悪役令嬢や主人公に転生できなかったのでもっかい転生しようと思います。

隍沸喰(隍沸かゆ)

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「に、庭案内するよ」
 振り返らせたら大変なことになる。
「こっち」
「も、もう繋がなくてもいいんじゃないか」
「は? 屋敷は広いんだぞ、迷子になられたら困る」
「そ、そっか。その、せめて手で繋がないか? い、嫌ならこれでも構わないけどさ!」
 何を動揺しているんだ此奴は。
 腕を離し、冷たい手を取る。闇の魔法が影響しているんだろうか。氷のように冷たい手だ。
 冷たい手が、恐る恐る握り返してくる。
「あ、暖かいね、シルの手」
「そりゃ、こんだけ冷え冷えの手なら暖かく感じるだろう」
「そ、そうなのかな……」
 ん? そう言えば初めてセーザにシルと呼ばれたな。なかなか悪くない。
「行くぞ」
「うん。あ、でも召使いさん達――……んなッ!?」
「振り返ってはダメだ!」
「べぶっ」
 飛び付いて押し倒したが、意味はなかったようだ。目を零れんばかりに開いていらっしゃる。
「ん? 何だ、何か股間に当たって」
 もぎゅっと言う音がして、股間の彼奴の周りを何かがちょろちょろと蠢く。
「お、おま、おま、おま」
「ん?」
 セーザが真っ青だ。冷え過ぎたんじゃないのか? 大丈夫か?
「男おおおおおおおおおおおおッ!?」
「おお、バレてしまったか。これは仕来りなんだ、あまり広めないでくれたまえ」
 股間を触られてしまったようだな。
「おお、じゃない! お、男だったなんて、かわ、かわいいなって思ってたのに。ひ、酷いあんまりだ騙していたのか!」
「あの悪魔と同じことを言うんだな、騙していた訳ではない、12歳になるまではずっとこの姿でいなければならない。仕来りなのだ」
「そ、そんなの、そんなのって……せっかく、せっかく」
「折角? 何だ?」
「う、うるさいドアホ! 変態女――いや男! 俺に近付くな!」
「変態は俺の兄だ、彼奴に文句を言いたまえ」
「そんなぁぁ、はじめて、はじめてだったのに」
「男の股間を触ったことがそんなに嫌か? まあ確かに嫌だな、仕方ない、俺も経験してやろう」
 相手のそれに触ろうとすれば、「ややややめろ変態男! 近寄るな触るな!」と後ずさる。
 急にどうしたんだ。
 そ、そうか。兄や両親や召使い達は、仕来りで女装する俺を見ても可笑しいとは思わない。セーザは今、俺の事を気持ち悪いと、思っているのか。
「……すまないセーザ。騙すつもりは……」
「う、うるさい! 騙したことには変わりない……!」
 その通りだ。
 友人なら男だと言ったって良かった筈だ。
「すまない。セーザ。許してくれ……」
「近寄るなってばッ……」
「セーザ」
 折角友人ができたと思ったのに。早速嫌われてしまったか。
 ……せっかく?
