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8章 新たな犠牲者
死なない死刑囚の恐怖
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翌日、熊野は眠そうな目で6時に起床した。真夏とは違い、6時でもまだ薄暗い。
昨夜は自宅のパソコンでCDを開いてみた。
退職する2年ほど前からの日記が書かれていた。日記というよりは研究の進捗状況を記載している感じだ。
さすがに一晩ですべてを読むことはできない。所々に化学式や、英語の表記、人体の構造図などがあり、理解できない部分も多い。
だが、上手く研究が進んでいないのは、文章から何となく読み取れる。
何の研究なのかは書かれていないが、大脳生理学や、遺伝子組み換え、分子構造、超常現象という文言が出てくるところから、普通ではない何かの研究をしていたであろう推測はつく。おそらく極秘案件として…
熊野はインスタントの味噌汁と焼き海苔、あとはパックのご飯と生卵。これがお決まりの朝食だ。お茶を淹れるのは面倒ので、ミネラルウォーターで我慢する。独身男性なのだから仕方ない部分もある。
テーブルに並べるとリモコンでテレビをつける。観るわけではないが、なんとなくの習慣だ。
パックご飯の真ん中に窪みを作ると、そこへ生卵を投入する。醤油を回し入れ、こぼさないように混ぜる。要は卵かけご飯の完成だ。
つけているテレビからニュースが流れてくる。
『昨夜9時頃、帰宅途中の弁護士、武藤喜一さん、63歳が何者かに金属パイプのような物で後ろから後頭部を殴られ、病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。怨恨か無差別の犯行かはまだ分かっておりません』
「警察官の俺が言うのも変だが、物騒な世の中だ…」
テレビに向かって呟いた後、卵かけご飯を無造作に口に運ぶ。
2口目を口に運ぼうとした時、その手が止まった。
「んん?武藤喜一…」
聞き覚えのある名前だった。
「誰だっけ…?…あっ、そうだ! 確か佐伯を弁護した弁護士の名前がそんな名前だった気が…」
思わず、声を出して叫んでしまった。
熊野はパックご飯をテーブルに投げつけるように置くと、急いで着替えて署へ向かった、早く確認しなければ…
署へ着くと急いで調書をめくる。そこには間違いなく武藤喜一の名前が記載されていた。
(やっぱり…なんてことだ…佐伯の弁護士が殺害された…1週間足らずの間に、佐伯の事件に関係した人物が3人も亡くなった。これはもはや偶然ではない…そうだ…佐伯は…佐伯はどうなった…?)
あれから福崎からの連絡はない。たぶん何も変化がないのだろう…
こちらから連絡してみることにした。福崎の携帯電話に電話をする。まだ朝の7時台だが、緊急を要するので許してもらうしかない。
福崎はすぐに電話に出た。
「ああ熊野さん…ちょうど私も今、熊野さんに電話しようかと思ったところだったのです」
「じゃぁ、終わったんですか?」
だとすれば、単なる取り越し苦労で済む。偶然の産物…
「いえ、そうではないです…お電話頂いたのですから、先に熊野さんのお話からどうぞ…」
電話口の声はいささか怯えているようにも聞こえる。
「ああ…今朝のニュースで弁護士の武藤喜一という人が何者かに昨夜殺害されたようなんです。その弁護士は佐伯を弁護していた弁護士だったのです。つまり、佐伯に関係した人物が数日間の間に3人、死んだことになります。信じ難いことですが、もはや偶然ではないのではなのかと…」
「そうですか…」
「福崎さんのお話とは…?」
「その前に、あの事件の件はどんな具合ですか?」
福崎の声は怯えているようにも、何かにすがるようにも聞こえる。
「まだきちんと報告できる段階ではないのですが、まず被害者の学者先生は何か怪しい研究をしていた可能性が出てきました。それで誰かにつけ狙われていたという考え方もできます。そうなると、佐伯は本当に無罪だった可能性も出てきます」
「そうですか…本当に無実の叫びなんですかね…恐ろしい…」
福崎の声は明らかに震えていた。
「どうかしたんですか?」
「お電話しようと思った件ですが、今朝、佐伯死刑囚の様子を見に行った時なんですが、相変わらず吊るされたままにもかかわらず、心臓はきちんと鼓動を打っています。
顔は吊るされているわけですから、目をつぶったまま項垂れています。その顔をちょっと見た瞬間、ゾッと寒気を感じたんです。表情が薄笑いを浮かべているように見えたからです。以前にはなかった感じです。
刑務医の話ですと、顔の筋肉が硬直したり緩んだりすることによって、起きる現象ではないかと…
しかし、私にはどうしても薄笑いを浮かべているようにしか見えないのです…」
「まさか…そんなことが…徐々に生き返っている…」
「もう、何が何だかわかりません…ただ、恐ろしいばかりです…」
電話口の福崎の声はさらに震えているように聞こえた。
その緊張感が熊野にも伝わる。
(早くあのCDを読んでしまわないと…研究と事件と証拠となった佐伯の指紋…あのCDの中にはきっと、何かの答えがあるはずだ…)
