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 お菓子をある程度食べれば、アナスタシア――…………アナが、あとはオヤツの時間に食べましょう、と約束をして帰って行ってしまった。
「…………フォークは置いていっていいのに」
 その呟きに執事が答えた。
「アナスタシアは有能だな……」
 俺の大事なかわいいヒモちゃんナワちゃん達を探すのは諦めたらしい。いい心掛けだ!
「貴様もヴェルバッカ家の執事になったのだから有能でなくては困る。ほら、さっき盗んだ物を全部返したまえ。今なら鼻を摘むだけで許してやろう」
分かっているとも、そのポケットの膨らみを見れば明らかだ! 一体全体何本盗んだ! 返したまえ!
「これはシレイス様に提出するんです」
「やはり貴様メドゥーサの手先に成り果てたか!」
「あの方は上司になんです、それに貴方を扱う術を熟知していらっしゃる」
 最初の頃はいがみ合っていたくせに、今はキリエがメドゥーサの毒牙にやられてしまっている。美しいからな、一度石に変えられてしまったに違いない。つまり惚れてしまったのだ。違いない。
「最初の頃は邪魔しなかったと言うのに。むしろ手伝ってくれていたと言うのに、ああ、どこで間違えたのかしら! こんな風になっちゃって!」
「いやですね、手伝う訳ないじゃないですか。あまりにも破天荒すぎて考える力を奪われてしまったんですよシルお嬢様」
「破天荒さがあってこその悪役令嬢だぞ! 令嬢+気だかさ×破天荒=悪役令嬢なのだ!」
「令嬢と気だかさはなんとなく分かりますが、何故そこに破天荒をかけてしまうのですか」
「分からぬか、破天荒の意味を辞書で引けば、今まで誰もやったことがないようなことをする、とい書かれているのだ! つまり転生だ! 悪役令嬢は誰にでも愛され優しく強く、美しい! 厳しい顔付きをしていても口調がきつくてもああどうしてだろう心は乙女! 仕方のないことだ、悪役令嬢なのだから! 愛情たっぷり甘やかされて育って性格もひん曲がってしまうがしかし、そんな頃前世の記憶を思い出して優しさを取り戻し自分の愚かさを悔いて自分はもちろん周りの者が不幸になることを避けようとする! ああ、未来を知ってしまうというのはなんて辛いことだろう、そしてその運命に抗おうとする強さ! 勇気! やはり俺は悪役令嬢に転生したかったぁあ! 何で俺はモブなんだ! せめて女の子だったらモブの令嬢だけど攻略キャラとくっ付いて悪役令嬢と友達になったり主人公に意地悪されたりもしくはその逆で悪役令嬢に虐められたり……なんて展開も有り得たと言うのに! ああでも悪役令嬢とは友達になりたい……いややっぱり悪役令嬢には俺がなりたい!」
「あの、申し訳ありません。理解しようとはしているのですが、何を言っているのか1ミリたりとも理解ができないのですが」
「幼い頃から既に始まっているのだ! 大抵は幼い頃に茶会を重ねることで相手に惚れられるきっかけを作りハーレム状態になるか溺愛されるかなのだ! だと言うのにあの悪魔の所為で茶会も悉く潰されている……! お茶会は転生の場なのだ! きっと茶を飲んだ途端に転生出来る、だから奴は阻止を……!」
「絶対違うと思いますけど。しかし先程アナスタシアがお茶会に参加していただく機会もあると言っていましたよね?」
「そうだ、何度か話は来ているのだ……だが、この姿で会う訳にも行くまい」
「何故です?」
「まだ12歳になっていないではないか。こんなフリフリ姿で人前に出るなんてゴメンだ」
「大人になったら今よりもっと着飾ることになりますよ」
「マジで?」
 そんなバカな、立派な男が着飾るなど、前世ならスーツだが、今世では貴族服でも着せられるのか? ……ああ、そう言えばキリエはずっとお嬢様と呼んでいるな。メドゥーサもローもシル様と呼ぶようにしているらしいが、偶に俺を坊っちゃまと呼んでしまう時がある。キリエと出会った時は坊っちゃまと呼んでいたしな。だから気付いていると思っていたが。
悪魔からも既に話をされていると思っていたし。
それにソルディーノ公爵家で俺が襲われた時に裸を見ていたと思ったんだが、子供だし胸がなくともおかしくないと思われたのか?
 うぬぅ、やはり、キリエは俺を女だと思っているのか?
