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7章 被害者の研究
死なない死刑囚の恐怖
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醍醐の葬儀は警察関係者のみならず、それ以外の参列者も多かった。故人の人柄の良さを表しているようだ。
翌日、熊野は佐伯の事件を調べ始めた。供述調書と関係者の資料を何度か読み返したが、特にこれといったことはない。供述調書は佐伯が否認していた割には、なんとなくまとめられている感じだ。
全国ニュースをテレビで観ていると、改めて事件や事故のニュースが多いことに驚かされる。だがその中に、佐伯に関連した事件や事故があるかどうかはまではわからない。
(醍醐さん事件の管轄署は大変だろうな…)
熊野は思案した挙句、被害者の姉に会ってみることにした。事件そのものの捜査は充分になされているはずだから、いまさら調べても何もでないだろう…
もし、そんなことをしていることがバレたら、面倒なことになりかねない。
だから被害者側の立場から調べてみようかと思ったのだ。
その日の夕方、資料に記載されていた被害者の姉と連絡が取れ、会う約束をした。姉は今でも被害者宅の近くに住んでいるようだ。署からは1時間ほどの場所にある住宅街。
姉の家に到着したのは、夜の7時を少し回った頃だった。辺りはもう真っ暗。この辺りはアパートやマンションはなく、殆どが一軒家。姉の家は築40年くらいは経っているだろうか。2階建ての木造一戸建ての家で門は今では珍しい木戸になっている。暗いながらも、木の表札には下田と彫られているのがわかる。
呼び鈴を押すと70歳くらいの白髪交じりの品の良さそうな婦人がドアを開け現れた。
「どうぞ、お上がりになってください」
熊野が用意してくれたスリッパに履き替えると、渡り廊下からリビングに案内された。
姉も向かい合うように椅子に腰を下ろす。
テーブルの上で姉がティーカップに紅茶を淹れ始める。
「一人暮らしなもので、掃除が行き届いておりませんで…」
「いえ、こんな時間に申し訳ありません。ご主人様は?」
「3年ほど前に亡くなりました」
「それはそれは…失礼致しました」
熊野は軽く頭を下げる。
「いえ…で、弟の事で何か聞きたいとか…」
淹れたての紅茶がソーサーごと、熊野の前に置かれた。
「思い出したくない事件であることは重々承知しておりますが、先日、この事件の犯人の死刑が執行されましたので、資料作りの最終確認なんです。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
熊野は深く頭を下げ、嘘をついた。怪しまれるかと思ったが、あっさり納得してくれたようだ。
「そうですか。ご苦労様です」
今度は姉が軽く頭を下げる。
「いえ、早速ですが、弟さんは生物学者だと資料に書いてありましたが、お勤め先はどちらだったのですか?」
「さぁ、日本の企業ではなかったので…」
「海外勤務だったのですか?」
「ええ、S国のなんとかという機関で働いていると、一時、帰って来た時に聞いたことがあります。もう忘れてしまいました」
「S国ですか?何年くらいお勤めだったのですか?」
熊野は淹れてくれた紅茶を一口啜った。すこしフレバーな香りする紅茶だ。
「10年くらいじゃないかしら?」
そこはあまり他国との交流のない、謎とされている国の1つで、いつもきな臭い噂の絶えない国だ。
「S国で何の研究をされていたのですか?」
「さぁ、よくはわかりません。弟は事件が起こる半年ほど前に帰国したのですが、いつだったか、親族みんなが集まって宴会を催した時、ひどく酔いましてね、その時にテーブルにうつ伏すようにしながら、ボソボソと言ったことがあるんです」
「何をですか?」
「俺は金と引き換えにやってはいけない研究をやってしまった…彼を実験台にしてしまった…そのせいか常に誰かに見られている気がする…」
と…
「それって、どんな意味なんでしょうか?」
