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ディノル
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大人の男――茶飯は、楽ドの父親の友人で、父と同じく武軍の部隊長を務める男である。そんな彼がたった一人で中立の町にいる状況は不思議でしかない。
「君の両親から南栄軍の動向がおかしいと聞いていたので、それを引き継いで調査していたのだ。ついでに君等を探して連れ帰るつもりだった」
「げ。最悪な相手に出会ってしまった!」
「今の状況を見てそれが言えるのか?」
茶飯の視線は楽ドを通り越して、真っ赤に染め上げられた道へと向けられている。
「――……! 茶飯、南栄軍を見張っていたと言うことは――」
「君は本当に7歳なのか……? そうだ。見ていたよ。全て」
「何があったんだ」
「逃げるんだ。楽ド。今すぐに。ここから離れたまえ」
「茶飯、答えになってないぞ!!」
楽ドがそう叫べば、茶飯は地面に片足をつき、楽ドと目線を合わせて言う。
「なっているだろう。血の量にしては肉塊が少ないとは思わなかったのか? その前に、辺りに肉塊だけしか残っていないことをおかしいと思わなかったのか? いや、まだ君は子供なのだし、私でも理解することに苦しんだ。私はこうして建物の影に隠れていたから、たまたま助かったのだ。姿を見られて、標的にされていたら、私は同じように液体にされている」
「え、液体って……」
「破壊されたのだ。目の前で。ここには二千人の人が集まっていた。武装した屈強な大人たちだ。形容するならトマトをプレス機に掛けた後、塊をミキサーに入れたような状態だろう。凄まじい力が加えられたことによって内部から破裂させ、さらに肉片に残り続けた力はその内部を爆発させる。それが連鎖的に起こり、血だまりの一部に変化してしまったのだよ。最初は何もわからなかった。何が起きたのかさっぱりだったさ。瞬きをしただけで人々が血の雨に変わっていたのだ」
信じられないような話だが、あの血の量と鮮度、人の形を保っている死体が一切存在しない血の海を見た後では、信じるしかなかった。
「い、一体誰がそんなこと――……」
「軍隊に一人の子供が近づいたのだ。話をした後、一人の男が銃を向けた。殺気立っていたのだろう。私はもっと離れた場所にいたので助けに入れなかった、いや、そう言い訳をして見殺しにしようとした。――……………………まだ、いたのではないか?」
「…………あの子が?」
楽ドは今度こそ、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、無意識にゆっくりと首を横に振った。
「見たのか?」
「詳しくは分からなかったけど……でも」
楽ドは震える手をギュッと握りしめてから、キッと目を吊り上げて、茶飯を睨みつけた。
「俺と同い年くらいの子供が、あんなこと出来る筈ないだろ!! 犯人は別にいるんだ!! もしかしたらユヤみたいな未知の兵器かもしれないじゃないか!」
「もしかしたらその子が犯人かもしれないだろう」
茶飯の冷静な返しに対して、楽ドは批判的な目を向ける。
「違うかもしれないんだろ!? 助けないと――!!」
「待つんだ楽ドッ!!」
走り出そうとした楽ドの肩を、茶飯が掴んで止めれば。楽ドはその手を振り払って、茶飯を軽蔑するように言い放った。
「俺は見殺しにはしないッ!! お前たちとは違うッ!!」
茶飯は言葉をなくして、楽ドに払われた手を震わせる。茶飯は離れていく背中に手を伸ばすことも声を掛けることも出来なくなった。
楽ドは建物の影から飛び出して道に出ると、さっきの子供の姿を探した。
「……っ、いた……!」
子供はすぐに見つかり、楽ドはただ助けると言うことだけを心の中で復唱しながら走った。まるで祈るように。
崩壊していたらしい一つのビルの前、その瓦礫の上に子供は立っている。近付いていくにつれて、少しずつ情報が入ってくる。黒いジャンパーに黒いズボン、黒いブーツと、全身真っ黒な服装だ。その割に、肌は光を放つほどの白さだった。顔や頭はよく見えなない、ジャンパーのフードを被っているみたいだ。
