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「オ〇腹減った〇」
「何です急に」
 何故シラケた目を向けるのだ、渾身のモノマネだぞ。
 メイド達のいるキッチンへ転移する時早速アレを試してみたのだが、なかなかに楽しかった。
「伏せる処間違えてませんか?」
「バカを言え、一人称と最後の一文字がなければ特定不可能だ。――そうだ、別の要件があってきたのだ。菓子が欲しい、セーザにあげる」
「ご用意してありますよ」
 シャララン、と他のメイド達が運んで来たそれは。
「デカ過ぎやしないか」
 まるでウエディングケーキだな。
 メドゥーサとローがグイグイと背を押してその場から俺を退散させる。
「ドレスもご準備してあります、さあさあこっちに。目いっぱいおめかししましょう! 我々は全員応援していますから!」
「おお、その通りだ。セーザに会うからおめかししたくてな」
「通常の倍は可愛く仕上げますから!」
 妙に張り切っているな。活き活きしている、やはりセーザがお気に入りのようだ。
 兄が俺の女装用に用意した部屋へ押し込められ、ドレッサーの前に座らされる。お店ばりのドレスの量である。
 鏡越しにローとメドゥーサの目がキラキラしている。メドゥーサ、まさか力を発揮しているのではあるまいな。ぎゅっと目を瞑れば、白粉を付けたふわふわで顔をぽんぽんされる。
「目を開けてくださいな」
「はいよー」
「口紅どれにしまス?」
 ピンクと赤の口紅をローが見せてくる。それにはメドゥーサが答えた。
「右の」
「アイシャドウはどちらにしまス?」
「左の」
 因みにこの化粧品、兄が用意したものである。
あいつは俺の前世から1式真似て作ったらしい。暇人か。メイド達も最初は戸惑っていたが、ヴェルバッカ家から一切持ち出さないことを守る約束でメイド達の為のメイク室が用意され、彼女達も愛用している。だから美人が多いのか、羨ましい上この上ない。
 もともとの素材がいいとも言える。
 いいな、前世の俺は詐欺ってたからな。美人ってズルいよな、得するよな。悪役令嬢になったら前世で磨いた詐欺メイクで顔作ろうと思ってたのに。あ、でも盛れるアプリないかー。まずスマホねえ。あ、スマホ欲しいな。悪魔作ってくんないかな。
 にしても、あの悪魔め。ちゃんと女性思いではないか、やはりツンデレか?
 うちのメイド達は兄の選りすぐり精鋭隊と言っても過言ではない。誰一人として悪さをする者がいないのだ。普段は自由でわんぱくだが、忠誠心はバカ高い。信用できる者しか雇わせないのだ。あいつは心も読めるし、この世界の住人ならどんな過去を送ってきたか、これからどう動くかさえ把握してしまう。そんな兄の難問の面接を突破したメイド達だ。これ程有能な存在はいない。
 あいつがいると本当にチートだな。
「出来ましたよ! どうです坊っちゃま。坊っちゃまは男の子ですけど、女の子みたいに可愛くなれるんですよ! セーザ様なら気になさらないと思いますけど、頑張ってきてくださいね!」
「ああ、そうだな。セーザなら気にしないか」
 もう男と伝えているし、女装も仕来りだと知っている。
 おお、盛れてる盛れてる。前世の詐欺メイクが劣るわ。……男に負ける前世の俺って、可哀想なJKだったんだな。哀れな奴だ。きっと生きていてもパッとしない人生を送っていたに違いない。だが今世は違うぞ! 何故なら! 悪役令嬢として生きていけるのだからな!
 しかし、本当に可愛くなるな、メイク楽しい。前世のJKの記憶が蘇る。
 おお、メイド達にメイクされるとか芸能人気分が味わえるではないか。
「ああ、それ以上は触らなくて良くてよ。私濃いメイクは嫌いなの」
「もうとっくに終わりましたけど?」
 何故君はしらけた目を向けるのだ。ハッ、そうか、そうしないと眼力で魔力が発生し、相手を石に変えてしまうのだな。致し方ない。
「さあ、今日はどんな髪型にしましょうか」
 メドゥーサは髪を触る時が1番楽しいらしい。自らの髪が蛇であるからな。
 今は人の姿に変身しているが、あのウェーブの髪、それはまるで蛇。やはり偽りの姿か。大丈夫、どんな姿の君でもきっと美しい。
「何ですその目は。また変なことを考えているんでしょう」
 照れるな照れるな。
 鏡の向こう、櫛で髪を梳いていたメドゥーサの横に、ひょい、とローが姿を現した。いつの間に姿を消していた?
