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ヴァラヴォルフ
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しおりを挟むただ、見ていることしか出来なかった。
いつか見た夕焼けの羅紗の空と重なった気がした。 茫然と眺めることしか出来ないのだ。もう成す術がないのだ。
黄金色の獣に呑み込まれていくのをただじっと。
何千何核の命の灯火が天へ上れずに。地に縫い付けられ。
戸惑い乍。
蠢く様に。
猛猛と吐き出される黒煙は今、この眼に焼き付いていく。屹度数年先も、死した後でも、この光景を忘れることは出来ないだろう。
自分の髪の色と似た彼の瞳を、決して忘れはしないだろう。
◇◇◇
先には闇が見える。引きずり込まれそうな位邪悪な闇だ。
しかし、足を止めることは出来ない。一瞬でも立ち止まれば、奴に追いつかれる。
殺される。
もうすぐ俺は殺される。
――この闇の中でも、奴の視界は昼間のように見えているのだろう。抑抑〝島〟への潜入調査等、人間の私に務まる筈がなかったのだ。
無人島として世間に認知されているこの島の名は、〝ゼブラ〟。焼け付いた大地を上空から見た時、シマウマの毛のような縞模様を描いていたことが由来だ。
――とは言え、それは過去の噺で。今では〝隔離島〟として我々には認知されている。
人の住まない無人島。
事実なのかもしれない。人の姿をしていても彼等は人間ではないのだから。
「うあっ」
木の根に足を取られ、顔面から地面へ叩きつけられる。
ああ。終わってしまった。
私が派遣された理由――研究対象であった彼女――島に突如現れたと言う、〝女神〟の存在を一度でも視認出来たなら、その姿にお目に掛かれたなら。私がここに訪れたことに意味が生まれたと言うのに。
目の前の化け物に喰われるための肉として、私はここへ送られてしまったのだろうか。
言葉にならない声を上げて。
擦り傷を負い。
血液の滲み出る膝を庇いながら地面を這う。
奴は私の右足を押さえ、私の逃げ惑うさまを見て嘲笑している。
目眩と頭痛。
視界が霞む。
「誰か」
やっと言葉になったそれは、奴の腹の中に響くだけであった。
◇◇◇
「うっげ~生きてる人間喰ってるよあいつ」
「そろそろ討伐致しますか?」
「でも、まだ五日目だからね。正気に戻る可能性もある」
木の上から様子を窺っていた者達がいた。
年端も行かない少年と、顔の右半分に火傷跡のある短髪の少女。それから白い布で目元を隠した優男だった。
「でもどんどんデカくなってるよ~……? 今倒しておかないと手遅れになっちゃうんじゃない?」
「確かにこのまま野放しにしておく訳にもいかないね。でもあの人には……」
「梅御様。遺族のことを思っていらっしゃるのは分かりますが、私達には解決出来ないことです。私達に下された使命は彼の討伐なのです。躾様だって分かって下さるに違いありません」
「でもあの人は……」
優男――梅御は行動を起こそうとしない。焦れったいその様に短髪の少女――滅は耐えられず目を剝く。
「踏ん切りを付けて下さい、あの方はもう死んだのです!!」
「あああっ!? 気付かれた! 大きな声出しちゃ駄目じゃん!」
隣で上がった声に跳ね上がり、手をついて木の下を窺う。人の形で無くなったそれが男を咥えて走り去っていく姿が見えた。
「も、申し訳御座いませんっ朱衂様。追いましょう」
太い枝を選出し、枝から枝へ飛び移って移動する。しかし、木を三本程挟んで移動した時、滅は梅御が付いて来ていないことに気が付いた。
滅が身を翻したとたん、少年――朱衂が言った。
「あ~あ~梅御さんなんか放っといて行こうぜ滅」
「で、ですが、一人になるのは危険です!」
「ど~せ今回だって、責任も使命も仲間も何もかもほっぽって逃げ帰るんだよ。あいついい奴だけどさ、今逃げたら唯の臆病者でしかないじゃん。優しさなんか特別じゃない。一族にはあんなの大勢いるし。あいつ等に構ってたら埒が明かないよ」
「しかし、もし帰り道に襲われたら……! あの方は私達とは違うのですよ!?」
「い~からい~から。オレさ、あいつが死んだってどうでもいいんだよね。今更じゃん?」
「朱衂様ッ!!」
朱衂は滅の返答を待たずに先に行ってしまう。
子供ながらやんちゃな彼は小さな身体を自由自在に操り、大人顔負けの身体能力を発揮する。
滅は子供である朱衂を尚更一人にする訳には行かず、後方を気にしつつ、朱衂の背中を追った。
――しかし、後方を気にするあまり、朱衄の姿は木々に隠されるように徐々に霞んで行く。
森が深くなる程、高く聳える太い木々に日光が遮られ、真昼でも闇夜の中を移動しているような錯覚に陥る。滅や朱衄には関係のない内容だが、梅御は違った。
彼は人間だ。
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