上 下
1 / 30
プロローグ

死なない死刑囚の恐怖

しおりを挟む
【刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第179条】 死刑を執行するときは、絞首された者の死亡を確認してから五分を経過した後に絞縄を解くものとする。

 つまり、絞首された者の心臓が止まらない限りは刑が執行中ということになる。
 通常、心臓が停止するまでは10分から15分といわれている。刑務医が聴診器で心音を聞き、心臓が停止したのを確認して、5分が経過したのち、絞縄を解き刑の執行が終了となる。
 
 執行の際は3人の刑務官が同時に3つのボタンをそれぞれに押す。足元の板が開き、落下する。落下が誰のボタンかわからぬように、刑務官の罪悪感を少しでも和らげる処置だ。執行した刑務官のその日の仕事はこれで終わりとなる。手当の2万円は現金支給。これは家族にわからないようにする配慮だ。殆どの刑務官はその2万円は執行された元死刑囚の為に使うらしい。

 10月某日 ある男の刑が執行される日が来た。

 罪状は強盗殺人。8年ほど前、生物学者宅の家族4人を殺害した。
 男は事件3日後に逮捕。独身で当時無職。金目当ての犯行。夜中家に侵入し、物色中を家族に見られたので殺害した、とニュースで報道されていた。ニョースは事件そのものは報道するが、その後の進行は殆ど報道しない。国民の記憶からもどんどん薄れ、やがて忘れられてしまう。

 男の執行時の年齢は42歳。本来であれば、執行されるべき男ではなかった。
 男は終始、4人殺害を否認していた。しかし、状況証拠は彼以外の犯行はあり得ない事を物語っていた。
 いくら犯行を否認しても、犯人がその男以外にあり得ないとなれば、無罪となる可能性は低い。控訴しても棄却されるだけだった。やがて死刑が確定する。

 そして今日…

 刑が執行される前に、まず教誨室に入る。小部屋に椅子とテーブルがあり、そこにはタバコと甘い菓子が用意されている。教誨師もいる。ここでは遺書を書くことができるが彼はしない。用意されているお菓子やタバコには一切手をつけず、教誨師さんとも話をしない。無言のまま部屋を後にする。前室では死刑執行の旨を伝えられ手錠と目隠しをされる。

 その時、彼は、

「僕はあの4人を殺害していない…なぜなら…」

 ブツブツと小声で呟いた。

 立ち会っていた年配の刑務官にその小声が聞こえていたのかいないのか、無表情のままだ。

 そして、10:30分、執行室で刑は執行された。



  プロローグ 完 続く
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

烏丸相談屋はあやしい悩みで満ちている

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

彼シャツって本来、背丈が小さい方が着るのよ?

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

君への想い

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

異世界でもう一人の俺が暴れすぎてキチガ○と呼ばれている件について

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...