「シレイス様、私、こんなこともあろうかと、リボンと花を持って参りましタ」
「どこから出したのかしら。坊っちゃまに似てきたわね」
「本当でスか? リボンで自らの首を絞めてみまシょうか?」
「やめなさい、問題児が増えるのは困ります」
 生花や白のリボンを髪に結っているらしい。俺は黒髪だが、髪をいじるとインナーカラーが現れる。青みと紫の髪が見える。これは悪魔の趣味なんだろうか。あいつの仕業なら前髪に何かされたあの時に違いない。
「お花には時を止める魔法を掛けて貰えます?」
「おお、任せろ」
 どうやらこれが仕上げらしいな。
「……髪にもかけて貰えます?」
「何故だ?」
「いや、台無しになる予感がして」
「何を言う。ここまで完璧なら問題なかろう」
「そ、そうですか?」
 髪にはワックスが付けてあるからな、ヴェルバッカ家の珍宝、これを使えばガッチゴチにセットされて崩れる心配はなし! ただ強く打ち付けると割れてしまうかもしれないぞ! 商品名は『eyes;SEKICA』、メイドインメドゥーサである!
「情熱の赤、清純の白、どちらにします?」
 ローがドレスを選んできて、鏡にチャッと映し入り込んでくる。
「断然白。坊っちゃまは清らかな身体ですから」
「情熱も捨て難いですけど、リボンも白ですし、いいかもですね」
「坊っちゃまは肌が白いですから、もっといいです。頬紅もうちょっと付けますか」
 メドゥーサが毛先のフワッと広がったブラシでチークを塗り足す。悪くない気分だ。
「それ以上は触らないでくださる? 私、今のメイクが気に入っているの」
「何なんですさっきから」
「気にするな。ただの余興だ。うぬぅ、しかし、見れば見るほど、ウエディングドレスだな」
 芸能人ごっこは楽しいが、これではまるでお嫁さんごっこだ。
 ローがポッと頬を染めて言った。
「最近の流行りらしいでスから、白いドレス。白で正解でシたね」
「そうなのか?」
 メドゥーサがキラキラのお目目で答える。
「はい、ウエディングドレスとして大人気ですから! きっと坊っちゃまの姿を見て、セーザ様も婚約を申し込みたくなる筈♡」
 申し込まれても困るけどな。
 着付けも終えて、靴も履き替える。
 ぴょんっと1度跳ねてくるくる回ってみれば、メイド達のお目目がキラキラした。この反応なら変なところはなさそう、大丈夫そうだな。
「では、そろそろ出掛けよう。そうだ、書物でも持っていってやろうではないか」
「書物?」
「勉強の書物だ。まあ俺が書きたしたモノだが」
 ノート代わりに教材に書き込んだものだ。何これ間違ってんじゃん、と言うところも訂正してある。
 部屋に戻ってから見せてやれば、二人とも首を傾げてしまった。
「全くわかりません」
 何故分からぬ。まあ俺も理解するまで時間は要したが。
「君達は勉強した方がいい」
「どうして真面目にお勉強していない坊っちゃまがこれを理解出来るのですか。それに坊っちゃまは7つ」
「真面目に勉強しているだろう」
「しかし、本の角で頭を打つけようとしたり、ペンを眉間や心臓に突き刺そうとしたりするばかりではないですか。目にも刺そうとするし」
「目を貫通して脳まで到達すれば転生出来るのだ。勉強になるだろう。覚えておきたまえ、ここ、テストに出るよ」
「そんなの勉強したくもありません。他にもワザと書庫で雪崩を起こすわ、坊っちゃまの魔法がなかったら誰が片付けると思ってるんです?」
「あの悪魔」
「その通りです」
「反論してくだサい、シレイス様」
 確かに、俺達の魔法が無くては出来ないことが山ほどあるな。しかし、多分あの悪魔、チートだから使用人達の力も向上させている筈。
「あら、そろそろ時間ではないですか?」
「ケーキは後から持っていきまスか? 最初はどこに転移するか分からないでスし」
「ああ。向こうに着いてから転移させるとしよう」
「「坊っちゃま、ファイト!」」
 カーンとゴングの音が聞こえた気がする。
「よし来いメドゥーサ!」
「何ですか突然?」
 おふざけはいいから早く行ってください! と背を押されてしまう。オイ、一体どこへ連れていくって言うんだ。俺が転移魔法を使わないとセーザの処には行けないと言うのに。
「じゃあな」
 額に指をやろうとすると、「やめてください」としらけた目を向けられた。楽しいのに。
「ほら坊っちゃま目を瞑って。転移した場所がセーザ様の目の前だったらどうするんです、10秒以上目を瞑っておけば既成事実が作れますから!」
「既成事実?」
「キスですよ! キス! 手の甲じゃなくて今度は唇にして貰うんです!」
「もうしたけど」
「寝込みを襲った件ならキリバイエ様から誤解だと聞かされましたけど?」
 あの悪魔いつの間に。
「いや、その後、3回――」
「「いつ!?」」
 い、いつって。
 何でこんなに食い気味で来るんだ。セーザはそこまでお気に入りか、嫉妬しているのか?
 やれやれ、面倒なことになってしまった。退散しよう。
 パチンと指を鳴らして魔法を発動させれば、目の前のメドゥーサとローが「「ああああ!」」と言う残念そうな顔をしてから消えた。
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