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21章 クリスマスイヴ
死なない死刑囚の恐怖
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福崎が高木からCTスキャナーを預かったのは会ってから5日後のことだった。
今日はクリスマスイヴ。ホワイトクリスマスという訳ではないが、街中はうかれている。路上では真っ赤なサンタの恰好をした居酒屋の店員が、楽しそうに店のチラシを配っている。
福崎と熊野は前回と同じカラオケボックスで会っていた。
大きく410と書かれた部屋に入ると、向い合うようにソァーに腰を下ろした。ステージ側にはおおきなマイクスタンドが立っている。部屋に入っても誰かの歌声が漏れ聞こえてくる。まだ若い熊野でも最近の歌はわからない曲も多い。
タブレットでビール2本と枝豆を注文する。
「熊野さんは放火事件の捜査でお忙しいと伺っておりますが、今日は大丈夫でしたか?」
「おおかた、犯人の目星もついてきました。別の刑事たちが、その男を張り込んでいますので、大丈夫です。それより、高木から概ね話は聞いています。福崎さんに、大変なお願いをしたそうで、申し訳ございません」
熊野が深々と頭を下げる。
「いえ、これは事態を終息させるためには誰かがやらなければならない。それができるのが私だったというだけの話です」
「それはそうなのですが…」
一呼吸置き、熊野が続けた。
「しかし、高木が言う、体内に内か埋め込まれているではないかというのは本当なのでしょうか?」
「さぁ、私にはわかりません。でも今は高木さんを信じる他、手立てはありませんでしょう?」
熊野が黙って頷く。
少ししてドアがノックされ、若い女性店員がビールと枝豆を運んできた。
2人は慌てて、さも曲を探しているようなふりでタブレットを見る。
ちょっと他の部屋とは違う雰囲気を感じたのか、ビールと枝豆を置くと店員はそそくさと出て行った。
「少し飲みますか」
熊野は腕を伸ばし、すでに栓の抜かれている瓶ビールを持ち上げると、2つのコップに注いだ。その1つを福崎の前に置く。
「すみません」
2人はビールを一口飲んだ。ほどよく冷えている。
「本題ですが、これが高木さんから預かったスキャナーです」
福崎はそう言うと、ソファの横に置いた手つきの黒いカバンからそれを取り出しテーブルに置いた。熊野が思っていたよりもずっと小さい物だった。
100円ショップなどで売っている、洋服の毛玉を取るT字型のコロコロよりも一回り大きい程度だ。
「こんなに小さいんですね」
「ええ、高木さんが極力小さいモノを用意して下さいました。そして扱い方も練習して、必要な個所の撮影なら3分ほどでできるようになりました」
「他の刑務官にはバレないで、できそうですか?」
熊野にとってはそこが一番心配なところだ。
(福崎さんに迷惑はかけられない…)
「それは大丈夫だと思います。刑務官も1日に1度は交代で佐伯死刑囚の様子を見にいくことになっています。ただ、誰も恐ろしがっていきたがらないんです。私が率先していくようになると、みんなが安堵した表情になります。だから大丈夫でしょう…」
「なるほど、そうですか…で、いつ撮るつもりですか?」
「他の刑務官の様子にもよりますが、できれば明日…遅くとも2,3日中には…と思っています」
「くれぐれも注意してください」
「わかっています。なんとか年内にはケリをつけたいですから…」
「ええ、これ以上、犠牲者を出さないためにも…」
熊野はそう言った後、ふと気づいたように続けた。
「そういえば、最近は犠牲者が出ていない気がします。もちろん私が知らないだけかもしれませんが… もしかしたら、高木が言っていたようにアバターがうまく活動できなくなっているのかしれません」
福崎は大きく頷く。
「だとすると、高木の推理からすると、アバターは佐伯死刑囚の身体に一旦戻っている可能性があります。今仕掛けるのは福崎さんにも危険が及ぶのではないでしょうか?」
「それは熊野さんの推論です。ご心配頂くのは非常に嬉しいのですが、ここでやらなければ、又、犠牲者が出てしまうかもしれません。大丈夫ですよ…」
福崎は薄く笑うと、泡の残っていないコップのビールを一息に飲み干した。
つられるように熊野の一気に飲み干す。
さらに手酌で各々ビールをコップに注ぐと、それも一息の飲み干し、少し荒々しくコップをテーブルの上に置いた。
どこかの部屋から有名なクリスマスソングを歌っている歌声が漏れ入ってくる。
「平和だ…」
熊野がポツリと呟く。福崎が黙って頷く。
