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シルお嬢様を探し始めてから随分と経つ。屋敷の召使い達にも見かけなかったか、心当たりがないかと聞いて回ったが、結局みつからず終いだ。もしかして、シレイス様がもう部屋にお連れしたのでは?
「1度戻ってみるか……」
踵を返した途端、目の前に先ほどまでいなかった筈の人物がいて、思わず悲鳴をあげそうになる。――しかし、私だってこの道のプロ、直ぐに笑顔を作って呼びかけた。
「旦那様、お散歩ですか?」
「シルちゃんがまた家出したんだよおおっ!!」
「家出!?」
「キリエくん、シレイスはどこだい、シレイスに迎えに行かせなければ――」
「旦那様、落ち着いてください。お迎えに行くくらいなら私一人でも……」
「――……………………」
何故そこで黙る。
「シレイスうう!」
何故ですか!?
「シ、シレイス様ですね、探して参ります」
旦那様のいない方へ、再び振り返れば、今度はその地面に膝を着いたメイド長、シレイス様が目に入る。身体をびくつかせてしまったものの――私はプロだ、直ぐに笑顔を浮かべる。
「し、シレイス様、ちょうど探しに行こうとしていたところです……」
「旦那様、いつものやつです。坊っちゃまが姿を消しました」
「どうやらクラストラ皇国へ向かったようだ。恐らく以前のディオーナ子爵の屋敷に向かったらしい」
「旦那様、以前の……とは?」
私の言葉にはシレイス様が答える。
「1連の事件でセーザ様が闇の魔法を使うことが知られてしまって、騒動がおさまるまでは別の国へ留学という形でお引越しされたのです。召使いも雇わないようになってしまわれたので留守中の屋敷の管理が難しかったのでしょう。今は屋敷は引き払われて別の方が住んでいらっしゃいます」
そんなことになっていたのか。
私はあの後すぐに面接会場へ連れていかれて、檻に閉じこめられていたからな……自分のしたことが間違いであったことは分かっているが何故ヴェルヴァッカ家の敷地内に檻があるんだ。ここでの敷地内とは空中庭園のことだ。ほとんどの者が知らないことだろうが、もはや空だけでなく地上もヴェルヴァッカ家の支配下にあると言っても過言ではない。
「セーザ様がいないと知ったらどちらへ行かれるのでしょうか」
「セーザ様がいる所と考えれば行けなくもないだろうが、そうはしていないようだ」
旦那様に無意識に質問してしまったが、二度も質問してはいけないだろうと思い、シレイス様に耳打ちする。
「何故旦那様はお嬢様の居場所が分かるのですか?」
「探知魔法です」
探知魔法……衛兵の使う魔法だと聞いたことがあったが、クラストラ皇国までかなりの距離がある、いや、お嬢様がどこへ行ったかなど誰にも分からなかったのだから、クラストラ皇国だけに絞らず、それ以上の範囲に探知魔法を発動させて探し出したことになる。
「シレイス、今から向かって連れ戻してきてくれないか。連れ戻すのが無理そうなら付いていてやって欲しいんだ」
「し、しかし、クラストラ皇国へ向かうにしても、船で3日は掛かります。その間お嬢様は1人と言うことですよね」
いくら力があると言えど、1人で行動するなど、やはりあのお嬢様は自分の周りがどれほど危険であるか分かっておられない。
「かしこまりました、旦那様。キリエさん、着いてきてください。貴方はこういう時の為に訓練を受けてきたのでしょう」
「訓練?」
旦那様がしょんぼりしながら去った後、私達は屋敷の裏門へとやってきた。
ヴェルヴァッカ家の屋敷は森の中にある。旦那様の治めている街や海を見ることが出来るが、街までかなりの距離があるし……お嬢様がいつもああして閉じ込められていると言うのであれば、家出して街へ出ようと思ってしまうのも無理はないのかもしれない。
そんなことを考えていた時だ。シレイス様が手の甲に魔法陣を出現させてから指笛をピュイーと吹く。
「あの、これから何を?」
馬で向かうのかと思えば、用意はなかったし。一体どうやって……。
「貴方は面接で何を見ていたんですか?」
「え?」
「身体をもってして体験した筈でしょう」
「ま、まさか」
「貴方は坊っちゃまの傍付きになるんですよ。坊っちゃまの家出は今に始まったことではありません、ほとんど毎週行われます。居場所がわかったとしても、私も旦那様も転移魔法は使えません。使えるのはキリバイエ様と坊っちゃまだけです。なら、私達はどうやって迎えに行っていたと思いますか?」
