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ディノル
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それにしても……顔は覚えられていないと思ってたからびっくりしたな。おむすびの人の話だと、この町に住んでる人は結構少ないみたいだし、覚えられてしまってもおかしくはない。あの言い分じゃこの街に住んでいる人々はこの場にいる人たちが全員と考えてもいいな。
ざっと数えてみたけど、軍と俺たちを除いて大人は27人、高校・大学生くらいの人は7人、中学生6人、小学生以下子供は4人。総数44人か。俺たちのように別の町からやって来た人がいたなら、皆ここに留まると思うんだけどな。にしてはかなり少ない気がする
少ないからこそだろう、ほとんどの人が顔見知りだった。信用できる人もいたからラ矢や鵺トを預けて自由に動ける状況にできた。ご飯にも住処にも困らないからみんな心が穏やかなのだろう。
楽ドが離れるつもりがない、そして軍の大人たちが楽ドを追い出すつもりがないことを察して、40代の女性が自然に楽ドに話しかけた、
「ごめんなさいね。この人気が利かないでしょう? いくら余ってるからってスープをあんなギリギリまで入れて……。零さなかった? 火傷とかしてない?」
《この人》とは、彼女の隣にいる傷の男のことを指しているらしい。
「はい。むしろ助かりました。すごくお腹が空いていたので。妹はおかわりをしてましたよ」
「あら。妹がいるの? 食いしん坊なのね、かわいいわね~。良かったわ、気に入ってくれて。嬉しくなっちゃうわ。あなたも凄かったわね、ぴょんぴょん飛んでるのにスープを一滴も零さないんですもの」
「見ていたんですか……?」
武軍じゃないんだし彼らが俺たちを知っている筈もない……茶飯が南栄軍と仲良しこよしな筈がないしなぁ。何で見てたんだろう、と楽ドが訝しんでいると、40代の女性がスプンを持ったまま慌てた様子で両手を前に出して振った。
「ち、違うのよ。この人が一滴も零してないって言ったから気になっちゃって! 魔術でも使ってるのかしらって話していたのよ」
魔術……?
「魔術なんて使ってませんよ。三分の一くらい俺が飲んだんです。だから妹はおかわりしたんですよ」
「ええ!? ちょっと、やっぱり考え過ぎだったんじゃない!」
40代の女性が傷の男へ振り向けば、彼は顔を真っ赤にして彼女から目を逸らす。他の人はその姿を見て笑った。
「そうだ。俺、最近この町にやって来て、分からないことだらけなんです。良ければ教えてもらえませんか……?」
小麦肌の若い男が周囲の人と頷き合ってから言う。
「僕たちに答えられることなら答えよう。何でも聞いてくれ」
そう小麦肌の男が言えば、その場の全員の視線が楽ドに集まった。
40代の女性は子供の相手が嬉しいのか微笑えんでいて、おむすびの人は何を聞かれるのかとわくわくしており、傷の男は無言で観察してきて、渋い顎髭の男は煙草を吹かしながらも様子を窺ってくる、小麦肌の男は紳士的だが面倒くさいのか責めるような視線を向けてくる。
視線が集まるのは苦手だ……一人でいる人に話しかけた方が良かったかも。いいや、人が大勢いた方が情報を集めやすいよな。
「どうしてこの町では食糧の配給をしているんですか?」
「私たちの基地の本体はこの町よりずっと遠くにあるんだけどね、中くらいの基地なら近くにあるの。でもこの町では、仲間が大勢死んじゃったり、本体を強くするのためにそっちにお引越ししちゃう人達がいたりして、基地の中のご飯が余っちゃったのよ」
「本体に持って行かなかったんですか?」
「本体に運び終えた頃には食べ物が腐っちゃうし、何より運ぶ人が疲れちゃうのよ。時間もかかるから、置いていくことにしたのよ。でも私たちも食べきれないから、こうして町の人に配っているの」
「桜ヶ丘だけですか?」
「いいえ。海に近い町――東開町にも配っているわ」
「海に――……」
桜ヶ丘が《海に近い町》に入るなら、武軍がいる中央町(ちゅうおうちょう)の辺りも近いうちに入るんじゃないのか? いや、武軍は鹿児島中央駅が本体だし、軍隊の目的も別だ。それに食糧が余ることは……あったな。欲張り独り占めが得意の武軍様だからな。
「南栄軍は普通他のどの町にも配給をしていないと言うことなんですね? 桜ヶ丘と東開町だけが特別珍しい例だと……」
「え、ええ」