「さぁ、後日、『誰かに見られているの?』と訊いたことがありますが、『まさか、そんなことないよ』と笑って言ってましたけど…」
「実験台のことは?」
「それは訊きませんでした。でも、こんなことの確認が必要なのですか?」
「え、ええ。被害者の方の情報も必要なものですから…」
「そうなんですか…」
「日本に帰国してからは何かお仕事されてましたか?」
「たぶん、していなかったと思います。なんか落ち込んだりすることもあったようです。奥さんがそんなことを言ってましたから…」
「なるほど…働くなくても生活できる蓄えはあったということですね」
「だと思います…」
「そうですか…いろいろとありがとうございました」
熊野はあまり長居をして、訝しげにされてもマズイと思ったので、早々に引き上げることにした。
これだけでも、大きな収穫だ。特にS国と呟いた言葉…妙に気にかかる…
「そうそう」
姉は何かを思い出したように立ち上がると、一旦、席を離れ、少しして戻ってきた。テーブルの上に透明なケースに入った1枚のCD―ROMが置かれた。白いレーベルにボールペンで日記と書かれている。日付は10年ほど前の物だ。
「これは?」
「弟の遺品整理をしていた時に出てきた物です。弟は昔から貸金庫を借りていまして、その中にありました。たぶん、仕事関係の日記でしょう」
「わざわざ貸金庫の中へ…中はご覧になられたのですか?」
「いいえ、どうせ見てもわかりませんので…確認の為のお役に立てればお持ちください」
「ありがとうございます。少しの間、お預かりさせて下さい」
熊野は簡単な預かり証を書いて、姉に渡した。
(CDの中身は今日、帰ったら確認してみよう…)
熊野は姉の家を後にした。
帰り道、熊野はふと思う…
(もしあれが単なる強盗殺人でなかったら…例えば、犯人は被害者を監視していた人物で目的はこのCDを奪う為…)…
(佐伯の指紋が検出されたことを別とすると、犯人は佐伯ではない可能性もあり得るのか…だから死にきれないのか…)
(いや…そんなことは…)
熊野は自分の考えを否定するように、暗闇の夜道で大きく首を振った。
それは醍醐さんの捜査を否定することになるからだ…
だが…
自棄に静かな帰りの夜道だった。
7章 被害者の研究 完 続く
翌日、熊野は佐伯の事件を調べ始めた。供述調書と関係者の資料を何度か読み返したが、特にこれといったことはない。供述調書は佐伯が否認していた割には、なんとなくまとめられている感じだ。
全国ニュースをテレビで観ていると、改めて事件や事故のニュースが多いことに驚かされる。だがその中に、佐伯に関連した事件や事故があるかどうかはまではわからない。
(醍醐さん事件の管轄署は大変だろうな…)
熊野は思案した挙句、被害者の姉に会ってみることにした。事件そのものの捜査は充分になされているはずだから、いまさら調べても何もでないだろう…
もし、そんなことをしていることがバレたら、面倒なことになりかねない。
だから被害者側の立場から調べてみようかと思ったのだ。
その日の夕方、資料に記載されていた被害者の姉と連絡が取れ、会う約束をした。姉は今でも被害者宅の近くに住んでいるようだ。署からは1時間ほどの場所にある住宅街。
姉の家に到着したのは、夜の7時を少し回った頃だった。辺りはもう真っ暗。この辺りはアパートやマンションはなく、殆どが一軒家。姉の家は築40年くらいは経っているだろうか。2階建ての木造一戸建ての家で門は今では珍しい木戸になっている。暗いながらも、木の表札には下田と彫られているのがわかる。
呼び鈴を押すと70歳くらいの白髪交じりの品の良さそうな婦人がドアを開け現れた。
「どうぞ、お上がりになってください」
熊野が用意してくれたスリッパに履き替えると、渡り廊下からリビングに案内された。
姉も向かい合うように椅子に腰を下ろす。
テーブルの上で姉がティーカップに紅茶を淹れ始める。
「一人暮らしなもので、掃除が行き届いておりませんで…」
「いえ、こんな時間に申し訳ありません。ご主人様は?」
「3年ほど前に亡くなりました」
「それはそれは…失礼致しました」
熊野は軽く頭を下げる。
「いえ…で、弟の事で何か聞きたいとか…」
