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3章 8年前の事件
死なない死刑囚の恐怖
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その日の夕方、男の死刑執行のニュースがテレビの全国放送で流れた。
「ついに刑が執行されたか」
警察署内の食堂で紙コップに入ったコーヒーをすすりながら、ニュースを見ている刑事がいた。夕方のせいか食堂内はがらんとしている。横長のテーブルにまばらに職員が座っている程度だ。
この男の名前は醍醐雄一。年齢は58歳。後2年もしたら定年を迎える。165cmと小柄な身長だが、年齢の割には引き締まった身体つきだ。
「どうかしたんですか?」
若い刑事の熊野純一が食堂に入って来ると、醍醐の前に座り、紙コップ入りのコーヒーをテーブルにポンと置いた。醍醐と熊野はペアで行動することが多い。醍醐が若い熊野の指導役も兼ねている感じだ。
「俺が昔、逮捕して取り調べをした犯人なんだ」
高い所に設置されている左奥のテレビの画面を、見上げるようにしながら見ながら言った。
「そうなんですか」
熊野も顔を上げるようにしながら右奥のテレビへ視線を移す。女性アナウンサーが『今年何人目の死刑執行』だと説明している。
「8年前の事件なんだが、忘れることのできない事件の一つだよ」
醍醐は思い出すように、両肘をテーブルに突き、両手に挟んだコーヒーを口に運んだ。
「なにか特異な事件だったんですか?」
8年前といえば、熊野がまだ警察学校に入る以前の話だ。
「いや、事件そのものは強盗殺人。生活に困った男が夜中に被害者宅に侵入し、見つかってしまったので一家4人を殺害した」
「特に変わった事件でもないですね」
「事件自体はな…」
醍醐は両手で挟んでいるコーヒーをさらに一口すすった。
「と、おっしゃいますと…」
「犯人の名前は佐伯三郎と言ってな、当時確か34歳だったと思う。現場から逃走したが、防犯カメラ映像と侵入したサッシ窓と凶器のナイフの指紋からすぐに犯人がわかり、5日後に逮捕したよ」
「前科があったんですか?」
「交通違反だったかな。ただ佐伯は終始犯行を否認してな。5日前は前日から体調が悪く、高熱にうなされて死にそうな思いで寝ていたと…独身の佐伯だからそれを証明できる人物はいない…結局、佐伯は裁判でも終始否認し続けたよ」
「まさかとは思いますが、誤認逮捕だったってことは…」
「それは断じてない!」
醍醐は紙コップを右手に持ち変えると、少し乱暴にテーブルに置いた。コーピーが紙コップから少しこぼれ出た。
「すみません」
熊野は小さく頭を下げた。
「凶器は何だったのですか?」
「刃物だということはわかったが、凶器はみつからなかった。佐伯は知らないの一点張りだった…」
「でも、状況からしても佐伯が犯人で間違いないですよね」
「だが佐伯は『4人を殺害した犯人は自分ではない』と、言い張って、結局、裁判でも全く反省のイロがないということで死刑判決が確定したんだ。何度か控訴したみたいだが、すべて棄却されたらしい。もし、改悛した姿があれば、もしかしたら死刑は免れたかもしれんがな…まぁ、わからん…」
醍醐はそう言うと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「確かに、何か釈然としない部分はありますね」
醍醐はウンウンと頷くと、
「さて、今日はもう帰るかな」
醍醐は壁にかけられた時計に目をやり、椅子から立ち上がった。
時計は夕方の6時00分を指している。
秋も近づいてきたこの季節。6時ともなれば辺りは薄暗くなり始めている。
「早く帰れる時は早く帰って方がいいですよ」
熊野も立ち上がると、こぼれたコーヒーをティッシュで拭きと取り、空になった2人分の紙コップを備え付けの紙コップ捨てに入れた。
そして熊野は、署から出て行く醍醐の後ろ姿を見送った。
3章 8年前の事件 完 続く
「ついに刑が執行されたか」
警察署内の食堂で紙コップに入ったコーヒーをすすりながら、ニュースを見ている刑事がいた。夕方のせいか食堂内はがらんとしている。横長のテーブルにまばらに職員が座っている程度だ。
この男の名前は醍醐雄一。年齢は58歳。後2年もしたら定年を迎える。165cmと小柄な身長だが、年齢の割には引き締まった身体つきだ。
「どうかしたんですか?」
若い刑事の熊野純一が食堂に入って来ると、醍醐の前に座り、紙コップ入りのコーヒーをテーブルにポンと置いた。醍醐と熊野はペアで行動することが多い。醍醐が若い熊野の指導役も兼ねている感じだ。
「俺が昔、逮捕して取り調べをした犯人なんだ」
高い所に設置されている左奥のテレビの画面を、見上げるようにしながら見ながら言った。
「そうなんですか」
熊野も顔を上げるようにしながら右奥のテレビへ視線を移す。女性アナウンサーが『今年何人目の死刑執行』だと説明している。
「8年前の事件なんだが、忘れることのできない事件の一つだよ」
醍醐は思い出すように、両肘をテーブルに突き、両手に挟んだコーヒーを口に運んだ。
「なにか特異な事件だったんですか?」
8年前といえば、熊野がまだ警察学校に入る以前の話だ。
「いや、事件そのものは強盗殺人。生活に困った男が夜中に被害者宅に侵入し、見つかってしまったので一家4人を殺害した」
「特に変わった事件でもないですね」
「事件自体はな…」
醍醐は両手で挟んでいるコーヒーをさらに一口すすった。
「と、おっしゃいますと…」
「犯人の名前は佐伯三郎と言ってな、当時確か34歳だったと思う。現場から逃走したが、防犯カメラ映像と侵入したサッシ窓と凶器のナイフの指紋からすぐに犯人がわかり、5日後に逮捕したよ」
「前科があったんですか?」
「交通違反だったかな。ただ佐伯は終始犯行を否認してな。5日前は前日から体調が悪く、高熱にうなされて死にそうな思いで寝ていたと…独身の佐伯だからそれを証明できる人物はいない…結局、佐伯は裁判でも終始否認し続けたよ」
「まさかとは思いますが、誤認逮捕だったってことは…」
「それは断じてない!」
醍醐は紙コップを右手に持ち変えると、少し乱暴にテーブルに置いた。コーピーが紙コップから少しこぼれ出た。
「すみません」
熊野は小さく頭を下げた。
「凶器は何だったのですか?」
「刃物だということはわかったが、凶器はみつからなかった。佐伯は知らないの一点張りだった…」
「でも、状況からしても佐伯が犯人で間違いないですよね」
「だが佐伯は『4人を殺害した犯人は自分ではない』と、言い張って、結局、裁判でも全く反省のイロがないということで死刑判決が確定したんだ。何度か控訴したみたいだが、すべて棄却されたらしい。もし、改悛した姿があれば、もしかしたら死刑は免れたかもしれんがな…まぁ、わからん…」
醍醐はそう言うと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「確かに、何か釈然としない部分はありますね」
醍醐はウンウンと頷くと、
「さて、今日はもう帰るかな」
醍醐は壁にかけられた時計に目をやり、椅子から立ち上がった。
時計は夕方の6時00分を指している。
秋も近づいてきたこの季節。6時ともなれば辺りは薄暗くなり始めている。
「早く帰れる時は早く帰って方がいいですよ」
熊野も立ち上がると、こぼれたコーヒーをティッシュで拭きと取り、空になった2人分の紙コップを備え付けの紙コップ捨てに入れた。
そして熊野は、署から出て行く醍醐の後ろ姿を見送った。
3章 8年前の事件 完 続く
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