、姫師匠。この話は変だよ。死神がどこに立とうが生死には関係ないよ。僕らは人間の命を奪ったり助けたりするわけじゃないんだ」

「そりゃそうだろうけど、これは落語だからね。面白くなきゃぁいけないんだよ。まぁとにかくそのまま覚えてみてよ…」

 僕は師匠の言う通りそのまま覚えた。落語は首の振り方や目くばせ、声の抑揚など、かなり難しい。それでも毎日練習していれば否が応でも上達はする。

 最後に自分の消えかけた命のろうそくの炎を新しいろうそくに継ぐ場面だ。

 死神が男に言う…
「ほらほら手が震えているよ。早くしないと消えちゃうよ」
 その瞬間、男の冷や汗がポタリとろうそくの火に垂れた。
「…ああ、消えちまった…」

 師匠の前で僕は通して一席を演じた。

「死神ちゃん、才能あるんじゃないの?かなり上達したよ。でもみんなには聞かせてあげられないのが残念だね。だってみんなに見えないもんね」

 それから暫くした日のことだった。僕は死神不足の為、急遽、あるご老人の案内をする事になった。最近はご自宅で息を引き取る人も少なくなった。それでも東京の下町あたりではまだそういう方もいる。今回もそのケースだ。

 僕は息を引き取る方の枕元に自然と立った。

「ん?なんで枕元に立ってんだ?別に枕元に立つ必要なんかないのに…それに布団を上下ひっくり返されたらどうするんだ」

ふと、落語の噺が頭に浮かぶ。

「ほほほ…お前さん、死神なのに面白い事を言うな」

 そう声をかけてきたのは今まさに、息を引き取ったご老人だった。
僕の横にふわふわと漂っている。枕元では神妙な面持ちで人たちがご老人の顔を覗き込んでいる。

「死神をやっているのか?」

「どっから見ても死神でしょう…」

「そりゃ、わかっているよ。お前さんがその姿で天使だったら、儂はもう一度、自分の身体に戻るぞ」

「冗談言っちゃいけませんよ。あなたはもう死んだんですから…」

「ハハハ…お前さんは実に愉快だな。死神のくせして落語を勉強しているのか?儂は充分に生きた。もう思い残す事もない」

「でも、皆さんは神妙な面持ちで見てますよ」

「あいつらは儂の財産が目当てなんじゃ。どうせ儂が死んだかどうかみているんじゃろう。ところでお前さん死神なのに大鎌は持っとらんのか?」

僕はいわゆる手ぶらの状態だった。それでも死神である事は一目瞭然にわかる。

「急に呼ばれたもんですから、鎌を持って来る時間が無かったんです。道が混んだら間に合いませんので…」

「道が混むって…どっから来るんじゃ…」

「浅草の方からです」

「浅草なら近いじゃねえか。しょうがねぇなぁ~しかし最後にお前さんのような死神に案内してもらえるとはな…ん?まさか儂を油断させて、こっそり地獄に連れて行こうってんじゃないだろうな…」

「わかりませんよぉ~ 僕、方向音痴ですから…」

「ハハハ…お前さん、死神にしておくにはもったいないくらいだ」

「ありがとうございます」

「では、行くとしようか…」

「それは僕のセリフです…」

 僕は亡くなられたご老人を霊界の入り口まで案内した。

「ありがとう、死神さん」

 そう言うと、ご老人は吸い込まれるように霊界へ消えて行った。

 それから何人かの亡くなった人を案内した。夢半ばで人生を閉じた方も僕は未練を残さないようにと、明るく楽しく送り出した。

 そんなある日、僕は、例の偉い方に呼ばれた。

「どうかな。笑いの勉強は上手くいってるか?」

「ええ、何とか…」

「ん?手に何を持っているんだ?鎌じゃないようだが…」

「ああ、これですか?カマじゃなくてカモです。ついでにネギももらってきました…カモネギってやつですよ」

 右手のカモを大きく上に挙げて見せた。ネギは背負っていた。

「君はベジタリアンじゃなかったのか」

「やっぱり鴨鍋は食べタリアンです」

(ダジャレだぁ~ これじゃぁ、僕は“死神”じゃなくて”笑神しょうがみ”だ…)

 エピローグ 完
 
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