「そうそう、高木さんが最後にこうもおっしゃっていました」
「なんてですか?」
『自分の推理が正しければ、解決策ある… その準備もしておこう…』
と…
「そうですか……」
2人は1時間ほどでカラオケボックスを後にした。
21章 クリスマスイヴ 完 続く
今日はクリスマスイヴ。ホワイトクリスマスという訳ではないが、街中はうかれている。路上では真っ赤なサンタの恰好をした居酒屋の店員が、楽しそうに店のチラシを配っている。
福崎と熊野は前回と同じカラオケボックスで会っていた。
大きく410と書かれた部屋に入ると、向い合うようにソァーに腰を下ろした。ステージ側にはおおきなマイクスタンドが立っている。部屋に入っても誰かの歌声が漏れ聞こえてくる。まだ若い熊野でも最近の歌はわからない曲も多い。
タブレットでビール2本と枝豆を注文する。
「熊野さんは放火事件の捜査でお忙しいと伺っておりますが、今日は大丈夫でしたか?」
「おおかた、犯人の目星もついてきました。別の刑事たちが、その男を張り込んでいますので、大丈夫です。それより、高木から概ね話は聞いています。福崎さんに、大変なお願いをしたそうで、申し訳ございません」
熊野が深々と頭を下げる。
「いえ、これは事態を終息させるためには誰かがやらなければならない。それができるのが私だったというだけの話です」
「それはそうなのですが…」
一呼吸置き、熊野が続けた。
「しかし、高木が言う、体内に内か埋め込まれているではないかというのは本当なのでしょうか?」
「さぁ、私にはわかりません。でも今は高木さんを信じる他、手立てはありませんでしょう?」
熊野が黙って頷く。
少ししてドアがノックされ、若い女性店員がビールと枝豆を運んできた。
2人は慌てて、さも曲を探しているようなふりでタブレットを見る。
ちょっと他の部屋とは違う雰囲気を感じたのか、ビールと枝豆を置くと店員はそそくさと出て行った。
「少し飲みますか」
熊野は腕を伸ばし、すでに栓の抜かれている瓶ビールを持ち上げると、2つのコップに注いだ。その1つを福崎の前に置く。
「すみません」
2人はビールを一口飲んだ。ほどよく冷えている。
「本題ですが、これが高木さんから預かったスキャナーです」
福崎はそう言うと、ソファの横に置いた手つきの黒いカバンからそれを取り出しテーブルに置いた。熊野が思っていたよりもずっと小さい物だった。
100円ショップなどで売っている、洋服の毛玉を取るT字型のコロコロよりも一回り大きい程度だ。
「こんなに小さいんですね」
「ええ、高木さんが極力小さいモノを用意して下さいました。そして扱い方も練習して、必要な個所の撮影なら3分ほどでできるようになりました」
「他の刑務官にはバレないで、できそうですか?」
熊野にとってはそこが一番心配なところだ。
(福崎さんに迷惑はかけられない…)
「それは大丈夫だと思います。刑務官も1日に1度は交代で佐伯死刑囚の様子を見にいくことになっています。ただ、誰も恐ろしがっていきたがらないんです。私が率先していくようになると、みんなが安堵した表情になります。だから大丈夫でしょう…」
「なるほど、そうですか…で、いつ撮るつもりですか?」
「他の刑務官の様子にもよりますが、できれば明日…遅くとも2,3日中には…と思っています」
「くれぐれも注意してください」
「わかっています。なんとか年内にはケリをつけたいですから…」
「ええ、これ以上、犠牲者を出さないためにも…」
熊野はそう言った後、ふと気づいたように続けた。
「そういえば、最近は犠牲者が出ていない気がします。もちろん私が知らないだけかもしれませんが… もしかしたら、高木が言っていたようにアバターがうまく活動できなくなっているのかしれません」
福崎は大きく頷く。
「だとすると、高木の推理からすると、アバターは佐伯死刑囚の身体に一旦戻っている可能性があります。今仕掛けるのは福崎さんにも危険が及ぶのではないでしょうか?」
「それは熊野さんの推論です。ご心配頂くのは非常に嬉しいのですが、ここでやらなければ、又、犠牲者が出てしまうかもしれません。大丈夫ですよ…」
福崎は薄く笑うと、泡の残っていないコップのビールを一息に飲み干した。
つられるように熊野の一気に飲み干す。
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「そうそう、高木さんが最後にこうもおっしゃっていました」
「なんてですか?」
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