死なない死刑囚の恐怖

ゆきもと けい

文字の大きさ
上 下
8 / 30
8章 新たな犠牲者

死なない死刑囚の恐怖

しおりを挟む
 翌日、熊野は眠そうな目で6時に起床した。真夏とは違い、6時でもまだ薄暗い。

 昨夜は自宅のパソコンでCDを開いてみた。

 退職する2年ほど前からの日記が書かれていた。日記というよりは研究の進捗状況を記載している感じだ。
 さすがに一晩ですべてを読むことはできない。所々に化学式や、英語の表記、人体の構造図などがあり、理解できない部分も多い。
 だが、上手く研究が進んでいないのは、文章から何となく読み取れる。

 何の研究なのかは書かれていないが、大脳生理学や、遺伝子組み換え、分子構造、超常現象という文言が出てくるところから、普通ではない何かの研究をしていたであろう推測はつく。おそらく極秘案件として…

 熊野はインスタントの味噌汁と焼き海苔、あとはパックのご飯と生卵。これがお決まりの朝食だ。お茶を淹れるのは面倒ので、ミネラルウォーターで我慢する。独身男性なのだから仕方ない部分もある。

 テーブルに並べるとリモコンでテレビをつける。観るわけではないが、なんとなくの習慣だ。

 パックご飯の真ん中に窪みを作ると、そこへ生卵を投入する。醤油を回し入れ、こぼさないように混ぜる。要は卵かけご飯の完成だ。

 つけているテレビからニュースが流れてくる。

『昨夜9時頃、帰宅途中の弁護士、武藤喜一さん、63歳が何者かに金属パイプのような物で後ろから後頭部を殴られ、病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。怨恨か無差別の犯行かはまだ分かっておりません』

「警察官の俺が言うのも変だが、物騒な世の中だ…」

 テレビに向かって呟いた後、卵かけご飯を無造作に口に運ぶ。

 2口目を口に運ぼうとした時、その手が止まった。

「んん?武藤喜一…」

 聞き覚えのある名前だった。

「誰だっけ…?…あっ、そうだ! 確か佐伯を弁護した弁護士の名前がそんな名前だった気が…」

 思わず、声を出して叫んでしまった。

 熊野はパックご飯をテーブルに投げつけるように置くと、急いで着替えて署へ向かった、早く確認しなければ…

 署へ着くと急いで調書をめくる。そこには間違いなく武藤喜一の名前が記載されていた。

(やっぱり…なんてことだ…佐伯の弁護士が殺害された…1週間足らずの間に、佐伯の事件に関係した人物が3人も亡くなった。これはもはや偶然ではない…そうだ…佐伯は…佐伯はどうなった…?)

 あれから福崎からの連絡はない。たぶん何も変化がないのだろう…

 こちらから連絡してみることにした。福崎の携帯電話に電話をする。まだ朝の7時台だが、緊急を要するので許してもらうしかない。

 福崎はすぐに電話に出た。

「ああ熊野さん…ちょうど私も今、熊野さんに電話しようかと思ったところだったのです」

「じゃぁ、終わったんですか?」

 だとすれば、単なる取り越し苦労で済む。偶然の産物…

「いえ、そうではないです…お電話頂いたのですから、先に熊野さんのお話からどうぞ…」

 電話口の声はいささか怯えているようにも聞こえる。

「ああ…今朝のニュースで弁護士の武藤喜一という人が何者かに昨夜殺害されたようなんです。その弁護士は佐伯を弁護していた弁護士だったのです。つまり、佐伯に関係した人物が数日間の間に3人、死んだことになります。信じ難いことですが、もはや偶然ではないのではなのかと…」

「そうですか…」

「福崎さんのお話とは…?」

「その前に、あの事件の件はどんな具合ですか?」

 福崎の声は怯えているようにも、何かにすがるようにも聞こえる。

「まだきちんと報告できる段階ではないのですが、まず被害者の学者先生は何か怪しい研究をしていた可能性が出てきました。それで誰かにつけ狙われていたという考え方もできます。そうなると、佐伯は本当に無罪だった可能性も出てきます」

「そうですか…本当に無実の叫びなんですかね…恐ろしい…」

 福崎の声は明らかに震えていた。

「どうかしたんですか?」

「お電話しようと思った件ですが、今朝、佐伯死刑囚の様子を見に行った時なんですが、相変わらず吊るされたままにもかかわらず、心臓はきちんと鼓動を打っています。
 顔は吊るされているわけですから、目をつぶったまま項垂れています。その顔をちょっと見た瞬間、ゾッと寒気を感じたんです。表情が薄笑いを浮かべているように見えたからです。以前にはなかった感じです。
 刑務医の話ですと、顔の筋肉が硬直したり緩んだりすることによって、起きる現象ではないかと…
 しかし、私にはどうしても薄笑いを浮かべているようにしか見えないのです…」

「まさか…そんなことが…徐々に生き返っている…」

「もう、何が何だかわかりません…ただ、恐ろしいばかりです…」

 電話口の福崎の声はさらに震えているように聞こえた。

 その緊張感が熊野にも伝わる。

(早くあのCDを読んでしまわないと…研究と事件と証拠となった佐伯の指紋…あのCDの中にはきっと、何かの答えがあるはずだ…)

 武藤喜一 享年 64歳


8章 新たな犠牲者 完 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

代償

とろろ
ホラー
山下一郎は、どこにでもいる平凡な工員だった。 彼の唯一の趣味は、古い骨董品店の中を見て回ること。 ある日、彼は謎の本をその店で手に入れる。 それは、望むものなら何でも手に入れることができる本だった。 その本が、導く先にあるものとは...!

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「67」まで済。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...