 そうか、セーザもこれを思ったんだ。孤独だったのだから、俺が人間で初めての友人だったのかもしれない、俺は傷付けてしまったのだ。
「セーザ、待ってくれ」
 逃げようとするセーザを引き止めようと手を握るけれど、弾かれてしまった。
「……や、やだ。セーザ」
「来るなってば!」
「嫌わないでくれ……」
「――気持ち悪いんだよこの変態男……!」
 感情が決壊した。
 ここまでの感情の動揺を、感じたことは無い。
「…………気持ち、悪い……セーザは、俺が、俺の事が」
 怖い。
 セーザからドレスの裾を引き摺りながら離れる。
「シル……?」
 相手の顔が見えなかった。
「シ、シル」
「き、嫌わないでセーザ、お願い……嫌いにならないで」
 目頭が熱くなり、ボロボロと頬を涙が濡らした。
 苦しい。拒絶されることの苦しさはこんなにも辛いものだったのか。
 仕来りとはいえ、女の格好をしている自分は気持ち悪い。
 男の癖に、悪役令嬢に憧れている自分はもっと、気持ち悪いのかもしれない。
 いや、そもそも、ただの女子高生だった自分が、悪役令嬢になりたいなんて、強くて美しい令嬢になりたいだなんて、バカな話だったのかもしれない。
 この世界に来てからの不安が一気に押し寄せる。何より今一番怖いのは、セーザに嫌われること。
「ぬ、脱ぐ。脱ぐから、こんな格好もうしないから嫌いにならないで、気持ち悪いなんて言わないでくれ」
「シ、シル落ち着いて。ごめん。ごめんねシル。すまない、俺が悪かった。動揺していたんだ、嫌いになんかなってない。気持ち悪いとも、思ってないから」
 脱ごうとしてから逃げようするのを、ぎゅっと抱き締められて引き留められる。
「嘘だ、さっき気持ち悪いって言っただろう」
「シ、シルは男でも可愛いよ!」
「……へ?」
 そんなこと、誰も聞いてないけど。
 そう思って顔を上げれば、相手の長いまつ毛が間近に迫る。
 唇の上に、むに、とした感触が触れる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 ……何?
 何だ? 何が起きている?
 セーザの顔が離れて感触は消えた。
「き、気持ち悪くなんかないよ。嫌いになんか、なってない」
「セーザ、今、何した?」
「何って……?」
 今、確かに。唇に。
 目の前の顔が真っ赤っかに染まり上がる。ぱくぱくと口を開閉してから、ぎゅうっと俺を抱き締めた。
「ごごごごごごごめ、ごめん! お、俺、なんて事! 責任は取るから!」
「せ、責任?」
「あ、でもシルは男の子。で、でも、その。俺、分かんない、どうしたらいいのか分かんないっ」
 く、苦しい。
 何だこの爆音、セーザの心音か?
「す、好き。好きだよシル」
「う、うん。俺もセーザのこと好き」
「シル……」
 あの悪魔みたいなこと言うんだな。
 身体を離して、顔を近付けてくる。
「嫌いになんてならないから泣き止んでくれ」
「う、うん。もう大丈夫だ」
 頬に冷たい指先が擦れて涙を拭ってくれる。額が触れて、鼻先が触れる。
「シル、好き」
「あ、あの」
 もう一度、唇にあの感触が乗る。こ、これって。や、やっぱり、き、キス!?
「セ、セーザ!?」
「シル」
「ちょっ!?」
 再びちう、と吸いつかれて、パニック寸前だ。子供の戯れとはいえ、悪魔に知られたら大変なことになるぞ!
「セ、セーザ、キスは友達同士でするものじゃないぞ!」
「え、友、だち」
「そうだよ。男同士なんだから、好き同士でも男じゃ結婚は出来ないし。何より、この好きは友達の好きだろ?」
「そ、そう、だね。あはは、ははは。男の子なんだった。あはは。シルは、男の子……俺は、どうしたら」
 にしてもファーストキスが男とは。流石は悪役令嬢の魂だな。攻略キャラを惹き付けてきまうのか。
「セーザ。どうする? 遊ぶか?」
「ど、どうしようか」
 両方涙でくしゃくしゃである。遊ぶ気分にはなれない。
「うぬぅ、よし、もっかいキスしとくか?」
「何でだよ!?」
 冗談だったのに鋭い反応である。
 しかも、唇ではないとはいえ頬にはキスされてしまった。
「あのさ、セーザ。まさか、好きってそっちの方の」
 そうだったなら凄く申し訳ないことをした。悪役令嬢の魂に惹かれてしまったなら説明がつく。
「……あ、遊ぼうシル。沢山。本当は勉強しに来たんだけどな」
 はぐらかされてしまったな。
「う、うん。よ、よし、じゃあ飛び降りようではないか!」
「何でだ!?」
「来たまえ! スッキリするぞ!」
「死ぬってことだろ!?」
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