リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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「会いたかった……ずっとお前ばかり探してた」
 優しく抱き締められる。擦りよってくる頬が愛しくて、その頬にキスをすると、恥ずかしそうに顔を俯けて耳まで赤く染めた。そんなルイスを抱き締めたまま、片手で自分のズボンのポケットを漁る。
「これ、お前に」
「……?」
 ルイスは少しだけ身体を離し、茄遊矢の腰に手を置いたまま小首を傾げる。
「誕生日プレゼント」
「ええ!?」
「な、何だよ……」
「だって……その箱……」
「箱……?」
 茄遊矢が手に持っていたのは掌サイズ・奥行き15cmの縦長の箱だ。ルイスの瞳に合わせたアイル・トーン・ブルーの彩度の強い丈夫な入れ物だった。この国ではかなりの代物だ。もちろん壁の中は別として。でも、そんな事を気にしている訳ではないらしい。
「いつも誕生日になると届けられてるんだ。俺ん家のポストに……」
 ──しまった……!
 そう思った頃には遅かった。ルイスは訝しげにこちらを見つめてきて、問いただすように茄遊矢の肩を掴む。
 毎年、ルイスの誕生日にはプレゼントを送っている。送ると言っても金が掛かるので、朝早くか真夜中か、ルイスの寝ているだろう時間に自分の足で届けていた。箱の色もいつも同じだ。今回もそうだった。まさか、これだけの事でバレてしまうとは……。もっと慎重に考慮するべきだった。
「こ、これは……その……」
 言葉を詰まらせていると、強く掴まれていた肩から圧迫感が消え、ふわりと良い匂いがして再び抱き締められ、やんわりと後頭部を撫でられる。
「ありがとう……」
 茄遊矢は何も聞かないでくれているルイスの背に手を回す。
「ルイス……会いたかった」
「俺もだよ……」
 互いの首根に顔を埋めた。声を震わせながら問う。
「もしかして、知ってたのか?」
「?、何を?」
「──……何でもないよ」
 それから二人でデパートへ向かったり、商店街をただ歩いてみたり、学校で思い出話をしたりして、久しぶりの外を満喫していた。ルイスとずっと手を繋いだままで、人目が多かろうと手汗をかこうと互いに離す事はなかった。
「ルイス……」
「ん?」
「何でもない。呼んでみただけだ」
「何だそれ。変なの」
 ルイスは口を手の甲で覆って、控えめにくすくすと笑う。そんな様子も愛しくて、じっと見つめていたら、ばっちりと目が合った。自分がどんな顔をしていたのか想像も付かないが、彼は驚いたようにこちらを凝視していた。
「……何?」
「茄遊矢って……俺の事好き?」
「いや、大好き」
「だ……!?」
「何で?」
 わたわたと慌てる手を握り締めて、綺麗な瞳に熱視線を注ぐ。自分の頬が火照っているのが分かった。ドキドキと心臓が脈打ち、熱い血液を身体中に送っている。心地良い。ルイスは赤く染めた頬をもう片方の手で押さえてこちらを向いた。
「何か、周りの人を見る目と違う気がするんだ。俺だけ、特別な視線を感じると言うか……。自分で言うのも何だけど……時々、俺の事、母親よりも愛おしそうに見てくるって言うか……」
 驚いた。そんなに自分は顔に出していたと言うのか。それとも、彼が特別に感じ取ってしまっていたのだろうか。バレてしまっているのなら、隠す必要もないだろう。見つめてくるルイスの眸子に視線を合わせて、しっかりと言葉を紡いだ。
「実際、その通りだ。俺にとってお前は特別な存在だし、誰よりも愛しい。お前を他の誰よりも必要としてるし、愛している」
「ふぁっ!?」
 顔を真っ赤にして茄遊矢を摩訶不思議と言った様子で正視する。胸が熱い。頬も火傷しそうな位発熱している。今頃になって羞恥を感じているらしい。
「……お前が好きだ、ルイス」
「あ……えっと。俺も……」
「え?」
 今、何と?
「……俺の事を特別扱いする茄遊矢は俺の事好きなんだって思ってた。少しずつ、好きになったんだ。長年片思いしてたから、執着してるのかと思ってたけど、そうかもな」
「ルイス……」
「好きだよ。茄遊矢の事……」
「そうか……。安心した」
 安堵して笑みを溢せば、そっと背に手を回され、抱き締められる。唇にしっとりとした感触が触れた。
「──……!?」
 ちゅ……と甘い音が鼓膜を震わせて、唇から柔らかい感触が離れる。目前に存在したルイスの伏せられた長い睫毛が、ゆっくりと開いて茄遊矢を写した。
「──ルイ────……!!」
「一緒に暮らさないか……」
「……ッ!?」
 ──ちょっと待て、こいつは何を言っているんだ!?
