死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

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29章 熊野と福崎の再会

死なない死刑囚の恐怖

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 熊野との電話から1週間後、福崎は無事、退院した。予定より3日ほど早い退院となった。

 熊野が福崎と会ったのはさらに1週間が過ぎた2月の初旬のことだった。もう、カラオケBOXで、こそこそ会う必要もない。

 2人は解決策を提案してくれた高木の大学の最寄り駅の喫茶店で落ち合うことにした。それは、福崎が高木から借りたネオジム磁石を、お礼方々、返却したいと言ったからだ。

 1ケ月半振りに会う福崎は元気そうであるが、さすがに痩せた感は隠せない。

 今は夕方の7時を過ぎた頃で辺りは真っ暗だ。

 昔ながらといった感じの古い喫茶店。ちょっと薄暗い店内。カウンター5席とテーブル席が3つの小さな店だ。店内には2人の他、学生らしき人物が3人、テーブル席で昔ながらといったナポリタンを食べている。
 マスターは頭髪に少し白髪が入った50代くらいだろうか…落ち着いた感がある。
 先日、熊野が高木に連絡した際、今日の8時を指定された。夜なのは、いつもながら、他の生徒や研究者が帰った後だからだろう。

 2人が年期の入った木のテーブル席に座ると、マスターがすぐにお冷を持ってきてくれた。一人で切り盛りしているのだろうか…
 2人はホットコーヒーを注文する。

「すっかりお元気になられたようで安心しました」

 熊野が、椅子に腰を下ろすなり真っ先に言う。

「いや~ 本当にもう駄目かと覚悟しました。銃を撃ったのも初めてですし、なんといっても、アバターの姿の恐ろしいかったこと…あんな姿の人間が本当にいるのかとゾッとしました」

 熊野は福崎が人を撃ったことへの罪悪感があるのではないかと心配したが、取り越し苦労だったようだ。

 元々、存在してはいけない分身なのだから、普通に人を撃つのとは違うのだろう…身の危険も感じていたわけだし…

「でも、もうあれから何も起こっていないようですから、終息したのでしょうね」

 熊野が落ち着いた口調で静かに言う。

「ええ、アバターがどこに消えたのかは不明ですが、どこかでひっそりと死んでいるのではないかと思います。霊なら霊界に戻るのでしょうが、ヤツはあれでも一応は人間の分身ですから…」

「そうですね…」

 少しして、マスターが2人のもとにコーヒーを運んできた。

 熊野は砂糖もミルクも両方入れる派だが、福崎はブラック派だ。

「しかし、高木さんに出会えたことがラッキーでしたね。まさしく感謝です。そうでなければ、今でもあの恐ろしい状況が続いていたでしょうから…」

「2人の犠牲になられた刑務官はお気の毒でした…」

 熊野はコーヒーを一口啜る。

「全くです…」

 福崎も一口啜る。

「警察は犯人探しに躍起になっていますが、残念ながら迷宮入りになりますね」

 福崎は黙ったまま頷く。

「高木さんは今回のすべての事件をどう感じたんでしょうかね?」

 福崎がまじまじと言う。

「さぁ、アイツは学者ですからね。事件そのものにどこまで興味があったのかはわかりません。興味があったのはアバターの存在だけだったのかもしれません」

「学者さんっていうのはそんなもんですかね~」

「ええ。そんなもんですよ」

「でもそのアバターも存在しなくなってしまいましたね」

「確かに…」

 それから醍醐さんの事件を発端に起こった事件を少し整理して話した。

 福崎がテーブルに置いた自分の携帯電話に目をやる。

 時間を確認すると、

「さて、そろそろ行きましょうか?」

 2人は会計を済ませると、高木が待つ大学へ向かった。


  29章 熊野と福崎の再会 完 続く
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