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26章 佐伯死刑囚とアバター再び

死なない死刑囚の恐怖

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 翌日の大晦日、福崎はいつものように佐伯死刑囚の様子を見に行った。
 大晦日の街中は慌ただしく時間が流れるが、ここはいつもと全く変わらない。

 もちろん正月休みもない。

 とは言え、厳密には拘置所は政府の機関であるから12月29日~1月3日までは休日となる。だからと言って、刑務官が一人もいなくなるわけではない。人数が少なくなる程度だ。だからこそ福崎は昨日に決行したのだ。

 房にはいつもの佐伯死刑囚の姿があった。
 その姿を見下しながら、福崎は呟く。

「何の変化もないな…成功したのだろうか…」

 ちょっと心配にもなる。

(磁石はまだ手元にあるし、もう一回使うか…)

 などと思ったりもしてしまう。それほどに変化がないのだ。
 そして又、呟く…

「いや、高木さんの言葉を信用しよう…4時間付ければ十分だと言っていた…
それに高木さんは国立●●大学遺伝子工学では若手の期待の星らしいし…」

「もう、これで終わりにしよう…いい来年を迎えたいからな…」

 福崎は横たわっている佐伯死刑囚を見下ろすようにしながら言った。

(ただ、問題はアバターの存在がどうなっているかだが、それは考えても仕方ない。出たとこ勝負か…)
 
福崎は扉を閉め、房を後にした。

     ☆       ★

 アバターが再び戻ってきたのは、福崎が房から出て行って数時間後のことだった。

(よう、俺を呼んだか?)

 アバターは佐伯死刑囚の横に立っていた。

(よくわかったな…)

(まぁな…で何だ?)

(昨日、刑務官が俺の身体に何かしやがった…何かが変だ…)

(別に変わってねえがな…)

(そうか…ならいいんだが…)

 アバターは佐伯死刑囚との意思疎通の後、

(んん?)

 何か異変に気づいた。

(どうした?)

(やっぱり変だ…俺とお前のバランスがとれていない…)

(どういうことだ?)

(このままでは俺はお前の身体に戻れないような気がする…)

(・・・)

(正確に言うと、一度戻ったらもう分離できないんじゃないか…おそらく、お前のその体内物質とやらが、完全に壊れてしまったんじゃねえか…)

(なんだって? それがあの刑務官の目的か…
しかし、よく俺が分離していることに気づきやがったな…)

(何を感心してやがる…これはマズい事態だ…)

(俺の復活はどうなる?)

(無理だろうな… あきらめるしかない…)

(俺たちはどうなるんだ…)

(俺とお前は完全に切り離されてしまったので、俺もお前も近い内に存在できなくなるだろうな…
特にお前は、俺からのエネルギーが補充できない以上、もって数日か…)

(あの刑務官の野郎、ふざけたマネしやがって…)

(誰だ?)

(たぶん、俺を最後に送り出した…確か…福崎とかいう刑務官じゃないかと思う…)

(そしてそれを指揮した奴のことをさっき言っていた。●●大学遺伝子工学の高木だと…)

(で、どうする…)

(どうせ助からないなら…)

(わかった…)

 アバターは再び姿を消した。

 テレビでは恒例の紅白歌合戦が始まろうとしていた。


  26章 佐伯死刑囚とアバター再び
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