40代の女性は答えた後に、きょろきょろと周りを見てみんなと顔を合わせる。
「でもどうして中立の町なんかに……どうせなら自分の支配圏の町に配給した方が――……」
「ああ、それは――」
小麦肌の男が答えようとしたが、楽ドは「あ、ご飯の奪い合いになっちゃうのか……」と呟くと、小麦肌の男は目を見開いて身体を硬直させる。
楽ドは答えが分かったので別の質問をする。
「なんで桜ヶ丘と東開町みたいな――たぶん他にもあるんでしょうけど、そう言う人が少ない町があるんですか? ご飯が貰えると知ったら大勢で押し寄せて来そうなのに――……」
「それはな――」
渋い顎髭の男が答えようとしたが、楽ドは「海――そうか、ユヤだ」と呟く。
顎髭の男は面を喰らっている様子だったが、楽ドはそれに気が付かず、答えがわかったので別の質問をする。
「どこに行けばユヤの全体を見られますか? 海に近い町に行けば――側面は見えるだろうけど……確かお父さんが約85キロ平方メートルって言ってたような……桜島よりおっきいのか……? ああそうか、下荒田も鴨池新町はユヤの下だったな。だから海に近い町から抜かされていて……南栄はユヤからある程度距離があるから――でも落ちてきたなら津波くらい起きそうなのに。めちゃくちゃゆっくり落ちてきて振動が起きなくても、ユヤが海の水を押し退けて浸水しそう。でもそんな話聞いたことないし……――ユヤはもしかして、少し浮いてる?」
「――ッ!?」
大人たちが絶句している姿を見て、楽ドはハッとする。
「あ、いや、中心に軸があれば押しピンみたいに刺さって他が浮いてるとかですか? あーでもそれだと地割れとか起きそうだし逆に水位が下がっちゃうか。地割れが起きたとか水位が下がったって情報は逆に多すぎて……んー……ユヤが落ちる前にもたらした現象は今でも続いてるらしいし、変化も激しくて一定じゃない。原因も結果も仮定も結論も多すぎるんだ。どれも正しいがゆえに矛盾が生じて寧ろ証明にはならない。だからユヤが落ちた《後に》起きた現象が、本当にユヤが落ちた《から》起きた現象なのか分からない……。んー刺さってるか浮いてるかはもういいや、どっかその辺に置いといて。……でもやっぱりユヤが完全に落ちてたら津波くらいは起こるよな。じゃあギリギリのところで浮いてる可能性の方が高いのかな――……ん? あ、あああああ! 長話し過ぎた! 急がないと探検出来ない! ――遅くなり過ぎるとラ矢に食糧にされる!」
急に慌て始めた楽ドを見て大人たちが席を立ち、彼を止めようとするが、楽ドは「いろいろ教えてくれてありがとうございました! じゃ!」とさっさと駆け出して行ってしまった。
「……ほとんど前半しか教えてないんだけど」
40代の女性が呟けば、傷の男が笑い、座り直してから言った。
「……――――考え過ぎじゃ、なかっただろう?」
ざっと数えてみたけど、軍と俺たちを除いて大人は27人、高校・大学生くらいの人は7人、中学生6人、小学生以下子供は4人。総数44人か。俺たちのように別の町からやって来た人がいたなら、皆ここに留まると思うんだけどな。にしてはかなり少ない気がする
少ないからこそだろう、ほとんどの人が顔見知りだった。信用できる人もいたからラ矢や鵺トを預けて自由に動ける状況にできた。ご飯にも住処にも困らないからみんな心が穏やかなのだろう。
楽ドが離れるつもりがない、そして軍の大人たちが楽ドを追い出すつもりがないことを察して、40代の女性が自然に楽ドに話しかけた、
「ごめんなさいね。この人気が利かないでしょう? いくら余ってるからってスープをあんなギリギリまで入れて……。零さなかった? 火傷とかしてない?」
《この人》とは、彼女の隣にいる傷の男のことを指しているらしい。
「はい。むしろ助かりました。すごくお腹が空いていたので。妹はおかわりをしてましたよ」
「あら。妹がいるの? 食いしん坊なのね、かわいいわね~。良かったわ、気に入ってくれて。嬉しくなっちゃうわ。あなたも凄かったわね、ぴょんぴょん飛んでるのにスープを一滴も零さないんですもの」
「見ていたんですか……?」
武軍じゃないんだし彼らが俺たちを知っている筈もない……茶飯が南栄軍と仲良しこよしな筈がないしなぁ。何で見てたんだろう、と楽ドが訝しんでいると、40代の女性がスプンを持ったまま慌てた様子で両手を前に出して振った。
「ち、違うのよ。この人が一滴も零してないって言ったから気になっちゃって! 魔術でも使ってるのかしらって話していたのよ」
魔術……?