「ド」
どうかそうでないと言ってくれ、そう思いながら質問しようとすれば。
――瞬間、あたりに影が落とされ、真っ暗になる。
シレイス様の後ろに、凄まじい風を起こしながら、あの見慣れてしまった面接官がやってきた。
「これからはあなたが一人で、ドラゴンを操ることになるのです」
「そ、そんな、バカな……」
「だから貴方の匂いを覚えさせる為に餌の入れ物の中に入ってもらい、ドラゴンと遊んで貰ったのです」
「あれはアンタの仕業か!?」
「あんた?」
「い、いえ、なんでもありません」
この方は上司この方は上司この方は上司。鬼畜でも上司。
「今だってドラゴンは貴方を警戒していないでしょう?」
「わ、分かりません。面接で初めてドラゴンを見たんですから。書物で絵を見たり、人から伝承を聞いたりしたことはあっても、見たことはありませんでした。それに人に懐くなんて聞いたこともない……」
「警戒していない証拠に、背中に乗せてもらいましょう」
シレイス様が掌に魔法陣を出現させれば、ドラゴンの背に光が集まり、二人分の背もたれのある騎座が現れる。
「さあ、キリエさん」
姿勢を低くしたドラゴンに乗り、シレイス様が手を差し伸べる。その手を取ってドラゴンに乗るが、彼はお利口で、じっとして動かない。
「ドラゴンが貴方を背に乗せたのです。警戒を解いただけでなく、この時をもって貴方はドラゴンに主と認められました」
「は、はい」
「それではしっかりシートベルトをしてください」
シートベルト? これの事か?
背もたれと座から伸びたベルトを見てみるが、どうすれば良いのか分からない。シレイス様が手本に身に付けてくれた。私も真似てベルトをしめる。
「では、出発しますよ」
シレイス様が轡を持って、指笛を吹けばドラゴンは反応して、羽を動かし土煙を上げる。
私が咳き込んでいるうちに、ドラゴンは山を下るように走り出し、羽を広げて崖から飛び降りた。
「ぎゃああああああああああ!?」
しがみつく場所がなくて手を自分の身体に回す。
浮遊感と共に心地よい風が吹いてきた。
「風が激しいのは最初の助走だけです。もちろんスピードを出せば、出すほど空気抵抗が強くなりますよ」
「く、くうき、ていこう……」
これを、これからは私一人で……。先が思いやられる。
「1度戻ってみるか……」
踵を返した途端、目の前に先ほどまでいなかった筈の人物がいて、思わず悲鳴をあげそうになる。――しかし、私だってこの道のプロ、直ぐに笑顔を作って呼びかけた。
「旦那様、お散歩ですか?」
「シルちゃんがまた家出したんだよおおっ!!」
「家出!?」
「キリエくん、シレイスはどこだい、シレイスに迎えに行かせなければ――」
「旦那様、落ち着いてください。お迎えに行くくらいなら私一人でも……」
「――……………………」
何故そこで黙る。
「シレイスうう!」
何故ですか!?
「シ、シレイス様ですね、探して参ります」
旦那様のいない方へ、再び振り返れば、今度はその地面に膝を着いたメイド長、シレイス様が目に入る。身体をびくつかせてしまったものの――私はプロだ、直ぐに笑顔を浮かべる。
「し、シレイス様、ちょうど探しに行こうとしていたところです……」
「旦那様、いつものやつです。坊っちゃまが姿を消しました」
「どうやらクラストラ皇国へ向かったようだ。恐らく以前のディオーナ子爵の屋敷に向かったらしい」
「旦那様、以前の……とは?」
私の言葉にはシレイス様が答える。
「1連の事件でセーザ様が闇の魔法を使うことが知られてしまって、騒動がおさまるまでは別の国へ留学という形でお引越しされたのです。召使いも雇わないようになってしまわれたので留守中の屋敷の管理が難しかったのでしょう。今は屋敷は引き払われて別の方が住んでいらっしゃいます」
そんなことになっていたのか。
私はあの後すぐに面接会場へ連れていかれて、檻に閉じこめられていたからな……自分のしたことが間違いであったことは分かっているが何故ヴェルヴァッカ家の敷地内に檻があるんだ。ここでの敷地内とは空中庭園のことだ。ほとんどの者が知らないことだろうが、もはや空だけでなく地上もヴェルヴァッカ家の支配下にあると言っても過言ではない。
「セーザ様がいないと知ったらどちらへ行かれるのでしょうか」
「セーザ様がいる所と考えれば行けなくもないだろうが、そうはしていないようだ」
