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周囲に目をやれば、召使い達は絶句しているし、キリエは真っ青だ。セーザに関しては信じられないものを見るように凝視している。
「シル、いい加減にしないと本当に死んじゃうよ」
「確かに、転生とはいえ、シルベリウスは死ぬことになるのか。まあ、それが望みだからな。特に気にする事はないさ」
悪役令嬢に生まれ変われるのだから喜ばしい事だ。
「しかし、刺客か。俺も一度くらい送り込まれてみたいものだ、屋敷の周りは兄の保護下だからな、敵が現れぬ。そうだ、屋敷から出て城下でも歩いてみるか。おお、その手があったな。早速行こう」
「シル!?」
「おお、そんな暇はなかったか。直接出向いてしまおう。ソルディーノ公爵家に」
「え……」
「――ッ!?」
青の髪のメイドが反応する。彼女のこちらを凝視する様を異様と感じたのか、キリエがセーザを己の背に隠した。
「まあ、彼女はここの召使い達に任せるとしよう。……俺は公爵家へ向かう」
「シ、シル、まさかそんな、ソルディーノ公爵が刺客を寄越したって君は言うのか!?」
「直接彼女に聞くといい。俺はヴェルバッカだからな。信用されないのだろう」
キリエがギリッと唇を噛む。セーザからは見えないとはいえ、分りやすい嫌悪だ。
ただ、嘘は付けなくなる魔法だけ掛けておくか。罪を擦り付けられては困る。
「じゃあなセーザ。終わったらすぐ戻る。それから遊ぶとしよう」
「ま、待ってくれシル、一人じゃ危険だ。俺も行く、俺は君の協力者なんだろう?」
「バカを言え。相手の狙いは貴様だ。連れて行く訳にはいかぬ」
「え、俺?」
セーザはポカンとしているが、キリエやその他の召使い達もハッと息を呑んで察した様子だった。
「貴様は魔楽者だ。魔楽者はこの国では重宝されるのだろう」
この問にはキリエが答える。
「その通りです。近頃は人攫いをして国外に売買されるケースも相次いでいるようです」
「ああ。だからソルディーノ公爵は、父上に仕事の話を持ち掛けたのだろう。そう言えば、父上は4日ほど前に仕事で国外に行くと家を出たな。ディオーナ子爵と共に公爵家に招かれたのかもしれぬ。俺の兄は齢12で貿易会社の会長だ。父上を毒殺すれば後は妊娠中で抵抗の難しい母上と、子供である俺と兄しか残らぬ。兄を裏から操って会社を乗っ取る気だろう。恐らく今日、父上と子爵に毒を盛るつもりだ。無事だといいが」
「早く衛兵に伝達を……!」
キリエが言えば、1人の執事が動いた。長身で短髪の男性だ。彫りの深い顔に合った、太くキリッとしたまゆが特徴的だった。
「待て、大事にするな。衛兵が入れば人身売買のことも調べ上げられるだろう。一緒にいる父上と子爵が関与していると思われてしまう。それに証拠もないのに衛兵が手を貸すとは思えぬ」
「ならどうするのですか!?」
「どうするも何も、こっそり侵入して、証拠を得るしかないではないか」
「証拠?」
「毒薬を使用して他殺に使用した証拠だ。彼女が証言してくれるなら、手間はいらぬのだが。恐らく、彼女は話せぬ事情がある」
青髪の刺客――アンはピクリと反応する。
「他人の言葉に動揺するような素人だ。彼女は一般的な召使いの一人だろう。公爵家ともなれば治める領地は多かろう。彼女は家族が人質に取られたのかもしれぬ」
キリエが厳しい目で彼女を見れば、ぽつりぽつりと話し始めた。
「その、通りです……。私の実家は小さな農園です。両親はもちろん、祖父母も暮らしている農園です。幼い妹もおります。小さな農園なので、収めるお金がありませんでした。公爵家に借金をしていたのです。公爵は私を借金返済の為に召使いとして雇ってくださいました。しかし、私以外の召使い達が次々と地方に飛ばされていくのです。私も公爵からディオーナ子爵に紹介され、召使いとして働かせて頂くことになったのです。良くして、頂けて、素敵な方々と働けて幸せに感じておりました。しかし、公爵から手紙があったのです。借金返済が追い付かず、農園を畳み、家族を奴隷として売買すると」