武藤喜一 享年 64歳
8章 新たな犠牲者 完 続く
昨夜は自宅のパソコンでCDを開いてみた。
退職する2年ほど前からの日記が書かれていた。日記というよりは研究の進捗状況を記載している感じだ。
さすがに一晩ですべてを読むことはできない。所々に化学式や、英語の表記、人体の構造図などがあり、理解できない部分も多い。
だが、上手く研究が進んでいないのは、文章から何となく読み取れる。
何の研究なのかは書かれていないが、大脳生理学や、遺伝子組み換え、分子構造、超常現象という文言が出てくるところから、普通ではない何かの研究をしていたであろう推測はつく。おそらく極秘案件として…
熊野はインスタントの味噌汁と焼き海苔、あとはパックのご飯と生卵。これがお決まりの朝食だ。お茶を淹れるのは面倒ので、ミネラルウォーターで我慢する。独身男性なのだから仕方ない部分もある。
テーブルに並べるとリモコンでテレビをつける。観るわけではないが、なんとなくの習慣だ。
パックご飯の真ん中に窪みを作ると、そこへ生卵を投入する。醤油を回し入れ、こぼさないように混ぜる。要は卵かけご飯の完成だ。
つけているテレビからニュースが流れてくる。
『昨夜9時頃、帰宅途中の弁護士、武藤喜一さん、63歳が何者かに金属パイプのような物で後ろから後頭部を殴られ、病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。怨恨か無差別の犯行かはまだ分かっておりません』
「警察官の俺が言うのも変だが、物騒な世の中だ…」
テレビに向かって呟いた後、卵かけご飯を無造作に口に運ぶ。
2口目を口に運ぼうとした時、その手が止まった。
「んん?武藤喜一…」
聞き覚えのある名前だった。
「誰だっけ…?…あっ、そうだ! 確か佐伯を弁護した弁護士の名前がそんな名前だった気が…」
思わず、声を出して叫んでしまった。
熊野はパックご飯をテーブルに投げつけるように置くと、急いで着替えて署へ向かった、早く確認しなければ…
署へ着くと急いで調書をめくる。そこには間違いなく武藤喜一の名前が記載されていた。
(やっぱり…なんてことだ…佐伯の弁護士が殺害された…1週間足らずの間に、佐伯の事件に関係した人物が3人も亡くなった。これはもはや偶然ではない…そうだ…佐伯は…佐伯はどうなった…?)
あれから福崎からの連絡はない。たぶん何も変化がないのだろう…
こちらから連絡してみることにした。福崎の携帯電話に電話をする。まだ朝の7時台だが、緊急を要するので許してもらうしかない。
福崎はすぐに電話に出た。
「ああ熊野さん…ちょうど私も今、熊野さんに電話しようかと思ったところだったのです」
「じゃぁ、終わったんですか?」
だとすれば、単なる取り越し苦労で済む。偶然の産物…
「いえ、そうではないです…お電話頂いたのですから、先に熊野さんのお話からどうぞ…」
電話口の声はいささか怯えているようにも聞こえる。
「ああ…今朝のニュースで弁護士の武藤喜一という人が何者かに昨夜殺害されたようなんです。その弁護士は佐伯を弁護していた弁護士だったのです。つまり、佐伯に関係した人物が数日間の間に3人、死んだことになります。信じ難いことですが、もはや偶然ではないのではなのかと…」
「そうですか…」
「福崎さんのお話とは…?」
「その前に、あの事件の件はどんな具合ですか?」
福崎の声は怯えているようにも、何かにすがるようにも聞こえる。
「まだきちんと報告できる段階ではないのですが、まず被害者の学者先生は何か怪しい研究をしていた可能性が出てきました。それで誰かにつけ狙われていたという考え方もできます。そうなると、佐伯は本当に無罪だった可能性も出てきます」
「そうですか…本当に無実の叫びなんですかね…恐ろしい…」
福崎の声は明らかに震えていた。
「どうかしたんですか?」
「お電話しようと思った件ですが、今朝、佐伯死刑囚の様子を見に行った時なんですが、相変わらず吊るされたままにもかかわらず、心臓はきちんと鼓動を打っています。
顔は吊るされているわけですから、目をつぶったまま項垂れています。その顔をちょっと見た瞬間、ゾッと寒気を感じたんです。表情が薄笑いを浮かべているように見えたからです。以前にはなかった感じです。
刑務医の話ですと、顔の筋肉が硬直したり緩んだりすることによって、起きる現象ではないかと…
しかし、私にはどうしても薄笑いを浮かべているようにしか見えないのです…」
「まさか…そんなことが…徐々に生き返っている…」
「もう、何が何だかわかりません…ただ、恐ろしいばかりです…」
電話口の福崎の声はさらに震えているように聞こえた。
その緊張感が熊野にも伝わる。
(早くあのCDを読んでしまわないと…研究と事件と証拠となった佐伯の指紋…あのCDの中にはきっと、何かの答えがあるはずだ…)
武藤喜一 享年 64歳
8章 新たな犠牲者 完 続く
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