淹れたての紅茶がソーサーごと、熊野の前に置かれた。
「思い出したくない事件であることは重々承知しておりますが、先日、この事件の犯人の死刑が執行されましたので、資料作りの最終確認なんです。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
熊野は深く頭を下げ、嘘をついた。怪しまれるかと思ったが、あっさり納得してくれたようだ。
「そうですか。ご苦労様です」
今度は姉が軽く頭を下げる。
「いえ、早速ですが、弟さんは生物学者だと資料に書いてありましたが、お勤め先はどちらだったのですか?」
「さぁ、日本の企業ではなかったので…」
「海外勤務だったのですか?」
「ええ、S国のなんとかという機関で働いていると、一時、帰って来た時に聞いたことがあります。もう忘れてしまいました」
「S国ですか?何年くらいお勤めだったのですか?」
熊野は淹れてくれた紅茶を一口啜った。すこしフレバーな香りする紅茶だ。
「10年くらいじゃないかしら?」
そこはあまり他国との交流のない、謎とされている国の1つで、いつもきな臭い噂の絶えない国だ。
「S国で何の研究をされていたのですか?」
「さぁ、よくはわかりません。弟は事件が起こる半年ほど前に帰国したのですが、いつだったか、親族みんなが集まって宴会を催した時、ひどく酔いましてね、その時にテーブルにうつ伏すようにしながら、ボソボソと言ったことがあるんです」
「何をですか?」
「俺は金と引き換えにやってはいけない研究をやってしまった…彼を実験台にしてしまった…そのせいか常に誰かに見られている気がする…」
と…
「それって、どんな意味なんでしょうか?」
「さぁ、後日、『誰かに見られているの?』と訊いたことがありますが、『まさか、そんなことないよ』と笑って言ってましたけど…」
「実験台のことは?」
「それは訊きませんでした。でも、こんなことの確認が必要なのですか?」
「え、ええ。被害者の方の情報も必要なものですから…」
「そうなんですか…」
「日本に帰国してからは何かお仕事されてましたか?」
「たぶん、していなかったと思います。なんか落ち込んだりすることもあったようです。奥さんがそんなことを言ってましたから…」
「なるほど…働くなくても生活できる蓄えはあったということですね」
「だと思います…」
「そうですか…いろいろとありがとうございました」
熊野はあまり長居をして、訝しげにされてもマズイと思ったので、早々に引き上げることにした。
これだけでも、大きな収穫だ。特にS国と呟いた言葉…妙に気にかかる…
「そうそう」
姉は何かを思い出したように立ち上がると、一旦、席を離れ、少しして戻ってきた。テーブルの上に透明なケースに入った1枚のCD―ROMが置かれた。白いレーベルにボールペンで日記と書かれている。日付は10年ほど前の物だ。
「これは?」
「弟の遺品整理をしていた時に出てきた物です。弟は昔から貸金庫を借りていまして、その中にありました。たぶん、仕事関係の日記でしょう」
「わざわざ貸金庫の中へ…中はご覧になられたのですか?」
「いいえ、どうせ見てもわかりませんので…確認の為のお役に立てればお持ちください」
「ありがとうございます。少しの間、お預かりさせて下さい」
熊野は簡単な預かり証を書いて、姉に渡した。
(CDの中身は今日、帰ったら確認してみよう…)
熊野は姉の家を後にした。
帰り道、熊野はふと思う…
(もしあれが単なる強盗殺人でなかったら…例えば、犯人は被害者を監視していた人物で目的はこのCDを奪う為…)…
(佐伯の指紋が検出されたことを別とすると、犯人は佐伯ではない可能性もあり得るのか…だから死にきれないのか…)
(いや…そんなことは…)
熊野は自分の考えを否定するように、暗闇の夜道で大きく首を振った。
それは醍醐さんの捜査を否定することになるからだ…
だが…
自棄に静かな帰りの夜道だった。
7章 被害者の研究 完 続く
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