死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

文字の大きさ
上 下
14 / 30
14章 終息への糸口

死なない死刑囚の恐怖

しおりを挟む
 熊野は今、高校時代の友人の研究室に来ていた。

 福崎さんと会った2日後、福崎さんから若い刑務官一人が亡くなったとの知らせを受けた。亡くなったのは佐伯の執行ボタンを押した一人だという。
 死因は自宅の風呂場での溺死だそうだ。
 自殺や事件性がなく、遺書なども見つかっていないことから、事故で処理されたそうだ。

 もちろん、事故でないことは熊野も福崎も理解していた。
 もしかしたら、アバターが刑務官の頭を押さえて、湯船に沈めたのかもしれない。
 福崎は、彼に事実を事前に伝えていなかったことを、後悔しているような電話口の口ぶりであった。
 しかし、熊野はどちらが正解だったかどうかの判断はできないだろうと、思っている。

 それ以降、他の刑務官たちは、佐伯の執行に立ち会う者はいなくなり、今では数時間置きに刑務医が脈を確認する程度になっているそうだ。
 拘置所内では、『佐伯の呪い』とも噂されているそうだ。

 佐伯は1か月近くも飲まず食わずであの状態で生きているのだから…
 しかも、表情が微妙に変わってきていることにも気づいているようだ…
 もはや人間ではなく、バケモノという扱いになっているのだろう…

 季節も晩秋から冬に移行し、年末もそろそろ、視野に入ってくる。

 昨夜、熊野は友人から連絡をもらっていた。熊野は文系大学出身だが友人は理数系大学の出身で、今、有名国立大学で遺伝子工学の研究をしていた。

 それを思い出した熊野は彼に例のCDの複製を渡し、調べてもらっていたのだ。
 熊野が説明すると、最初、友人は

「お前、気は確かか…」

 と真顔で言われた。

 熊野は今までの経緯を丁寧に説明し、どこまで納得してくれたのかは不明だが、とりあえず、CDを確認してみると言ってくれた。

 その結果がわかったので、連絡をくれたのだろうと思っている。

 彼の研究室には様々な本やら検体らしき物やら、見慣れぬ物が数多く置かれている。細身で長身の彼は白衣を着ていた。部屋には彼しかいなかった。
 少し大きめの何の飾り気もない、木の四角いテーブルの上には例のCDが1枚だけ置かれていた。椅子に座るように促されると、彼も熊野の前に座り、

「とんでもない研究だ。俺でも理解できない箇所がいくつかある。ただ、お前が言っていた通り、人間の複製を作る研究をしていたようで間違いない…」

 彼はCDのケースを人差し指でポンポンと叩いた。
 熊野は黙って頷いた。

「こういう言い方が正しい表現かどうかわからないが、非常に研究され尽くされていて、素晴らしい…そう…ある意味論文で発表してもおかしくないくらいだ…
しかも、一応成功しているようだしな…」

「一応…?完全な成功ではないのか?」

 熊野は友人を見詰めるようにしながら問うた。

「俺も最初はそう理解した…だが、分離した後の人間が完全な人間の複製ではないことに気づいたのさ。細かい説明は省くが、要は分離した人間は徐々にその遺伝子が失われ、姿が消滅していくようだ。それは研究していた学者先生も理解し、改善しようとしていたようだが、結論はでなかったようだ」

「それはどういう意味だ?」

 熊野は身を乗り出すようにした。

「分離していられるのはせいぜい1か月程度。それを過ぎると、遺伝子の伝達がうまく伝わらず、徐々に破壊されていくみたいだ…」

「じゃぁ、1か月も過ぎれば、いなくなるわけか…そろそろ終わりか…」

(今まで犠牲になった人には申し訳ないが、これ以上犠牲者を出さずに済むなら、幸いだ。執行中の佐伯の刑も終わる)

「いや…そう簡単でもない。そうなったら、一旦、本人に戻り、『完全な不完全な人間体』としてまた復活すれば良いようだ…」

「…」

「結論を言うと、お前の話が全て真実であり、この事態を終息させたいなら方法は2つしかない… 一つは分離した人間を本人に戻させない方法、もう一つは本人に戻った分離体を本人から切り離させない方法だ。いずれの方法でも分離体は維持できなくなり、本人も死亡する… それしかない…」

「その方法は?」

「わからない…書かれていない…」

 友人は首を振った。

 熊野は大学を後にした。

 友人はもう少し、ヒントがないか調べてみると言ってくれた。

 結論はでなかったが、終息への糸口はとりあえず見つかった…
 後は、どう対処するかだ…

 刑務官B 享年30歳


  14章 終息への糸口 完 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

代償

とろろ
ホラー
山下一郎は、どこにでもいる平凡な工員だった。 彼の唯一の趣味は、古い骨董品店の中を見て回ること。 ある日、彼は謎の本をその店で手に入れる。 それは、望むものなら何でも手に入れることができる本だった。 その本が、導く先にあるものとは...!

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「67」まで済。

処理中です...