「……酷いわ」
茶髪の召使いが呟いた。
「しかし、魔楽者であるセーザ様を代わりに連れてくれば、家族を助けてくださると。借金も魔楽者を奴隷として売れば返済が可能だと言われて、私はどうすれば良いのか、分からず。分からなくて、そんなことはしたくなかったけれど、家族を守らなけらば、それに私には助けに行く力もない、セーザ様なら、きっとキリエ様やモート様が助けてくださる、衛兵だって動いてくださいます。でも、私の家族は、私しか守れない、私、私は、私はどうすれば良かったんでしょう……っ!! 私はなんてことを、セーザ様は私の淹れるお茶が美味しいと言ってくださったのに、私は……!」
ボロボロと涙を流し、地面に崩れ落ちる。
「罪を感じているのだな。どうすれば良いか、か。答えてやろう」
泣き崩れる彼女の頬に触れて涙を拭えば、相手は答えを求めるように顔を上げた。涙は止められぬようだ。
「キリエやモート。子爵に相談すれば良かったのだ。君は1人で抱え込むことを選択した。しかし、協力を求めれば危険な目に合うのは彼等かもしれぬ。言い出せなかったのだろう。難しい選択だ。君は罪を犯した、しかし君にはまだ救いがある。罪を償いたまえ」
「ど、どうやって、償えばよろしいのですか。どうか、どうか、償わせてください、どんなことでも致しますっ」
「君も協力したまえ。ただ、償ったからとて許されることではない。ディオーナ子爵は君を解雇するだろう」
「はい、はい。当然でございます……っ」
ぽん、と頭を撫でてやればもっともっと泣いてしまった。慰めてやるつもりで撫でたと言うのに、余計に泣かせてしまったか。人間とは難しいものだ。
「シル、いい加減にしないと本当に死んじゃうよ」
「確かに、転生とはいえ、シルベリウスは死ぬことになるのか。まあ、それが望みだからな。特に気にする事はないさ」
悪役令嬢に生まれ変われるのだから喜ばしい事だ。
「しかし、刺客か。俺も一度くらい送り込まれてみたいものだ、屋敷の周りは兄の保護下だからな、敵が現れぬ。そうだ、屋敷から出て城下でも歩いてみるか。おお、その手があったな。早速行こう」
「シル!?」
「おお、そんな暇はなかったか。直接出向いてしまおう。ソルディーノ公爵家に」
「え……」
「――ッ!?」
青の髪のメイドが反応する。彼女のこちらを凝視する様を異様と感じたのか、キリエがセーザを己の背に隠した。
「まあ、彼女はここの召使い達に任せるとしよう。……俺は公爵家へ向かう」
「シ、シル、まさかそんな、ソルディーノ公爵が刺客を寄越したって君は言うのか!?」
「直接彼女に聞くといい。俺はヴェルバッカだからな。信用されないのだろう」
キリエがギリッと唇を噛む。セーザからは見えないとはいえ、分りやすい嫌悪だ。
ただ、嘘は付けなくなる魔法だけ掛けておくか。罪を擦り付けられては困る。
「じゃあなセーザ。終わったらすぐ戻る。それから遊ぶとしよう」
「ま、待ってくれシル、一人じゃ危険だ。俺も行く、俺は君の協力者なんだろう?」
「バカを言え。相手の狙いは貴様だ。連れて行く訳にはいかぬ」
「え、俺?」
セーザはポカンとしているが、キリエやその他の召使い達もハッと息を呑んで察した様子だった。
「貴様は魔楽者だ。魔楽者はこの国では重宝されるのだろう」
この問にはキリエが答える。
「その通りです。近頃は人攫いをして国外に売買されるケースも相次いでいるようです」