「ル、ルイス、俺の好きは……その、恋愛的なものではなくて、友情でもないと思うが、そ、そう言う意味では……!」
「俺もたぶん友情ではないと思う……。でも、でも俺は……お前の事が好きだ。もう、何処にも行って欲しくない。傍にいて欲しい……。ずっと、傍にいて欲しい……っ」
 再会した時と同じ──いや、それ以上か、強く強く抱き締められる。ルイスの歌声のように透き通った声が直接耳に響いてくる。そんな彼の次第に掠れていく声音に、自分の視界が涙で滲んでいった。一瞬でも気を抜けば溢れ出てしまいそうだ。
「茄遊矢、俺と一緒にいてくれ」
「……ごめん。俺、帰らないといけないんだ」
 ルイスはそれを聞いても、離そうとしない。抱き締める強さが増し、痛いくらいだった。
「茄遊矢……俺、お前がいないとダメなんだ。寂しくて死んじゃいそうだ」
「ルイス、俺もだよ。お前がいないと、怖い。怖かったんだ。でも、大事な人が出来た。家族が出来たんだ。お前にもいるだろ、大事な家族が……。俺にはお前が家族だった。たった一人の、大事な家族だったんだ。これからもずっと傍にいたい。でも、俺は……あそこに戻らないと……」
「何処にだよ……。また置いていくのか」
 強い口調たった。引き留めるような、問い質すような、脅すような声だった。
「会いに来るよ。必ず」
「ふざけんな。隣にいろよ」
 互いの表情は見えないが、自然と、ルイスの拗ねた顔が脳裏に浮かぶ。
「ルイス、餓鬼臭い事言ってんじゃねえよ。お前何歳になったんだ。もう俺達は大人なんだ。離れ離れになるのは当たり前だろ。ずっと一緒なんて無理なんだよ」
「……お前の居場所は俺だろ」
 ──息が止まりそうになった。心臓は、止まったかと思った。何故、こいつはそれを知っているのかと。俺にとってお前が、どれ程大事な存在か、お前が、俺にとっての帰る場所である事を、何故、知っているのか。
 気付けば、涙が頬に伝っていた。拭う事も忘れて、彼の胸に擦り寄る。
「ルイス、許してくれ。帰らないと、帰らないと、皆死んでしまう……。あの人は俺が帰らないと、町の皆を殺してしまう。もちろん他の奴等はどうでも良いさ。お前さえ無事ならそれで良い。けど、俺達にはこの町しか居場所がないんだ。βασιλιάςバシリアスは他の国では受け入れて貰えない。お前に会えなくなるのは嫌だ」
「バシリアス……? 何だ、それ。どう言う意味だ」
「……言えない。お前を危険な目に遭わせるのは嫌だ」
「待て。待ってくれ。俺の為だと言うなら、傍にいてくれ」
「俺を困らせるな、ルイス」
「茄遊矢、頼む」
「無理だ。そう言う約束なんだ。今日、会えたのは奇跡みたいなモノなんだ。お前に会う為に説得し続けた時間は一年だぞ。一年に一度、お前の誕生日だけは会う事を許して貰えた。でもその約束を守れなかったら、この町ごとお前を焼き尽くすと言われている」
 耳朶にルイスの吐息と、震えた声が触れる。
「何で……待て。待てよ、そんな事が出来るのはあの壁くらいだろ。まさか、そんな……バシリアスって言うのは、緑龍子の本当の名か!? あの壁の中で暮らしていたのか、今まで。だから見つからなかったのか……!?」
「ダメだ、言えない。許してくれ、ルイス……」
 ──もう答えを言っているようなモノだった。ルイスは真っ青になって絶望的な顔色を浮かべている。茄遊矢の肩を掴みながら、震え出し、抱き締めた。
「行かないでくれよ……」
「ごめん。ごめんな」
 ルイスの掠れた声が脳ミソにまで染み渡る。頭はじんじんと痛んで、目の奥は熱くなる。ルイスの背に手を回しながら、まるで我が子をあやすように優しくさすった。
「茄遊矢……茄遊矢」
「ルイス。愛してるよ。誰よりも、お前を一番。愛してる」
 茄遊矢はルイスと夕方まで一緒にいたが、町が焼き尽くされることはなかった。
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