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5章 本当の最初の犠牲者
死なない死刑囚の恐怖
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翌朝、署内は大変な騒ぎになっていた。現役の刑事が殺害されたとなれば、ただ事ではない。
熊野も今朝早く署から連絡が入り、驚きを隠せないまま、始発電車に飛び乗った。
車内はガラガラ。座るとスマホのニュースで事件を確認する。信じられない気持ちで一杯だが、ニュースは淡々と事実を報道していた。
署に入ると、
「醍醐さんの事件は知っているよな」
一課の先輩刑事が慌ただしく熊野に近寄り話しかけた。
熊野は黙って頷く。
「まだ詳しい情報はないんだ。今、課長が管轄署の一課と連絡を取っているよ。なんでも課長は先方の一課をよく知っているそうだから…」
課長のデスクの方へ目をやる。窓を背に一つだけこちら向きの机がある。それが課長の机だ。それ以外は向かい合いの横並びの机が8つ。熊野の横が醍醐の机だが、机の上の資料が行き場を失って困っているように見える
課長は携帯電話を左手に持ち、それを耳に当てながら、右手でノートにメモを取っている。話している内容は聞き取れないが、かなり細かく様子を訊いているようだ。
電話を切ると、課長は立ち上がり、
「ちょっと集まってくれ」
一課のメンバーに声をかけた。
7名が課長の元に集まる。本来なら8名のメンバーだ。
「事件の大まかな話を聞いた」
課長が事件の説明を始める。
それによると、事件が起こったのは昨夜9時過ぎぐらい。さしみ包丁で心臓を一突きされ、ほぼ即死だったようだ。犯人は刃物を胸に刺したまま逃走。刃物を抜かなかったのは、返り血を浴びるのを警戒したのではないかとの見解らしい。
今、凶器から指紋採取を行っているらしいが、計画性の高い犯行が窺えることから、指紋はまず出ないだろうとの話だ。
犯人が醍醐を狙ったのか、不特定な人を狙った犯行なのかはまだわからないことや、事件の目撃者もいないことから、地道な捜査が必要になるだろうということなどなど、いくつかの情報が集まってきた。
「現場の写真は添付ファイルで送ってもらえるように依頼したので、届き次第、みんなに転送する」
話は一旦終わった。全員が解散しかけた時、課長の携帯電話が鳴った。
課長の大きな声が聞こえた。
「指紋が採れたんですか」
解散しかけた全員が再び課長の方へ集まる。なぜ指紋が採取できたのか…
凶器に指紋が残っていること自体、不思議でならない。
そしてさらに、課長の声。
「すでに犯人が亡くなっている?」
どうやら、事件直後に自殺でもしたのか…早期解決か…みんがそう思った。
「え、ええ…はぁ、そうなんですか?そんなことありますかね?」
課長の電話はひどく困惑しているようだった。
電話が終わると、すでに集まっている全員に、
「指紋が採取できたそうだが、指紋には前科があって、その男は昨日、死刑になっているんだ」
全員が顔を見合わせる。意味が理解できない感じだ。
「それって佐伯三郎元死刑囚ですか?」
熊野が尋ねた。
「ああそうだ」
「昨日、ニュースを見ながら醍醐さんとその話をしたんです。醍醐さんの事件だったと…」
「ああ、そうだったな。俺もまだ課長ではなくて係長だった時だ」
「その時、醍醐さんが凶器は見つからなかったと言っていましたので、今回の凶器がその時の凶器なら、一応、佐伯元死刑囚の指紋が検出されても話の筋は通りますが…」
「8年目の凶器ということか…う~ん、確かに検出はされるだろうが、そんな古い指紋ならすぐにわかるだろう…」
「でもそれ以外では説明がつかないのではないでしょうか?佐伯元死刑囚は8年前から世間とは接触していないはずです…」
全員が不思議そうに小首を傾げていると、一課宛に外線電話が入った。
課長が机の上の固定電話に出る。それは九州のある署からだった。
「若槻刑事ですか?ええ、5年前まではうちにいましたが…亡くなったのですか?いつですか?昨日の夕方…」
どうやら以前この一課にいた刑事が亡くなった連絡のようだ。
熊野はその若槻という刑事のことを知らない。
「昨日が非番だったんですね。秋の紅葉登山をしていて、足を滑らせて崖から転落死ですか…そういえば、彼は登山が趣味でしたからね…残念です…明らかに事故死なんですね…わざわざご連絡ありがとうございます」
課長が電話を切った。
「若槻ってあの若槻君ですか?」
少し年配の刑事が言った。どうやら彼のことを知っているらしかった。
「そうらしい…崖からの転落事故らしい…しかし…まさか…だな…」
「確か若槻は醍醐さんと一緒に行動することが多かった記憶がありますね…」
「じゃぁ、佐伯の事件の時もですか?」
熊野はそれが妙に気にかかった。
「たぶん、そうだったと思うが…」
熊野は思う。
(昨日、無罪を訴えていた佐伯元死刑囚の刑が執行され、同じ日に、事件に関わった2人の刑事が亡くなった…先に亡くなったのは若槻さんのほうだった。事故と事件、東京と九州、関連性は全くないのだろうが…が何か気にかかる…
問題は8年前に逮捕されている佐伯元死刑囚の指紋が、なぜ凶器に残されていたのか…
例え双子であっても指紋は一致しない…)
熊野は明日は非番。醍醐さんの本通夜は明日に決まった。
