リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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カナキリ

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 2時間目、もう終わったのか……。
 天地が寝ぼけながら時計を見ていると、肩に手を置かれた。
 見ると、閻夏が目を細めて、ピンクの唇の端を少し上げるだけの、綺麗な笑顔をこちらに向けていた。
「教育実習生の方たちが来ますね」
「そうですね」
「また寝るつもりですか?」
 それは多分、今までずっと寝ていた天地を見ての問いだろう。その間中ずっと頭の上に雀がいたことをこの教室中の生徒が知っている。
「──しょうもない話だったらそうします」
「誰もしょうもない話なんてしませんよ、何てこと言うんですか」
 しっかり者なのだろう、閻夏はちょっと怒っているらしかった。
「今までしょうもなかったから寝てたんですけど……」
 閻夏は眉を下げて、透き通った綺麗な瞳で、天地のことを見つめた。
「私、天地君の起きている授業なんて見たことありません」
「閻夏さんに限らず他の皆も見たことないと思います」
「そんなこと、自信を持って言わないでください……」
 閻夏は呆れたようにため息をついた。
 しっかり者ではあるのだが。この3日間、そんな閻夏も遅刻と早帰りを繰り返していた。毎日休み時間が来る度に紙の資料に目を通していたが、さすがに疲れたのか、今回は天地のところに気分転換に来たようだ。
「あの……子林さんとはあれからどうですか? 連絡とか……」
「何もないですよ」
 そう答えると、閻夏はちょっと遠慮するように天地から目を逸らして尋ねた。
「えっと、聞いていいんですかね、あの、天地君は──」
 閻夏は声を潜めて、天地に顔を近づける。
「──子林さんがその、す、好き、なんですか?」
「………………さぁ……」
 天地は子林をそんな風に考えたことはなかったけれど、いざどうだろうと考えてみると、子林のことは大切だし、今だって心配だし、一緒にいて楽しいし、たまに可愛いと思う時だってある。けれど、好き、かどうかと聞かれて、どうだろう、と考えるくらいには、関わってきていないのだ。
「さぁ、って、教えてくれてもいいじゃないですか。あの時必死で追い掛けていった姿、かっこよかったのに」
 周囲の生徒の目が一瞬こちらに向いた気がしたが、気のせいか、と天地は思い直した。
「…………まぁ、目の前で急に泣かれたら放って置けないですよ」
「そうですね、ズカズカとすみません」
「何ですかズカズカって……」
「ふふ、いいじゃないですかそんなこと」
 閻夏は楽しそうに笑ってから、ふと教室の時計を見る。「あ」と言って、自分の席へ帰って行った。
 天地と目が合えば、手を振ってくる、振り返せば、隣の席の女子から視線を感じる。
 天地はそっと手を下ろして、いつも通り、窓の外を眺め始めた。それから決まってうとうとし始める。
 天地が眠りに付く寸前で、教室の扉が開き、担任が顔を出した。
 教室の中にまでは入って来ないみたいだ。次の授業は担任の持ち科目だから、入って来ても問題はないだろうに。
「皆ごめんね、ちょっと先生が授業に出られないから、各自で自習しててね。教育実習生の先生も来てくれたから。それから帰りのホームルームも来られないので、実習生の先生が来てくれるから」
 たぶん、急なことだったから代わりの先生がいなかったんだろう。でも、いくら何でも今日来たばかりの実習生には荷が重いんじゃないか? と天地は考えた。
 担任は「ごめん、もう行かないと、偉い子でいるんだよ」と教室から顔を引っ込めた。
 その後ろに実習生も来ていたのか、担任の「よろしくお願いします」と言う声が聞こえた。とたん、女子が最後のあがきと言わんばかりに身だしなみを整えだした。あれ、男子も?
 実習生たちが、「失礼します」と二人、声をぴったり合わせて、入室する。
 女子は恍惚とした表情で、男子はヒュッと息を呑む。
 一人は非常に端正な顔立ちをしている。天地もついついほぅっと息をついてしまった。もう一人も多少整った顔をしているが、その隣が眩しすぎて、少し筋肉ついてるかな、くらいの印象だ。
 閻夏もほんのり頬を赤く染めて、ぽーっとしている。そんな皆の反応を見て、天地はこの場にいない子林はどうだろうと考える。
 ……弱そうだな。



