リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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コノカ

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 アリシアの初めて激情した姿を見た。彼女の怒りで歪んだ顔は美しいが迫力があって圧巻だった。口が開いて閉じられない。シティアもかなり驚いている様子だ。
「例え貴方が私を恋敵だと思っても馴れ合うつもりは毛頭ないわ! 何故私が彼様な男に好意を抱かなくちゃならないのよ! 彼奴は私を無理矢理──ッ」
 ──そこまで言って、アリシアはハッとする。意味有り気な言葉だけ残して、二の腕をぐっと握ると黙り込んで俯いてしまった。しゃがみ込んでいたシティアと蘭だから見えた表情は涙さえ浮かんでいなかったが、意外にも悲痛に染まった〝泣きべそ〟だった。
 蘭は蓮を兄だとは認識していたが、余り得意ではない。ヒステリックは兄弟姉妹と家系の一部のヒトに知られていたことだ。蓮の顔色を窺って彼のご機嫌取りをするのには、話が苦手な蘭にはストレスでしかなかった。
 だから、アリシアにあんな顔をさせてしまう程の姉(さん)のブラコンぶりにも、兄が彼女に何かをしたと言うことも、ただただ呆気に取られることしかなかったのだ。
「何、何ですの。無理矢理何をされたと言うの? まさか、貴方お兄様と……まさか、」
「…………変な妄想はして。其様な良いもんじゃないわ。如何どうして彼様な男を愛せるのか理解に苦しむわよ。貴方みたいな美人で聡明な女性なら、もっと好い男がいるでしょうに」
 アリシアが初めて人を褒めたことに誰もが驚いた。褒めたことは確かに多々あったが、その後、貶すことは忘れない。陥れる為の前置きのような彼女の手口の筈なのに、幾ら待っても冷酷女の口が開かれることは無かった。
「アリシア……一体どうしちゃったの……」
 シティアが思わず独り言を告げるのも頷ける。その一言に反応したアリシアが、自分達の存在に気付いていなかった事実を悟った。彼女はシティアを震える眼で凝視した。
「アリシア?」
「……聞いていたの」
「え、ええ」
「……そう。それは残念だわ」
 動揺した儘、瞳を閉じる。沈黙が続いたその時、シティアが思い切って口を開こうとしたが、その後ろに一人の影がやってくる。
「アリシア。探したぞ」
「蓮。時間は既に過ぎているわ。貴方達も早く中に入りなさい。作戦を教えるわ」
 目を開いたアリシアの表情も声音も不自然な程元通りだった。蘭にはまるでシティアがいたから元に戻せた──ように見えたのだが、自信があるわけでもないので、それを他言することはなかった。
「アリシア、俺は屋上に来てくれと言った筈だ。何故来なかった」
「仕事の時間よ。今関係のない噺をしないで」
「アリシア。答えろ。何故なんだ」
「困るわ。言い寄られても私は貴方に答えられないわよ」
 くすりと小馬鹿にしたような微笑を浮かべる。直ぐにでも「冗談よ」と言い出しそうだと誰もが考えた時、
「──言い寄られている自覚はあった訳かッ!? なら何故来なかった!! 貴様は、昨晩は来た! その前日も更にその前も来た!! だが全て夜だ、貴様は夜しか俺に顔を見せない、どう言うことだ!」
 シティアは、ずっとアリシアと蓮は会っていたんだ、と考える。
「あら。朝にも行ったじゃない」
「それは最初の数日だけだ!!」
 ヒステリック寸前だ。蘭はそう思った。既にそうだと思っている者も少なくないだろうが、兄の醜怪さはこれ位ではこと足りない。
「仕事よ。昼間も朝も貴方達の教育があるわ。本当は睡眠を取りたいけれど貴方が呼び出すから夜行ってあげているの。感謝して欲しい位よ。其れを何? 勝手に言い付けただけで返事も聞かずに行ってしまった貴方の為に何故仕事を放棄して態態会いに行かなくちゃならないのよ、何のメリットもないじゃない。私は貴方の大好きな召使いじゃあ無いわ。言う事を聞くと思わないで。命令を下すのは私の方なのよ。此処はアナタ方の家ではないわ。きちんと仕事を熟なしなさい。私は貴方の上司で────ん、んぅ……っ!?」