旦那様に無意識に質問してしまったが、二度も質問してはいけないだろうと思い、シレイス様に耳打ちする。
「何故旦那様はお嬢様の居場所が分かるのですか?」
「探知魔法です」
探知魔法……衛兵の使う魔法だと聞いたことがあったが、クラストラ皇国までかなりの距離がある、いや、お嬢様がどこへ行ったかなど誰にも分からなかったのだから、クラストラ皇国だけに絞らず、それ以上の範囲に探知魔法を発動させて探し出したことになる。
「シレイス、今から向かって連れ戻してきてくれないか。連れ戻すのが無理そうなら付いていてやって欲しいんだ」
「し、しかし、クラストラ皇国へ向かうにしても、船で3日は掛かります。その間お嬢様は1人と言うことですよね」
いくら力があると言えど、1人で行動するなど、やはりあのお嬢様は自分の周りがどれほど危険であるか分かっておられない。
「かしこまりました、旦那様。キリエさん、着いてきてください。貴方はこういう時の為に訓練を受けてきたのでしょう」
「訓練?」
旦那様がしょんぼりしながら去った後、私達は屋敷の裏門へとやってきた。
ヴェルヴァッカ家の屋敷は森の中にある。旦那様の治めている街や海を見ることが出来るが、街までかなりの距離があるし……お嬢様がいつもああして閉じ込められていると言うのであれば、家出して街へ出ようと思ってしまうのも無理はないのかもしれない。
そんなことを考えていた時だ。シレイス様が手の甲に魔法陣を出現させてから指笛をピュイーと吹く。
「あの、これから何を?」
馬で向かうのかと思えば、用意はなかったし。一体どうやって……。
「貴方は面接で何を見ていたんですか?」
「え?」
「身体をもってして体験した筈でしょう」
「ま、まさか」
「貴方は坊っちゃまの傍付きになるんですよ。坊っちゃまの家出は今に始まったことではありません、ほとんど毎週行われます。居場所がわかったとしても、私も旦那様も転移魔法は使えません。使えるのはキリバイエ様と坊っちゃまだけです。なら、私達はどうやって迎えに行っていたと思いますか?」
「ド」
どうかそうでないと言ってくれ、そう思いながら質問しようとすれば。
――瞬間、あたりに影が落とされ、真っ暗になる。
シレイス様の後ろに、凄まじい風を起こしながら、あの見慣れてしまった面接官がやってきた。
「これからはあなたが一人で、ドラゴンを操ることになるのです」
「そ、そんな、バカな……」
「だから貴方の匂いを覚えさせる為に餌の入れ物の中に入ってもらい、ドラゴンと遊んで貰ったのです」
「あれはアンタの仕業か!?」
「あんた?」
「い、いえ、なんでもありません」
この方は上司この方は上司この方は上司。鬼畜でも上司。
「今だってドラゴンは貴方を警戒していないでしょう?」
「わ、分かりません。面接で初めてドラゴンを見たんですから。書物で絵を見たり、人から伝承を聞いたりしたことはあっても、見たことはありませんでした。それに人に懐くなんて聞いたこともない……」
「警戒していない証拠に、背中に乗せてもらいましょう」
シレイス様が掌に魔法陣を出現させれば、ドラゴンの背に光が集まり、二人分の背もたれのある騎座が現れる。
「さあ、キリエさん」
姿勢を低くしたドラゴンに乗り、シレイス様が手を差し伸べる。その手を取ってドラゴンに乗るが、彼はお利口で、じっとして動かない。
「ドラゴンが貴方を背に乗せたのです。警戒を解いただけでなく、この時をもって貴方はドラゴンに主と認められました」
「は、はい」
「それではしっかりシートベルトをしてください」
シートベルト? これの事か?
背もたれと座から伸びたベルトを見てみるが、どうすれば良いのか分からない。シレイス様が手本に身に付けてくれた。私も真似てベルトをしめる。
「では、出発しますよ」
シレイス様が轡を持って、指笛を吹けばドラゴンは反応して、羽を動かし土煙を上げる。
私が咳き込んでいるうちに、ドラゴンは山を下るように走り出し、羽を広げて崖から飛び降りた。
「ぎゃああああああああああ!?」
しがみつく場所がなくて手を自分の身体に回す。
浮遊感と共に心地よい風が吹いてきた。
「風が激しいのは最初の助走だけです。もちろんスピードを出せば、出すほど空気抵抗が強くなりますよ」
「く、くうき、ていこう……」
これを、これからは私一人で……。先が思いやられる。
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