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カナキリ
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ほとんどの会員が仕事に出掛けた時間帯、シャワー室の一室にだけ決まって灯りがつく。床のタイルに堕ちる水音と一緒に鼻歌を歌う少女がいた。
白髪に青と赤のメッシュを入れており、目は薄い黄緑色。彼女は能力協会の能力者、もとい魔法も扱える魔術師であり、第88部隊2番隊長──ラ矢・ミシアである。
実力はそこそこあるが、単独行動が目立ち、昇格できずにいる。
そんなラ矢の背に、ひたひたと水に濡れた小さな足音が近づいてくる。ラ矢は施設内ではあまり警戒はしない方なのだが、音には敏感だ。
──誰かがシャワーしに来たのか。と、ラ矢は思ったが、その足音はちょうど、ラ矢の後ろでピタリと止まる。
「あの、すみません……」
「ん?」
声のした方に身体ごと振り返れば、個室の扉を挟んだ先で、金髪の少女が申し訳なさそうにラ矢を見ていた。ラ矢の目はその表情よりも先に、すりガラス越しに見える少女の豊満な胸に向けられる。
「その……今朝、石鹸を忘れちゃって……」
──こいつ、確か、幡多に好意を持たれている……可哀想な奴。
「ああ、これ? 置いてあった」
ラ矢は壁のラックから、ピンク色のハート型の石鹸を取って少女に手渡す。ラ矢の手にはその石鹸の、ローズの香りだけが残った。
「あ、どうもありがとうございます! 私、この前協会に入ってきたばかりで、多波羅摩可って言います! せ、先輩は────」
「ラ矢、第88部隊2番隊、隊長」
「何だ、そんなに凄い人でもなかった……」
ラ矢は目の光を無くして摩可を睨み付けるが、ほっとした摩可はそれに気づきもしない。
「……で、何でまだここにいるの、仕事は? 始まってるんじゃない? 新人だからって、ないってことはないでしょ」
「いえ、今日は休日で……見学OKらしいので、探検してたんですけど……その……」
「何」
ラ矢は先程の摩可の言葉にイライラを隠せずにいるが、摩可はやはり、何も気づいていない模様だ。
「綺麗な歌声が聞こえてきて……気になって……」
「歌っている人がいたとは知らなかった。で、見つかったの」
摩可はその答えに驚いている様子だ。
「え、はい……」
「誰だったの」
ラ矢は興味津々のようだが、表情には出ていない。
ラ矢は答えない彼女に目を向けるが、細く長い指がこちらを向いていることに気づく。
「――――……えっと……ラ矢先輩でした…………」
「――…………」
「――…………」
「――…………」
「――…………」
「気に入った、あなたを第88番隊に招待する」
「ええぇッ!? で、でも私、朝のあのかっこいい人とお近づきになりたい……」
「あなたには無理。女嫌いだから。相手にされないから。実力が違いすぎるから。まずあなたごときがあの部隊に入れるわけがない。高望みするなこの全世界の汚物め」
摩可はいっとき呆けた後、「そ、そんな言い方ないじゃないですか!」と、涙目で手をちょこちょこと振り回す。
「そう。言い方が問題なの? でも無理。あの人に近づく人は私嫌いすぎて無理」
「あ、あなたは良いって言うんですかっ!」
「あっちから話しかけてくる」
「そんなの嘘です! だって第88部隊じゃないですか!」
摩可はからかいを入れ、必死になって抵抗するが、ラ矢はそれを聞いて普段通りに返すだけだった。新人相手に話す時は、この会話が必ず付いてくる。
「部隊は全部で6720万1098部隊ある。これからあなたはその最下部隊に所属するの」
「え……」
「もし、それ以上舐めたこと言ったら────」
摩可は、ラ矢の実力がどれ程高いか、この時やっと、理解することになる。
――そして、会員皆に恐怖を与えた、ラ矢の怖さを、
「粗大ゴミに出す」
――身に染みて理解するのだった。
摩可はほっぺたを赤くして、ラ矢とともに静まりかえった廊下を歩いていた。ラ矢に植え付けられた恐怖はまだ残っているものの、今はほとんど薄れている。
「ラ矢先輩は、いつからその88部隊にいるんですか」
「3ヶ月前までは第428万5601部隊に所属していた」
「た、たった3ヶ月で差を縮めたってことですか!?」
摩可が食い付いてきたので、ラ矢は話してやることにする。
「当時の第88部隊の2番隊長が私を推薦した」
「な、何をしたんです!? そんなにすごい仕事を!?」
「いや、そいつをボコボコにしただけ」
「…………ですよね……」
摩可は真っ赤に腫らせた両方のほっぺたを押さえて身震いした。
◇◇◇
シェハイン協会会長室前廊下──やはりここも静かだが、やがて、二つの声と、二つの足音が近づいて来る。
「ぃっくし……!!」
「どうした幡多、風邪か?」