 開いた口が塞がらない。先刻からずっとそうだったけれど、今度のは余りにも衝撃的過ぎて、顎が外れてしまったのではないかと思う程だ。特に蔘は失神し、蕁も顔面蒼白だ。蘭も石のように固まって、シティアも目を見開いてそれを見ている。
 アリシアのいつもの話し言葉を、いつ蓮の逆鱗に触れるかとヒヤヒヤしながら聞いていたら、当の本人が双眸を瞑ったアリシアへ顔を寄せて唇に吸い付いたのだ。
 更に言えば腰に左腕を巻き付け、後頭部を右手で抑え込みホールドしていた。
 アリシアは抵抗もせずされるが儘で、深くなっていく接吻に顔を赤くしている。彼女の性格ゆえ、彼の冷たい瞳で蓮を睨むものかと思っていたが、彼女の瞳は余りにも残酷な程、こちらに助けを求めていた。涙を浮かべた瞳が、震える睫毛が、ひん曲がった愁眉が、それを訴えている。
 部屋中の生徒が唖然とする中、最初に駆け寄ったのは蕁だった。それに続いて、蔘、蘭も向かう。例え蓮と同じ両親を持つ蕁とは言えどヒステリックを起こす前の兄の機嫌を損ねたら大変なことになる。しかしアリシアの唇をむしゃぶる兄の恍惚とした表情は理不尽な程、この後の出来事を物語っていた。
「兄上!! ナニをカンガえているんですか! ヒトマエではしたないです!! イマスぐカノジョをハナしてクダさい!!」
「お、お兄様ワタクシからもお願い致します……!」
「蓮兄さん、今から戦闘ダ。そんなことをしている場合ではナイ」
 3人係で離そうとするが、女性と子供体型ではビクともしない。そこで、復帰していた頭伎が動いた。
「皆で抑え込めば幾らイカれた野郎でも何とかなる! 手伝え!」
 全員怖じ気づいていたが、復帰していた頭伎に一睨みされたとたん一斉に走り出した。何とか男達の力で止めさせられたものの、蓮は案の定ヒステリックを起こし次から次へ投げ飛ばし、ボコボコにしていく。シティアはアリシアの背中へ走る。それを見た女性陣が皆アリシアを保護した。
「離せっ!! 俺は彼奴と話しているんだ!! 邪魔をするな! アリシア答えろ!! 俺をどう思ってる!! 仕事の話なんか今はどうでもいい俺の想いを受け入れろ!! お前はいつも俺にされるが儘受け入れる、なのに愛の言葉もその返事も言わない!! 俺に抱かれてお前は何を思ったのか聞かせろと言っているんだッ!!」
 暴れ狂う蓮を止めようとする男達が、次々に薙ぎ倒されていく。アリシアが立ち上がり、蓮に近付く。
「判ったわ。貴方の言う通りにする。私の考えを言うわ」
 蓮は少し大人しくなり、うっとりと彼女を見詰めた。そんな蓮をじっと見詰めて、顔を赤らめ、視線を逸らすアリシア。皆がまたも口を閉じられずにいると、拘束の解けた蓮がアリシアにもう一度唇を寄せて、アリシアが目を瞑る。その場の甘い雰囲気に思わずシティアが目を覆った瞬間、

 凄まじい爆風と爆音が、空気と鼓膜を震わせた。

「私は貴方が嫌いだわ。二度と私に近寄らないで」
 思わず目を開けたシティアの目には、アリシアの手から煙が出ている様子と、蓮が壁にめり込んでいる様子が映っていた。人体発火の炎で攻撃したのだろう。
「成る程……照れているのか」
「冗談でしょ。貴方じゃ私に不向きだと言っているのよ。私の愛す可き人は既に死んでいるわ。其れが他の誰かになり得る事なんてあり得ない。私は彼の人しか……愛せないのよ。解ったら其の汚い口を閉じて」
「アリシア……幾ら貴様でも其れ以上俺を見下したら容赦しないぞ」
「私はいつから貴方を見下さない様にしていたのかしら」
「アリシアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」

『来ないでッ!!』
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