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 額を打ち付けて、バリッと地面が割れた。起き上がれば、ふよふよとしたモノが股間にある。
「お約束だな」
 相手の顔の上から退いて、すぐに転移魔法を使おうとする。
「う……」
 起きてしまったか、放っておく訳にも行くまい。
 どうやら、倉庫に転移したらしいな。こいつのせいで他の者とバラバラになってしまった。転移先は公爵家の人気のない場所。すぐに見つかる心配はないだろう。大人数で行動すれば目立つだろうし元からバラバラに転移するつもりだったが、どうやら邪魔が入った所為で時間が短縮され、ランダムに飛ばされてしまったようだ。作戦を伝えられていない。
「……ここまで無能だとは」
「――この女、よくも俺を下敷きに……!!」
 襟首を引っ張られる。いいぞ、もっと力を込めたまえ!
「……何だその顔は」
「気にするな、続けたまえ」
「ここはどこだ、俺を一体どうするつもりだッ!!」
「すぐに屋敷に戻る。セーザを一人にするのは危険だ。貴様には残ってセーザを守れと言った筈だぞ、貴様のせいで作戦も伝えられぬ状態で転移してしまった。危険な目に合わせるなと言っておいてこれか。いい加減にしろ。この一件が無事済んでから貴様の相手をしてやろう。だから言うことを聞きたまえ」
「行かせるものか、人払いをしたんだろ、俺とセーザ様たった2人ならお前の魔法で簡単に目的を果たせるだろうからな。俺はお前の命令を守ったんだ、セーザ様を守る為にお前を元に戻しはしない」
 ――致し方ない。セーザにはメドゥーサを送っておこう。指をパチンと鳴らす。すると、相手は指を絡めて手を握ってくる。
「……何のつもりだ」
「指を鳴らすことが魔法の発動条件なんだろ。お前は指を鳴らすことで魔法を発動出来る代わりに、魔法陣を組むことも詠唱も出来ない。指を封じてしまえば魔法は発動出来ないだろ」
「……っ、そんな状況じゃないだろう、ここは敵の本拠地だぞ」
「俺の敵はヴェルバッカだけだ」
「うっ」
 大人の大きな手で、両腕を頭の上に引っ張り上げられる。指も鳴らせぬよう押さえ付けられている。
「キリエ、離せ。父上と子爵夫婦の毒を調べなければ、解毒剤を作るには毒薬が何か調べなければなるまい、証拠も残っている分だけでも掻き集めなければ、例え偽物だと言われようと集めなければ、父上と子爵には関係の無い話であると証明しなければ、キリエッ、聞いているのか――ッ!!」
「喚くな、お前一人に何が出来る。ヴェルバッカが関係無い証拠だと? ほざけ。貴様等のお得意の船仕事が、随分役に立っているようじゃないか」
「何?」
「この倉庫にある木箱、全てヴェルバッカ家の貿易会社、メルクイエナ社の紋章の焼印が入っている」
「…………メルクイエナは食品も扱っている、倉庫にあってもおかしくはないだろう」
「随分な自身だな。武器や兵器、麻薬や奴隷、魔法具も魔法石も、臓器だって木箱に詰めて船で運ぶ会社だろう」
「……兄がしていると言うのか? そんなことを?」
「父親も、母親も、召使いも知ってることだろう。お前も、知らないなんて有り得ないことだッ……!!」
 あの悪魔は各国を裏で牛耳るほどの家にすると言っていた。ありえない話ではない。
「だが、正直言って全く興味が出ぬ」
「何、だと?」
「止めたいとも、どうにかしたいとも毛ほども思わぬ」
「お、お前、知らないなら、仕方の無いことかもしれないと、考えて、やっていたと言うのに……ッ!!」
「俺に止められるとは思えぬ。だが、知ったのだから、止めなければなるまい」
 キリエは鼻で笑って嘲笑した。
「ヴェルバッカに関係がないと言う証拠など出て来ないぞ、どうするつもりだ?」
 カタンと木箱の中から物音がして、ハッとする。キリエも声を潜めて周囲を警戒した。
 だが、音がしたのは木箱の中からである。
 呼吸が聞こえる、複数の木箱の中から。食材の匂いに紛れて。ダミーだろう。
「…………キリエ、箱の蓋を開けてくれ」
「蓋?」
 キリエは俺の指を自らのタイで固定してから傍を離れて木箱を開けた。
「お前が言った通り、ただの食材のようだ」
「その箱じゃない」
 木箱の角にタイを引っ掛けて立ち上がり、傍に寄る。
「こっちの箱だ。中身は見ない方がいい。釘が抜かれている。空き箱だったんだろう、後から詰められたものだ」
 キリエが蓋を開いてから、絶句する。見るなと言ったのに。
「なるほど、人身売買か。奴隷や麻薬の密輸か、確かにその通りらしい」
「……こんな、幼い、子供にまで手を出していたなんて」
 子供だからこそだと思うが、口にはしない。
「助けることは出来ぬ」
「な、何だと?」
「貴様は全員を助けることが出来るのか? もしかしたら相手にとっては幸せなことだったかもしれぬ、幸せになる過程かもしれぬ、こちらが正しいと思う判断が間違っている可能性だってある。だから最後は本人に委ねたまえ。もちろん、ここからは逃がしてやるさ。彼の縄を解いてやれ。意識はないようだな」
「……知ったら助けると言ったくせに。あの言葉は嘘か」
「ひとつ勘違いしているようだが、止めると言ったのだ。助けるとは言っていない。俺は家族以外は助けるつもりはない」
「意外だなんて思わない、当たり前だ、お前はヴェルバッカの娘だ」
 その通りだ。
 俺はヴェルバッカに生まれた、ただの子供。
 助けたいと思っても、助けられるほど甘い世界とは思えぬ。奴隷がいる国で生きてこなかったものでな、彼らをどう扱えば良いか、未だに分からぬ。
「…………せめて、勇気ある優しい者の所へ」
「何だって? 今度は何をする気だヴェルバッカ?」
「どちらにせよ、この状態では何も出来ぬ」
 タイを見せてやれば、眉間に皺を寄せて睨み付けられた。
「誰だ」
 倉庫の外から声がする。キリエが木箱の蓋を閉じた。
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