死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

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22章 意外な犠牲者

死なない死刑囚の恐怖

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 佐伯死刑囚から分離した翌日、アバターは新たな標的を探し出した。
 これはアイツからの、たっての頼みだ。

(しかしアイツも執念深いヤツだな…)

 アバターは心の中で呟く。


 佐伯死刑囚からの依頼内容はこうだ。

(お前に狩ってもらいたい人物がいる)

(いいだろう…誰だ…)

 アバターは佐伯死刑囚を見下ろすように立っている。
 ヤツは女の名前を口にした。橋本沙織と言った。年齢はたぶん35歳から36歳ぐらいだとも…

(で、そいつを狩る理由は…?)

 アバターにはその女の情報がない。それは自分が存在する以前の話だからだ。自分が存在する以前の出来事は、コイツに訊かないとわからない。

(俺の人生を狂わせた女だ。絶対に許せない…)

(事件とは関係ないのか…)

(直接的にはない…)

(だったら、その女を狩ってもお前の復活のエネルギーには多くはならない…)

(わかっている…)

(それでも狩りたいのか…)

(まぁ、俺の話を聞け…)

(・・・)

(こうみえても俺は大学を卒業して中堅商社に就職したんだ。その頃は普通の人生を歩んでいた…

 ところがある日、俺は朝の通勤電車内で痴漢呼ばわりされて駅員室に連れて行かれた。女は俺に痴漢行為をされたと言い張った。警察で俺は無実を訴えた。だが当時は被害女性の証言の方が法律的にも強かった時代だ。警官は取り調べ室で調書を作りながら、面倒くさそうにこう言いやがった。

『あんたも会社があるだろう…このままだと今日は帰れないよ。認めてしまえばすぐにでも帰れるんだから認めてしまえよ。誰にもわからないから…』

俺は仕事がある関係で、迂闊にもやってもいない行為を認めてしまった。だが後日、やってもいない痴漢行為が会社にバレて強制退職さ…俺は改めて警察で無実を訴えたが、一度認めてしまった行為を覆すのは無理だった…あの女のせいで俺の人生は壊れてしまった…)

(馬鹿なヤツだな…)

(それでこのザマさ…だから、その時の女を狩ってきて欲しい…)

(先にその取り調べをした警察官の方じゃねえのか?)

(いや…女だ…)

(単なる恨みか… まぁいい…お前の頼みなら探して狩ってきてやる…)

 アバターは消えた。

 少しして、房の鍵が開く音がして一人の刑務官が入ってきた。福崎刑務官だった。

      ☆   ★

 美濃沙織…旧姓橋本沙織…

 神出鬼没のアバターにとって女を探し出すのはそれほど難しい作業ではなかった。

 アイツが被害者…つまり橋本沙織の当時の住所をこっそりと駅員室で盗み見してその記憶が残っていたからだ。

 現在、彼女は都内の小さな不動産屋でパートとして働いていた。

(さて、どうしてくれようか…なにぶんにも、今の俺は完全な不完全体ではない…行動にも制限がかかる…特に左手は満足に使えない…)

 アバターは暫し考える。

(電車内での恨みなら、鉄道関係で狩りたいが、駅のホームから突き落とすのはホームにカメラが設置されているし、最近では転落防止策のホームも多い…難しいか…なら…)


 その日の夕方、とある駅でのアナウンス…

「先ほど、この先の踏切内で人身事故が発生した為、上下線とも運転を見合わせております。復旧の見込みはまだたっておりません…」

『なんだよ、全く…帰宅時間だっていうのに…』

『ホント勘弁してほしいわ…』

 などという声が、改札口の電光掲示板を見ながら聞こえる。

 夜のテレビニュースでもそのことが報じられていた。

『今日午後7時頃■■駅近くの踏切で女性が遮断機の下りた踏切内に立ち入り、転んだ後、列車にはねられ死亡致しました。警察では事故、自殺の両面から捜査を開始致しました…』

 と…

(なんとかうまくいった…あの女以外に踏み切りで待っている人がいなかったのが幸いだった…女を後ろから金づちで殴り、頃合いをみて遮断棒下から線路内に運ぶ。俺は姿を消す。列車に轢かれてしまえば、殴った痕跡などなくなってしまう…)

 そのニュースを、熊野は署内のテレビで何も気にせずにぼんやりと見ていた…
 放火犯も捕まり、気持ちも緩んでいる時だった…


(アイツはうまく殺ってくれたようだ…)

 佐伯死刑囚の口元がほんの少しだけ不敵に緩んだ。

 美濃沙織…旧姓橋本沙織  享年36歳


  22章 意外な犠牲者 完 続く
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