お通夜の前に拘置所に寄って、佐伯元死刑囚の所内での生活を聞きいてみようと思った。
最初の犠牲者 若槻肇 享年34歳
5章 本当の最初の犠牲者 完 続く
熊野も今朝早く署から連絡が入り、驚きを隠せないまま、始発電車に飛び乗った。
車内はガラガラ。座るとスマホのニュースで事件を確認する。信じられない気持ちで一杯だが、ニュースは淡々と事実を報道していた。
署に入ると、
「醍醐さんの事件は知っているよな」
一課の先輩刑事が慌ただしく熊野に近寄り話しかけた。
熊野は黙って頷く。
「まだ詳しい情報はないんだ。今、課長が管轄署の一課と連絡を取っているよ。なんでも課長は先方の一課をよく知っているそうだから…」
課長のデスクの方へ目をやる。窓を背に一つだけこちら向きの机がある。それが課長の机だ。それ以外は向かい合いの横並びの机が8つ。熊野の横が醍醐の机だが、机の上の資料が行き場を失って困っているように見える
課長は携帯電話を左手に持ち、それを耳に当てながら、右手でノートにメモを取っている。話している内容は聞き取れないが、かなり細かく様子を訊いているようだ。
電話を切ると、課長は立ち上がり、
「ちょっと集まってくれ」
一課のメンバーに声をかけた。
7名が課長の元に集まる。本来なら8名のメンバーだ。
「事件の大まかな話を聞いた」
課長が事件の説明を始める。
それによると、事件が起こったのは昨夜9時過ぎぐらい。さしみ包丁で心臓を一突きされ、ほぼ即死だったようだ。犯人は刃物を胸に刺したまま逃走。刃物を抜かなかったのは、返り血を浴びるのを警戒したのではないかとの見解らしい。
今、凶器から指紋採取を行っているらしいが、計画性の高い犯行が窺えることから、指紋はまず出ないだろうとの話だ。
犯人が醍醐を狙ったのか、不特定な人を狙った犯行なのかはまだわからないことや、事件の目撃者もいないことから、地道な捜査が必要になるだろうということなどなど、いくつかの情報が集まってきた。
「現場の写真は添付ファイルで送ってもらえるように依頼したので、届き次第、みんなに転送する」
話は一旦終わった。全員が解散しかけた時、課長の携帯電話が鳴った。
課長の大きな声が聞こえた。
「指紋が採れたんですか」
解散しかけた全員が再び課長の方へ集まる。なぜ指紋が採取できたのか…
凶器に指紋が残っていること自体、不思議でならない。
そしてさらに、課長の声。
「すでに犯人が亡くなっている?」
どうやら、事件直後に自殺でもしたのか…早期解決か…みんがそう思った。
「え、ええ…はぁ、そうなんですか?そんなことありますかね?」
課長の電話はひどく困惑しているようだった。
電話が終わると、すでに集まっている全員に、
「指紋が採取できたそうだが、指紋には前科があって、その男は昨日、死刑になっているんだ」
全員が顔を見合わせる。意味が理解できない感じだ。
「それって佐伯三郎元死刑囚ですか?」
熊野が尋ねた。
「ああそうだ」
「昨日、ニュースを見ながら醍醐さんとその話をしたんです。醍醐さんの事件だったと…」
「ああ、そうだったな。俺もまだ課長ではなくて係長だった時だ」
「その時、醍醐さんが凶器は見つからなかったと言っていましたので、今回の凶器がその時の凶器なら、一応、佐伯元死刑囚の指紋が検出されても話の筋は通りますが…」
「8年目の凶器ということか…う~ん、確かに検出はされるだろうが、そんな古い指紋ならすぐにわかるだろう…」
「でもそれ以外では説明がつかないのではないでしょうか?佐伯元死刑囚は8年前から世間とは接触していないはずです…」
全員が不思議そうに小首を傾げていると、一課宛に外線電話が入った。
課長が机の上の固定電話に出る。それは九州のある署からだった。
「若槻刑事ですか?ええ、5年前まではうちにいましたが…亡くなったのですか?いつですか?昨日の夕方…」
どうやら以前この一課にいた刑事が亡くなった連絡のようだ。
熊野はその若槻という刑事のことを知らない。
「昨日が非番だったんですね。秋の紅葉登山をしていて、足を滑らせて崖から転落死ですか…そういえば、彼は登山が趣味でしたからね…残念です…明らかに事故死なんですね…わざわざご連絡ありがとうございます」
課長が電話を切った。
「若槻ってあの若槻君ですか?」
少し年配の刑事が言った。どうやら彼のことを知っているらしかった。
「そうらしい…崖からの転落事故らしい…しかし…まさか…だな…」
「確か若槻は醍醐さんと一緒に行動することが多かった記憶がありますね…」
「じゃぁ、佐伯の事件の時もですか?」
熊野はそれが妙に気にかかった。
「たぶん、そうだったと思うが…」
熊野は思う。
(昨日、無罪を訴えていた佐伯元死刑囚の刑が執行され、同じ日に、事件に関わった2人の刑事が亡くなった…先に亡くなったのは若槻さんのほうだった。事故と事件、東京と九州、関連性は全くないのだろうが…が何か気にかかる…
問題は8年前に逮捕されている佐伯元死刑囚の指紋が、なぜ凶器に残されていたのか…
例え双子であっても指紋は一致しない…)
熊野は明日は非番。醍醐さんの本通夜は明日に決まった。
お通夜の前に拘置所に寄って、佐伯元死刑囚の所内での生活を聞きいてみようと思った。
最初の犠牲者 若槻肇 享年34歳
5章 本当の最初の犠牲者 完 続く
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