 セーザから聞いてはいないのかとも思ったが、俺がセーザに出来るだけ秘密にするように頼んだのだった。そう言えばアナスタシアもお嬢様と呼ぶ。レディの嗜みを説いてくるあたり女だと思っているのだろう。
うぬぅ、俺はレディの嗜みなど覚えたくないぞ! どうせなら悪役令嬢に転生してからがいい! だってモブで男なのにやる気なんか出るものか……はっ! そうか、これは悪役令嬢になるための訓練だったのだ! 俺は今段階を踏んでいるのだ! 次に悪役令嬢に転生する為に必要な試練なのだ! この世界は悪役令嬢養成所だったか! これが転生前に貰える悪役令嬢のスキルか!
 ふふふ、なら思い切りレディの嗜みを学び取ってやろう! きっとスキルのレベルが上がれば特典で聖剣アクヤクレイジョーが着いてくるに違いない! 悪役令嬢で出来た鎧もついてくるかもなー。素材に悪役令嬢の涙とか、牙とか角とか鱗、そうか! 全てを集めて合成すれば悪役令嬢の身体が手に入るのかもしれぬ! いや、それともレベルを上げて悪役令嬢の称号を得れば転生できるのかも!
「しかし転生した時点でもうその称号は既に取得済みだ! 転生とはそう言うものだ! よし転生しよう! 今しよう! バイバイキリエ!」
「ああああ! そんな所に隠し持っていたんですね! 没収します! 大人しく渡しなさい!」
「ひ、引っ張るなキリエ……はっ! キリエ! 手助けしてくれるのだな! ありがとう!」
「首を括るな!! それこそ無駄だと分かってるだろう! 貴様にはあの悪魔がいるのだから例え死んでも生き返る!」
「そう、死んで生き返る、つまりこれは死ではない! 転生だ!」
「貴様は生まれた頃どこかに頭をぶつけたに違いない! そうじゃないと貴様の存在を説明出来ない……!」
 キリエは首のアサヒモ12号を外そうとしてくるが、力づくで奪おうとはしてこない。初見の日とは違い遠慮がある。もしかして、令嬢の身体に触れるのは無礼だと思っているのか?
 そもそも、そば付きが男な時点で俺も男だろうに、なぜ気付かぬ。
レディの嗜みは教わるとして……問題は彼等にいつ知らされるかだ。騙していたと思われるのも嫌だし早く説明してやって欲しいな。もう1ヶ月は経つのだし、教えてもいいのではないか? ……1ヶ月?
「……そうか。キリエが来てからもう1ヶ月以上経っているのだな……」
 1ヶ月間元世話係であったメドゥーサに仕事を教えられていた、つまり研修を受けていたのだ。今はこうして一人で任されているが偶にメドゥーサが割り込んでくる。もう世話係は外されたのだから来なくていいのに! なぜ君はいつも邪魔をする!
 キリエも懐かしむように目を閉じる。
「……本当にあの頃の自分が恥ずかしい」
 悪意を感じるぞ!
「そうだな、恥じるべきだ。1ヶ月前の君はもう、ダメダメだった。本当にもう可愛いないくらいにダメダメだった。だと言うのにメドゥーサに鍛え上げられてしまって。さらに可愛くなくなったぞ。敵だ敵! さては前世の記憶を思い出す前の悪役令嬢に酷いことをされていた口だな!」
「後半何を言っているのかさっぱり分かりません」
 ああ、1ヶ月前に戻って欲しい。……あの頃ならもっと転生への道が近くて頑張れたのに。今じゃ制限が掛かりすぎてストレスだ。ああ、飛び降りたい、飛び降りたいなぁ。あの飛び降りた時の感覚は別の世界へ飛び込んでいる気分で転生に近いと思うのだ。きっと続けていればそのうち世界が開かれて俺の意識を悪役令嬢の身体へと繋げてくれる! そうだ、ずっと続けていれば同じように空から悪役令嬢が降ってくるかもしれない。
 手と手を取って転生の喜びを分かち合うのだ。そうしてようやく俺も悪役令嬢になれる!
 うぬぅ……だが、もうずっと飛び降りることが出来ていない。1か月前なら、毒花ももっと沢山あったし、転生の為に自作した仕掛けなんかも揃っていたと言うのに。
 キリエは俺の自殺も止めるし、体術にも長けているらしいから刺客が来た時の心配もない。と言っても刺客は悪魔が排除しているから来ることがないのだが。
「なるほど、キリエはメドゥーサの手先ではなく、悪魔の手先と言うことか……」
 一ヶ月前に戻ってくれないだろうか。
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