リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ディーヴァ

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 奏はラドが去ってからも、部屋に籠って泣いていた。
 一時はスッキリしたものの、やはり思い出すと泣けてくる。自分ばかりが大切に思っていたのだと二人を責め続けた。自分が何かしたのかと自分に疑問を投げかけ、自分が悪かったんだろうと自分を責め続けた。
 奏がベッドの上にうずくまっていると、コンコン、と扉からノックの音が響いてくる。
 奏はそれを無視して、毛布を頭まで被って全身を隠して泣いた。
 再び、ノックの音がする。
 しつこいわね……――奏が思った時だった。
 扉の向こうから、脳を揺さぶられるような美しい声が聞こえてきた。
『女、大丈夫か? 楽ドから憔悴していると聞いて来た』
 この声は、あの時の。

 《必ず迎えに行くから、無事でいろ》

 あの人の声だ。
「ど、どうぞ!」
 鍵はかけていない。
 奏はベッドから降りて、最後の足掻きと言わんばかりに、一所懸命に手で髪を整えた。
 扉が開き、フードの男が入って来る。公園で会った男だ。背はミドノやカナタと変わらない。同い年くらいだろうか。
「あ、あの。ありがとうございます。心配してくださって」
『質問にならなんでも答えるぞ』
「今はまだ、戸惑っていて。お兄ちゃん――ラドさんが質問には答えてくれましたし。あ、名前、聞いてもいいですか?」
譜王ふおうだ。他に質問は?』
「あ、えっと、質問はないんですけど、私は【女】じゃなくて、【奏】って言います」
『ああ。知ってるが?』
「な、名前で出来れば呼んで欲しいです。女の人がいるところで女と呼ばれても反応できないと思うので」
『今はいないが?』
「しつこいわね、いいから呼びなさいよ」
『…………』
 ――ハッ。しまった。ついポロリとコボリと!
 めちゃくちゃピリピリした視線を感じるんだけど。どうしましょ。
 お互い黙り込んで気不味い時間だけが流れていく。
 そんな時。
『……奏』
「……っ!」
 美声で名前を呼ばれるってなんて幸せなことなのかしら!
「ふ、譜王様」
『さま?』
「す、すみません! なんだか呼びたくなって」
『いい。みんながそう呼ぶ。お前も呼ばれるようになるだろう』
 私も?
 声には出していないが、首を傾げたからだろう、譜王が答える。
『俺はディーヴァの王子、お前は姫だ』
 ん?
 王子、姫。
 え、結婚できるってこと? いや落ち着け。
 でも姫って何よ。
…………私が姫!?
 お兄ちゃんには特別だとか強者だとかは言われたけど!
 私お姫様なの!?
 つまりやはりずばり王子と姫は結婚するもの!!
 つまりやはりずばり譜王様と結婚すると言うこと!!
 もしや今のはプロポーズ!?
「で、でもぉ。け、けけけけけけ結婚はまだ早いかと。う、うん、早いわよね、嬉しいですけど……」
『けっこん?』
「あっ。嬉しいって言うのはその、あの、ええっと。嘘ではないから否定できないぃ」
 奏が真っ赤になってモジモジしていると、譜王は『そうか。元気出せよ』と微笑んだ。絶対に分かっていない。
 奏はバキュンと胸を打たれ、身体を捻りその場に膝と片方の手をつき、片方の手で胸を抑える。
「奪われたわ……私の心臓の鼓動が」
『ん? 死ぬのか?』
「そう言う意味ではなくて!」
 これは説明した方がいいの? 説明はしない方がいいわね。
「と、とにかく! 心配してくださってありがとうございます、でも質問はないと言うか」
『分かった。しつこくて悪かったな』
「いえ! 嬉しかったです」
『そうか』
 こちらから話題をふらないと話が終わってしまう。譜王がいるといたたまれなくなるけれど、どこかに行って欲しいとは思わない。
 むしろずっといてくれないかとすら思ってしまう。
 心臓の鼓動が心地良い。もっとずっとこの心地良さを感じていたい。
 不思議なくらい心が安らぐ。
『俺は仕事があるから、じゃあな』
「は、はい」
 仕事があるなら仕方がないわよね。歳は変わらないだろうけど、少し年上のお兄ちゃんも仕事をしている訳だし、この人も仕事をしていてもおかしくはないわ。
 高校生ならバイトくらいするしね。
 うんうんと頷いていると、彼はそれを知らずに去っていく。
 去っていく後ろ姿を寂しげに見つめて、はぁ、と奏はため息をついた。
 扉を閉めると、眉を寄せ、扉を背に床に座り、うずくまる。
「カナタ……ミドノ……」
 心が楽になると、より浮き彫りになる、二人の存在。
 ――奏が二人を思った瞬間。
 ビーッビーッ――――と言うけたたましい音が廊下中に響き渡った。
〈緊急事態発生。緊急事態発生。後方に敵機体複数接近中〉
〈緊急事態発生。緊急事態発生。後方に敵機体複数接近中〉
 敵機体?
 まさか。
 奏は心から願っていた。そうであって欲しい、そうでなくてはならない、そうでないと許せないと。
 KTB。
 彼らが来ているのだとしたら、私は。
「――奏! 大変だ、さっきの放送を聞いたか! 敵軍が攻めてきたぞ、さあお前の力で薙ぎ払え!」
「何を言ってるの。バカなんじゃないの」
「いや、1度言ってみたかったんだよね」
「どこのセリフよ。バカなんじゃないの」
 奏の部屋に飛び込んできたのは、ラドだった。蔑まれた目で見られたってラドは平然としている。恐らく慣れているのだろう。バカだから。
「とにかくお前は司令官の元に急げ!」
「司令官?」
「譜王のことだ」
「譜王様は司令官なの!?」
 それって偉い人ってことよね、お兄ちゃんのよりも偉いのかしら。
 そんな偉い人に私ったら馴れ馴れしく《譜王様》なんて呼んでいたの!?
今度からは神の如く崇めなくては。
「おお譜王命ふおうのみことよ。おおおお」
「何だ? 信仰か? おおおお」
「いやツッコメよ」
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