リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ディノル

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 次の日の朝――もう昼前だが、楽ドはチビたちを起こさないようにベッドから這い出た。
 建物の中に入れるか確認するが、入れそうな穴はない、瓦礫を退ければ入れそうな場所もあったが、何分なにぶん瓦礫が大きく、子供の力ではどうにもなりそうになかった。小さな隙間から中を覗くことは出来て、中にはいろいろなものが落ちていて魅力的だった。
「学校だったんだな……。だったら綺麗なベッドが状態良く残っててもおかしくはないかも……。そうだ、もしかしたら医療品とかも残ってるかも! ……瓦礫でかい。……のけらんない」
 廃校舎漁りは諦めて、毎日の習慣になってしまっている町中の探索を始め、盗めそうなモノや不審な人物がいないか確認していく。
 ――そう言えば、オルトシアさん荷物だけ置きっぱなしで本人がいなかったんだよな。はっ……! 盗んどけば良かった!
 今からでも帰るか? と考えていれば、新川の橋の下から、ぱしゃん、と言う水の跳ねる音が聞こえてくる。
「オルトシアさん……」
 瓦礫の下からポイポイ魚を掴み上げて陸地に投げていく。しめしめだ。どんな町でも人間の居ない川には魚が多く住み付くようになっていた。楽ドもたまあに捕りに来るが、降りられそうな場所などを塞いで大人グループや軍が場所を独り占めしていることが多く、川に近付くことさえリスクが高かった。
「大丈夫なのか……? あんなに捕って。すっげ~……」
「本当だよ、困るぜ。最近魚が盗まれてると思ったら、やっと犯人が姿を現してくれやがった」
 え――……っと思った時にはもう遅かった。楽ドは橋の上で大勢の大人に囲まれており、彼らは未だに川魚を捕りまくっているオルトシアを睨みつけている。
 オルトシアの魚を取る姿を見ることに夢中で気付けなかった…………ここのところ注意力が欠けてきている気がする。一体何が原因なんだ?
「ここは貴方達の縄張りですか?」
「お前も魚を捕りに来たんじゃねえだろうな?」
「ん~……魚は欲しいけど、ここの川は深いし、今日は探検してただけだから」
「一匹くらい分けてやってもいいぜ。盗人には罰を与えないといけないけどなぁ」
 大人の男たちは全員ガタイが良く、筋肉隆々でいかにも強そうだ。華奢なオルトシア一人では敵いっこない。彼らは自分達専用の降り口を囲み、川から上がって来たオルトシアを待ち伏せる。
 ――今の内に逃げよう。
 そう思ったし、いつもなら迷わずに逃げ出している。だが、足が動かなかった。美味しいご飯をくれた、優しく頭を撫でて、ベッドに寝かしつけてくれた。
 暖かくて、懐かしかった。
 ――本当に、お父さんみたいだと思った。
「うあああああああああああああああああ!!」
 戦ったことなんてない。逃げることばかりで、捕まった後は少し多めの怪我をするだけだった。
 戦う力なんて持ち合わせていない、だからずるい事ばかりやった。戦うことは怖い、人を傷つける事ももちろん、自分が傷つくことが怖くて、家族を傷付けられてしまうことも怖かった。
 楽ドは一人の男に体当たりをくらわせるが、ビクともしない、「あ?」と、見下げてきた男と目と目が合う。
 男たちが楽ドを囲み、ボキボキと拳や首の関節を鳴らす。
 上がって来たオルトシアは驚いた様子で俺たちを見ていたが、パッと表情を変えて「楽ド! ほら、多人数だからたくさん取ってしまったぞ!」と、飄々と歩いて近づいてくる。
「本物のバカだったのかアンタ!? うすうす気付いてたけど!? この状況は逃げるんだよオルトシア!」
「ん? この状況は君を助けることが普通じゃないか?」
「え?」
 オルトシアは魚を宙へとぶん投げる。もったいない――と叫びそうになったうらはら、楽ドはオルトシアの自分を安心させようと笑った顔に泣きそうになった。
 自分はなぜ、彼を疑ってしまっていたのかと。後悔してしまったからだった。
 楽ドが怪我をしたオルトシアを想像して目を瞑っている時だった、周りから次々に打撃を加える音と鈍い悲鳴が上がる。楽ドが目を開けると、血しぶきをあげて、男たちの身体が歪にへし曲がり……地面へ倒れ伏していく。
「…………」
「楽ド、怪我はないか?」
「…………」
「楽ド?」
 何が起こった。
 血みどろの手が近づいて来て、楽ドは咄嗟に避けてしまった。オルトシアはそれを見て優しく笑った。
「すまない。怖がらせてしまったな」
 ああ、ああ。違うんだ。そんな顔をしないでくれ、笑わないでくれ。まるで、慣れてるみたいじゃないか。

