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4章 最初の犠牲者は誰?

死なない死刑囚の恐怖

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 醍醐は署を出て門の辺りまで来ると、ふと署を振り返った。
 少し丸みを帯びた4階建ての建物がある。まだ多くの窓から明かりが漏れている。
 この署に配属されてから20年が過ぎていた。もう定年まで変わることはないだろうと思っている。
 あの佐伯の事件もこの管轄内の事件だった。当時の醍醐は、若手の若槻という新人刑事とペアを組んでいた。今の熊野と同様に、若槻の指導役も兼ねていたからだ。
 佐伯の事件も当然、ペアで動いていた。若槻にしてみれば、初めての大事件の案件だったか、やけに張り切っていた記憶がある。

「追い詰められた犯人はどういう行動にでるかわからないから、十分に注意するんだぞ」

 そんな指導をした記憶がある。
 そんな彼も今は九州のどこかの警察署に勤めていると聞いている。かっこいい言い方をするなら、元気で市民の為に働いていてくれたら、それが一番だ。

「昔のことを思い出しちまったか…」
 
 ボソっと呟くと、駅に向かって歩き出した。

 自宅は、署を出た後、電車に1時間ほど乗り、歩いて15分のところにある閑静な住宅地だ。住宅ローンの返済も終わり、子供も手を離れ、定年後は妻とのんびり旅行でもしようかと計画している。
 最寄り駅に着いた時、辺りはすでに真っ暗になっていた。ちょっとした商店街があるので、早い時間なら帰りがけに簡単な買い物ができる。そのちょっとした便利が助かる。
 そこを抜けて少し歩くとT字路にぶつかり、右の住宅地の方へ向かって歩いて行く。夕方の7時を過ぎると、この辺りは、交通量もほとんどなく、住人の車が時折通る程度。歩いている人もまばらだ。買い物帰りというよりは通勤帰りの人が多い。電車が到着する間の時間帯は人通りが途絶える。
 醍醐は商店街のほぼ中央あたりにある、駄菓子屋の組合長の店で少し世間話をして商店街を抜けたので、歩いている人は全くいない。所々に設置されている街燈下がやけに明るく映る。毎日見ている光景だ。

 最後の角を曲がると自宅までは100mほどだ。醍醐はその最後の角を曲がると、曲がった隅に一人の男がぼやっと立っているのに気づいた。なんとも不思議な気配の男…
 が、醍醐がその男の顔を見た瞬間、凍りついた。

「お、お前…」

 醍醐は自分の目を疑った。驚きと恐怖のあまりそう言うのが精一杯だった。
 その男は無言・無表情で近づき、右手に持っていた刃物で醍醐の胸の辺りを一突きした。

「ど、どうして…お、お前が…」

 男はそれでも無言で無表情、刃物を突き刺したまま、醍醐の横を静かに通り過ぎ、角を曲がって行く。

 醍醐は膝から崩れ落ちながら、薄れゆく意識のなかで、

(いったい、どういう事なんだ…)

 静かに倒れた。

 醍醐は救急車で病院に運ばれたが、すでに息絶えていた。享年59歳。

 
  4章 最初の犠牲者は誰? 完 続く

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