「いや。元気ピンピンだけど……。引き始めかな、めっちゃ寒気した……」
「あっためてやろうか?」
幡多は両手を広げる聖唖を一瞥してから、ポケットからティッシュを取り出して鼻をかむ。
「……………しばくぞ?」
白髪に青と赤のメッシュを入れており、目は薄い黄緑色。彼女は能力協会の能力者、もとい魔法も扱える魔術師であり、第88部隊2番隊長──ラ矢・ミシアである。
実力はそこそこあるが、単独行動が目立ち、昇格できずにいる。
そんなラ矢の背に、ひたひたと水に濡れた小さな足音が近づいてくる。ラ矢は施設内ではあまり警戒はしない方なのだが、音には敏感だ。
──誰かがシャワーしに来たのか。と、ラ矢は思ったが、その足音はちょうど、ラ矢の後ろでピタリと止まる。
「あの、すみません……」
「ん?」
声のした方に身体ごと振り返れば、個室の扉を挟んだ先で、金髪の少女が申し訳なさそうにラ矢を見ていた。ラ矢の目はその表情よりも先に、すりガラス越しに見える少女の豊満な胸に向けられる。
「その……今朝、石鹸を忘れちゃって……」
──こいつ、確か、幡多に好意を持たれている……可哀想な奴。
「ああ、これ? 置いてあった」
ラ矢は壁のラックから、ピンク色のハート型の石鹸を取って少女に手渡す。ラ矢の手にはその石鹸の、ローズの香りだけが残った。
「あ、どうもありがとうございます! 私、この前協会に入ってきたばかりで、多波羅摩可って言います! せ、先輩は────」
「ラ矢、第88部隊2番隊、隊長」
「何だ、そんなに凄い人でもなかった……」
ラ矢は目の光を無くして摩可を睨み付けるが、ほっとした摩可はそれに気づきもしない。
「……で、何でまだここにいるの、仕事は? 始まってるんじゃない? 新人だからって、ないってことはないでしょ」
「いえ、今日は休日で……見学OKらしいので、探検してたんですけど……その……」
「何」
ラ矢は先程の摩可の言葉にイライラを隠せずにいるが、摩可はやはり、何も気づいていない模様だ。
「綺麗な歌声が聞こえてきて……気になって……」
「歌っている人がいたとは知らなかった。で、見つかったの」
摩可はその答えに驚いている様子だ。
「え、はい……」
「誰だったの」
ラ矢は興味津々のようだが、表情には出ていない。
ラ矢は答えない彼女に目を向けるが、細く長い指がこちらを向いていることに気づく。
「――――……えっと……ラ矢先輩でした…………」
「――…………」
「――…………」
「――…………」
「――…………」
「気に入った、あなたを第88番隊に招待する」
「ええぇッ!? で、でも私、朝のあのかっこいい人とお近づきになりたい……」
「あなたには無理。女嫌いだから。相手にされないから。実力が違いすぎるから。まずあなたごときがあの部隊に入れるわけがない。高望みするなこの全世界の汚物め」
摩可はいっとき呆けた後、「そ、そんな言い方ないじゃないですか!」と、涙目で手をちょこちょこと振り回す。
「そう。言い方が問題なの? でも無理。あの人に近づく人は私嫌いすぎて無理」
「あ、あなたは良いって言うんですかっ!」
「あっちから話しかけてくる」
「そんなの嘘です! だって第88部隊じゃないですか!」
摩可はからかいを入れ、必死になって抵抗するが、ラ矢はそれを聞いて普段通りに返すだけだった。新人相手に話す時は、この会話が必ず付いてくる。
「部隊は全部で6720万1098部隊ある。これからあなたはその最下部隊に所属するの」
「え……」
「もし、それ以上舐めたこと言ったら────」
摩可は、ラ矢の実力がどれ程高いか、この時やっと、理解することになる。
――そして、会員皆に恐怖を与えた、ラ矢の怖さを、
「粗大ゴミに出す」
――身に染みて理解するのだった。
摩可はほっぺたを赤くして、ラ矢とともに静まりかえった廊下を歩いていた。ラ矢に植え付けられた恐怖はまだ残っているものの、今はほとんど薄れている。
「ラ矢先輩は、いつからその88部隊にいるんですか」
「3ヶ月前までは第428万5601部隊に所属していた」
「た、たった3ヶ月で差を縮めたってことですか!?」
摩可が食い付いてきたので、ラ矢は話してやることにする。
「当時の第88部隊の2番隊長が私を推薦した」
「な、何をしたんです!? そんなにすごい仕事を!?」
「いや、そいつをボコボコにしただけ」
「…………ですよね……」
摩可は真っ赤に腫らせた両方のほっぺたを押さえて身震いした。
◇◇◇
シェハイン協会会長室前廊下──やはりここも静かだが、やがて、二つの声と、二つの足音が近づいて来る。
「ぃっくし……!!」
「どうした幡多、風邪か?」
「いや。元気ピンピンだけど……。引き始めかな、めっちゃ寒気した……」
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