        ◇◇◇



 ────まさか担任が退場するとは思わなかったな。しかもホームルームも任されるなんて。
 ────好都合だ。しかし、問題の被害者の妹は休みらしいな。
 ────え、そんなのいつ聞いたんだよ。
 ────出席名簿に書いてある。
 ────あ、そっか。抜け目ねえな。
 ────そんなことより、先に自己紹介してくれ。その間少し探してみる。
 ────おっけ。
「えー、俺はその、体育ぅ……系と……保健……の、先生が……目標で、す。名前は、幡多です」
 ────お前保健できたか?
 ────性的なものなら得意科目だ。
 ────皮ごときに……。
 ────ぶっ殺すぞゴラッ!!
「幡多せんせ~い、苗字ですか? 名前ですか?」
「ん? ああ、名前です。苗字は忘れました」
「嘘だ~!」
「ほんとほんと」
 ────マジでほんとなんだけど。
 ────分かっているから。いちいち絡むな。
「他に質問とかないか~?」
「幡多先生はスポーツとか、何が好きですかっ?」
「んん、バスケかバレーかな、走るのもいいね」
 ────おっぱい揺れるし。
 ────皮とその中身の女の子が揺れてるのがそんなに好きなのか? 可哀想じゃないか、痛くしたら泣いちゃうんだぞ……?
 ────やめろよ!? だからその中身は何なんだ!? どこで掴まされた情報だ!!
「他にはもうないか?」
 ────どうだ? それらしいのはいるか?
「ないでぇす」
「ないってw」
「はっきり言うなよw」
 ────さすがに金髪はいないな。あの被害者ヤンキーだったのか? 不登校とか授業サボりのせんで探した方がいいかもな。カナキリの反応もない。美声かも分からない、声を出させないと装置も反応しないからカナキリか判別できない。
 ────じゃあそろそろ自己紹介しろよ、一応俺も見てみる。
「俺はラーメン食べたいです。名前はいなせいらです」
 ────誰だそれぇぇえ!? ラーメン食べたいってなんだよ、何しに来たってんだよ!
 ────本名は名乗れない。
 ────あ、ああ、そういえば、一応裏では有名人だったなお前。
「稲せんせぇ~! 彼女いますかぁ~?」
「不必要です」
「ゴミみたいに言うなよッ!?」
「あはっ! 幡多先生ツッコミはやぁい!」
 ────なあ聖唖~
 ――――絡むな。
 ――――そうじゃなくて、ずっと外見てる奴いるぞ。
 ────ん? ああ、あの端っこの……。一応注意しておくぞ。あの子は、他の生徒と違う気がする。私達だけじゃない、外を見てはいるが、外の景色に関心を持っているようには見えない。何にも関心を持てない……相当病んでるか、前科もちだ。そう言う奴は極力人と関わらないようにするからな。
 ────俺らの話に単に興味がないとか。
 ────否定できないな。
「ずばりっ! 稲先生の好きなタイプはッ?」
「包容力のある人だな」
「お、初めて聞く情報だな」
「先生はラーメンが好きなんですか?」
「カップラーメンも好きだが……美味しい店があって、週一は食べたくなってしまうんだ」
「ああ、あそこか。否定できないな」
「そうだろう」
「先生たち仲良いんですね」
「──そうか?」
「長く一緒にいるからな、否定できないな」
「くそ、取られた……」
 ────お、あそこの綺麗な髪の子可愛いっ!
 ────お前好きな相手いるんじゃなかったのか?
「みんなに自己紹介してほしいんだ、名前だけでいいんだけど」
 ────無視か。だがナイスだ。これなら全員の声が聞ける。
 ────あの子の名前が知りたいだけだったんだけど。
 ────だろうな。
「名前だけなら全然いいですよ!」
「幡多先生幡多先生! 何か一言言え、ってすごいめんどくさいですよねっ!」
「俺はいつもウィンナーが好きだって答えてたな」
「あはは、すごいてきとう!」
「テキトーじゃないって、本当に好きなんだからいいだろ!」
「何か言い訳みたぁい」
 ────私は腕時計を見ておくからな。君も時々でいいから確認してくれ。見える位置に腕を置いておきたまえ。
 ────机の上とかでいいか?
 ────大丈夫なんじゃないか。
 ────テキトーかよ。



        ◇◇◇



 ────自己紹介か。
 窓の外の雀に目を向けると、毛繕いに夢中だった雀の方もこちらを見る。
 首を傾げ、じろじろとこちらを見ている。
 俺はそっと雀から目を離し、前の席の人を避けて実習生の顔を覗く。やはり美形だ。
 男でも惚れそうなほどだ。たぶん、俺はないけど。
 俺はまた雀を見ようと視線を移す、すると、雀は決心したかのようにこちらへジャンプし、また、俺の頭の上へ上った。
 ────「ハァ……またかよ……」
 木しかない窓の外から視線を外し、実習生二人に目を向ける。
 瞬間、焦点と焦点が交わり、言葉通り、ばっちりと、稲先生と目が合った。
 俺は何もなかったかのように逸らすが、一時、先生の視線を感じた。まるで何か様子を窺うような。
 まあ、
 ────頭に鳥が乗ってたらな……。
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