「ああ。だからソルディーノ公爵は、父上に仕事の話を持ち掛けたのだろう。そう言えば、父上は4日ほど前に仕事で国外に行くと家を出たな。ディオーナ子爵と共に公爵家に招かれたのかもしれぬ。俺の兄は齢12で貿易会社の会長だ。父上を毒殺すれば後は妊娠中で抵抗の難しい母上と、子供である俺と兄しか残らぬ。兄を裏から操って会社を乗っ取る気だろう。恐らく今日、父上と子爵に毒を盛るつもりだ。無事だといいが」
「早く衛兵に伝達を……!」
キリエが言えば、1人の執事が動いた。長身で短髪の男性だ。彫りの深い顔に合った、太くキリッとしたまゆが特徴的だった。
「待て、大事にするな。衛兵が入れば人身売買のことも調べ上げられるだろう。一緒にいる父上と子爵が関与していると思われてしまう。それに証拠もないのに衛兵が手を貸すとは思えぬ」
「ならどうするのですか!?」
「どうするも何も、こっそり侵入して、証拠を得るしかないではないか」
「証拠?」
「毒薬を使用して他殺に使用した証拠だ。彼女が証言してくれるなら、手間はいらぬのだが。恐らく、彼女は話せぬ事情がある」
青髪の刺客――アンはピクリと反応する。
「他人の言葉に動揺するような素人だ。彼女は一般的な召使いの一人だろう。公爵家ともなれば治める領地は多かろう。彼女は家族が人質に取られたのかもしれぬ」
キリエが厳しい目で彼女を見れば、ぽつりぽつりと話し始めた。
「その、通りです……。私の実家は小さな農園です。両親はもちろん、祖父母も暮らしている農園です。幼い妹もおります。小さな農園なので、収めるお金がありませんでした。公爵家に借金をしていたのです。公爵は私を借金返済の為に召使いとして雇ってくださいました。しかし、私以外の召使い達が次々と地方に飛ばされていくのです。私も公爵からディオーナ子爵に紹介され、召使いとして働かせて頂くことになったのです。良くして、頂けて、素敵な方々と働けて幸せに感じておりました。しかし、公爵から手紙があったのです。借金返済が追い付かず、農園を畳み、家族を奴隷として売買すると」
「……酷いわ」
茶髪の召使いが呟いた。
「しかし、魔楽者であるセーザ様を代わりに連れてくれば、家族を助けてくださると。借金も魔楽者を奴隷として売れば返済が可能だと言われて、私はどうすれば良いのか、分からず。分からなくて、そんなことはしたくなかったけれど、家族を守らなけらば、それに私には助けに行く力もない、セーザ様なら、きっとキリエ様やモート様が助けてくださる、衛兵だって動いてくださいます。でも、私の家族は、私しか守れない、私、私は、私はどうすれば良かったんでしょう……っ!! 私はなんてことを、セーザ様は私の淹れるお茶が美味しいと言ってくださったのに、私は……!」
ボロボロと涙を流し、地面に崩れ落ちる。
「罪を感じているのだな。どうすれば良いか、か。答えてやろう」
泣き崩れる彼女の頬に触れて涙を拭えば、相手は答えを求めるように顔を上げた。涙は止められぬようだ。
「キリエやモート。子爵に相談すれば良かったのだ。君は1人で抱え込むことを選択した。しかし、協力を求めれば危険な目に合うのは彼等かもしれぬ。言い出せなかったのだろう。難しい選択だ。君は罪を犯した、しかし君にはまだ救いがある。罪を償いたまえ」
「ど、どうやって、償えばよろしいのですか。どうか、どうか、償わせてください、どんなことでも致しますっ」
「君も協力したまえ。ただ、償ったからとて許されることではない。ディオーナ子爵は君を解雇するだろう」
「はい、はい。当然でございます……っ」
ぽん、と頭を撫でてやればもっともっと泣いてしまった。慰めてやるつもりで撫でたと言うのに、余計に泣かせてしまったか。人間とは難しいものだ。
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