死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

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25章 福崎刑務官の使命

死なない死刑囚の恐怖

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 福崎がこれを決行したのは12月30日だった。この日を選んだのには理由がある。年内にケリをつけたいのは勿論だが、年末は若干ではあるが、刑務官の人数が少なくなる。少しでも面倒なリスクは減らしたい。それに心なしか拘置所内のトラブルも少なくなる気がする。

 福崎は例の磁石をズボンのポケットに忍ばせ、佐伯死刑囚の房へ向かった。途中の長い廊下で別の若い刑務官からすれ違い様に声をかけられ、少しビクッとした。

「どうかしましたか?」

 福崎が若い刑務官に向かって穏やかな口調で言った。

「いえ、福崎さんは又、佐伯死刑囚の様子を見にいかれるのですよね。定年間近の福崎さんにいつも行って頂いてすみません」

 若い刑務官は帽子を取ると、福崎に向かって頭を下げた。髪は五分刈りですっきりしている。

(なんだそんなことか…)

 福崎はホッと胸を撫でおろした。

「いいんですよ。こういう嫌な役目は年寄りがやるもんです」

 福崎は至って冷静に言った。

『一緒に行きましょうか』

 なんてでも言われたら、それこそ面倒になる。

「どうも薄気味悪くて…刑務官失格ですね…」

 若い刑務官はバツが悪そうに俯き加減に言う。

「誰も経験したことのない事態ですから、仕方ないですよ。では、ちょっと見てきます」

 福崎は柔らかい口調でそう言うと、佐伯死刑囚の房へ向かった。
 若い刑務官が福崎の後ろ姿を見送る。


 福崎は房の鍵をガチャリと開け、中へ入る。

 畳敷きに薄い布団の上に、相変わらず、佐伯死刑囚が横たわっている。腕は後ろ手に手錠がかかってあるので、バランスのせいか、時々仰向けではなく、若干横向きになる。別に意識的に動いているわけではない。今がその状態になっていたので作業がしやすく助かる。
 福崎は素早くズボンの右ポケットからアルミに包まれた磁石を取り出す。
 開封すると、中身は磁気パッドのようになっていた。
 高木が言っていたような段取りで頭から下へ磁石をつけていく。頭部は皮膚に直接つけるが、他は服の上から付けることになる。服が身体に密着しているので付けやすい。

 (しかし、飲まず食わずなのに、なぜ痩せもしないのだろう…)

 改めて疑問に思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 付けても佐伯死刑囚の身体に変化はないように見える。

(高木さんが言うように、小さいのでたいして目立たない。もっとも目立ったところで、誰に見られるわけでもないが…)
 
   ☆     ★

(この刑務官、俺の身体に何をしてやがるんだ)

   刑務医でないことはすぐにわかる。

 何かされているのは雰囲気で感じ取れる。

(頭に何かをつけやがった…そして、他にも…なんだ…)

 何か嫌な予感を感じた。

 すぐにアバターを呼び戻そうと思ったが、気づいた。

(俺からヤツを呼んだことが一度もない…いつもヤツの方から俺の前に現れる…俺はヤツの呼び戻し方を知らない…なんてことだ…)

 だが、とりあえず、今の所は身体に変化はないようだった。

   ☆     ★

 福崎は高木の指示通り、すべての磁石を佐伯死刑囚の身体に取り付けた。
 指示では20個ほどだったが、福崎は足の方にも適当につけてみた。
 後は刑務医が回って来る時間前に回収するだけだ。

(うまくいくだろうか…)

 横たわる佐伯死刑囚の様子を見ながら、そんな疑問が頭をよぎる。

 磁石をすべて取り付けたが、佐伯死刑囚の身体に変化はないようだ。

(高木さんの言うことを信じよう…)

 福崎刑務官は房を出て、ガシャリと扉の鍵を閉めた。
 房の中にはいつもの状態で佐伯死刑囚が横たわっていた。


  25章 福崎刑務官の使命 完 続く
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