「魔術なんて使ってませんよ。三分の一くらい俺が飲んだんです。だから妹はおかわりしたんですよ」
「ええ!? ちょっと、やっぱり考え過ぎだったんじゃない!」
40代の女性が傷の男へ振り向けば、彼は顔を真っ赤にして彼女から目を逸らす。他の人はその姿を見て笑った。
「そうだ。俺、最近この町にやって来て、分からないことだらけなんです。良ければ教えてもらえませんか……?」
小麦肌の若い男が周囲の人と頷き合ってから言う。
「僕たちに答えられることなら答えよう。何でも聞いてくれ」
そう小麦肌の男が言えば、その場の全員の視線が楽ドに集まった。
40代の女性は子供の相手が嬉しいのか微笑えんでいて、おむすびの人は何を聞かれるのかとわくわくしており、傷の男は無言で観察してきて、渋い顎髭の男は煙草を吹かしながらも様子を窺ってくる、小麦肌の男は紳士的だが面倒くさいのか責めるような視線を向けてくる。
視線が集まるのは苦手だ……一人でいる人に話しかけた方が良かったかも。いいや、人が大勢いた方が情報を集めやすいよな。
「どうしてこの町では食糧の配給をしているんですか?」
「私たちの基地の本体はこの町よりずっと遠くにあるんだけどね、中くらいの基地なら近くにあるの。でもこの町では、仲間が大勢死んじゃったり、本体を強くするのためにそっちにお引越ししちゃう人達がいたりして、基地の中のご飯が余っちゃったのよ」
「本体に持って行かなかったんですか?」
「本体に運び終えた頃には食べ物が腐っちゃうし、何より運ぶ人が疲れちゃうのよ。時間もかかるから、置いていくことにしたのよ。でも私たちも食べきれないから、こうして町の人に配っているの」
「桜ヶ丘だけですか?」
「いいえ。海に近い町――東開町にも配っているわ」
「海に――……」
桜ヶ丘が《海に近い町》に入るなら、武軍がいる中央町(ちゅうおうちょう)の辺りも近いうちに入るんじゃないのか? いや、武軍は鹿児島中央駅が本体だし、軍隊の目的も別だ。それに食糧が余ることは……あったな。欲張り独り占めが得意の武軍様だからな。
「南栄軍は普通他のどの町にも配給をしていないと言うことなんですね? 桜ヶ丘と東開町だけが特別珍しい例だと……」
「え、ええ」
40代の女性は答えた後に、きょろきょろと周りを見てみんなと顔を合わせる。
「でもどうして中立の町なんかに……どうせなら自分の支配圏の町に配給した方が――……」
「ああ、それは――」
小麦肌の男が答えようとしたが、楽ドは「あ、ご飯の奪い合いになっちゃうのか……」と呟くと、小麦肌の男は目を見開いて身体を硬直させる。
楽ドは答えが分かったので別の質問をする。
「なんで桜ヶ丘と東開町みたいな――たぶん他にもあるんでしょうけど、そう言う人が少ない町があるんですか? ご飯が貰えると知ったら大勢で押し寄せて来そうなのに――……」
「それはな――」
渋い顎髭の男が答えようとしたが、楽ドは「海――そうか、ユヤだ」と呟く。
顎髭の男は面を喰らっている様子だったが、楽ドはそれに気が付かず、答えがわかったので別の質問をする。
「どこに行けばユヤの全体を見られますか? 海に近い町に行けば――側面は見えるだろうけど……確かお父さんが約85キロ平方メートルって言ってたような……桜島よりおっきいのか……? ああそうか、下荒田も鴨池新町はユヤの下だったな。だから海に近い町から抜かされていて……南栄はユヤからある程度距離があるから――でも落ちてきたなら津波くらい起きそうなのに。めちゃくちゃゆっくり落ちてきて振動が起きなくても、ユヤが海の水を押し退けて浸水しそう。でもそんな話聞いたことないし……――ユヤはもしかして、少し浮いてる?」
「――ッ!?」
大人たちが絶句している姿を見て、楽ドはハッとする。
「あ、いや、中心に軸があれば押しピンみたいに刺さって他が浮いてるとかですか? あーでもそれだと地割れとか起きそうだし逆に水位が下がっちゃうか。地割れが起きたとか水位が下がったって情報は逆に多すぎて……んー……ユヤが落ちる前にもたらした現象は今でも続いてるらしいし、変化も激しくて一定じゃない。原因も結果も仮定も結論も多すぎるんだ。どれも正しいがゆえに矛盾が生じて寧ろ証明にはならない。だからユヤが落ちた《後に》起きた現象が、本当にユヤが落ちた《から》起きた現象なのか分からない……。んー刺さってるか浮いてるかはもういいや、どっかその辺に置いといて。……でもやっぱりユヤが完全に落ちてたら津波くらいは起こるよな。じゃあギリギリのところで浮いてる可能性の方が高いのかな――……ん? あ、あああああ! 長話し過ぎた! 急がないと探検出来ない! ――遅くなり過ぎるとラ矢に食糧にされる!」
急に慌て始めた楽ドを見て大人たちが席を立ち、彼を止めようとするが、楽ドは「いろいろ教えてくれてありがとうございました! じゃ!」とさっさと駆け出して行ってしまった。
「……ほとんど前半しか教えてないんだけど」
40代の女性が呟けば、傷の男が笑い、座り直してから言った。
「……――――考え過ぎじゃ、なかっただろう?」
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