 この人はきっと、あいつと同じだ。

 楽ドは下がっていくオルトシアの手を掴み、ぎゅっと目を瞑って自分の頭をそれに押し付けた。
「怖くなんかない!! 驚いただけだ! ううん、違う。俺は確かに怖かった、けど怖いのは血で、アンタじゃない!」
「君は優しい子なんだな」
 頭の上でオルトシアの手が動く。楽ドはその手が血まみれであっても安心感を覚えた、ぎゅっと瞑った瞳から、ぽろぽろと涙が零れた。
 ――父さんもこんな手だった。
 両親ともきっと血まみれの手だった。
多くの人を犠牲にしてきた手だ。だからこの人だけ、あいつだけが怖いなんて思っちゃいけない。
「でも殺すのはやり過ぎだと思うぞ」
「いや、あれだけでは死なないんだ。俺が攻撃すると、元に戻る――物質を再生する力が漏れて攻撃にならない。だから治癒が追い付かないよう出来るだけ再起不能の状態にする。意識がなくなっている間に彼らの身体は治癒される」
そ、そんなことってあるのか?
楽ドが口をパクパクさせていれば、それを見たオルトシアは首をひねってう~んと唸る。
緑龍子りょくりゅうし、と言う物質の名前は聞いたことがあるか……?」
「え。じゃあ、その姿は――」
「そうだ。俺は緑龍子が浸透する体質なんだ。だからこんな髪と目をしている。でもまさか君が緑龍子の副作用まで知ってるとは思わなかったぞ」
「軍ではそう言う話が結構聞こえてきたから……」
 緑龍子はユヤにあったとされる未知の物質だ。それは髪などの色素に影響が現れると言う。病気も崩壊した建物などもなおせる便利な代物だが、扱い方によっては危険で人々は手が出せないでいる。ユヤにいる未知の集団はもしかしたらそれを使って何かしているのかもしれない。
 ユヤの攻撃で発せられた光線も緑龍子が含まれているらしく、光線が打たれた場所には偶に高濃度の緑龍子が残り、それから影響を受ける者もいた。
 オルトシアはその一人なのだろうか?
「なるほど。でも理解が出来るなんて楽ドは頭がいいんだな!」
 よしよしよしと頭をずぅっと撫でられて、ん? もしかして。と楽ドはオルトシアの手を見上げる。ん? とオルトシアが手を離して首を傾げた。
「この手に安心するのは緑龍子が漏れてるからだったり……」
 疲労した筋肉が癒されているのでは?
「ん~……。さあ? 漏れているなら夜になると緑の光が出る。夜も頭を撫でてみよう!」
「よ、よせ! アンタに撫でられてると警戒心が薄まる!」
「なんでだ! 撫でるくらい良いだろ!」
 楽ドは頭を撫でられながら考えていた。本当にこの人と一緒にいてもいいのかと、むしろ本当にいい人で、本当に慕って頼ってしまうようになったら……離れがたくて、別れが来た時に辛くなってしまうに違いない。それに俺たちは絶対にこの人の負担になるだろう、足手纏いになるだろう。
 俺はどうしたらいいんだ……。
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