楽ドは子供のすぐ傍までやって来たが、子供は楽ドに背中を向けていて、気づいていないらしい。
瓦礫の下に辿り着いて息を切らしていると、小さめの歌声が聞こえてくる。
瓦礫なんかに上って何をしてるんだろうと思ったが、歌を歌っていたらしい。のんきに歌なんか歌っている状況ではないだろうに。
「お、お前……! こっちに来い!」
歌が止んで、子供がこちらに振り返る。
「一緒に逃げ――…………」
楽ドは続きの言葉を忘れて、魂が抜けたかのように立ち尽す。
この世のモノとは思えない美しさだった。
フードから覗く子供の顔は、まるで空中に浮いているように見えた。
光に当たり輝きを放つ空色の髪が、さやさやと風に揺れる。
桜と空を見た時のような晴れやかな印象の、透き通るような瞳がこちらを見ている。
長い睫毛が頬に影を落とした時、振ったばかりの雪のように白く透明な肌に目を奪われる。
―――――――――天使だ。
―――――――俺たち人類を滅ぼすために、舞い降りたんだ……。
「君の両親から南栄軍の動向がおかしいと聞いていたので、それを引き継いで調査していたのだ。ついでに君等を探して連れ帰るつもりだった」
「げ。最悪な相手に出会ってしまった!」
「今の状況を見てそれが言えるのか?」
茶飯の視線は楽ドを通り越して、真っ赤に染め上げられた道へと向けられている。
「――……! 茶飯、南栄軍を見張っていたと言うことは――」
「君は本当に7歳なのか……? そうだ。見ていたよ。全て」
「何があったんだ」
「逃げるんだ。楽ド。今すぐに。ここから離れたまえ」
「茶飯、答えになってないぞ!!」
楽ドがそう叫べば、茶飯は地面に片足をつき、楽ドと目線を合わせて言う。
「なっているだろう。血の量にしては肉塊が少ないとは思わなかったのか? その前に、辺りに肉塊だけしか残っていないことをおかしいと思わなかったのか? いや、まだ君は子供なのだし、私でも理解することに苦しんだ。私はこうして建物の影に隠れていたから、たまたま助かったのだ。姿を見られて、標的にされていたら、私は同じように液体にされている」
「え、液体って……」
「破壊されたのだ。目の前で。ここには二千人の人が集まっていた。武装した屈強な大人たちだ。形容するならトマトをプレス機に掛けた後、塊をミキサーに入れたような状態だろう。凄まじい力が加えられたことによって内部から破裂させ、さらに肉片に残り続けた力はその内部を爆発させる。それが連鎖的に起こり、血だまりの一部に変化してしまったのだよ。最初は何もわからなかった。何が起きたのかさっぱりだったさ。瞬きをしただけで人々が血の雨に変わっていたのだ」
信じられないような話だが、あの血の量と鮮度、人の形を保っている死体が一切存在しない血の海を見た後では、信じるしかなかった。
「い、一体誰がそんなこと――……」
「軍隊に一人の子供が近づいたのだ。話をした後、一人の男が銃を向けた。殺気立っていたのだろう。私はもっと離れた場所にいたので助けに入れなかった、いや、そう言い訳をして見殺しにしようとした。――……………………まだ、いたのではないか?」
「…………あの子が?」
楽ドは今度こそ、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、無意識にゆっくりと首を横に振った。
「見たのか?」
「詳しくは分からなかったけど……でも」
楽ドは震える手をギュッと握りしめてから、キッと目を吊り上げて、茶飯を睨みつけた。
「俺と同い年くらいの子供が、あんなこと出来る筈ないだろ!! 犯人は別にいるんだ!! もしかしたらユヤみたいな未知の兵器かもしれないじゃないか!」
「もしかしたらその子が犯人かもしれないだろう」
茶飯の冷静な返しに対して、楽ドは批判的な目を向ける。
「違うかもしれないんだろ!? 助けないと――!!」
「待つんだ楽ドッ!!」
走り出そうとした楽ドの肩を、茶飯が掴んで止めれば。楽ドはその手を振り払って、茶飯を軽蔑するように言い放った。
「俺は見殺しにはしないッ!! お前たちとは違うッ!!」
茶飯は言葉をなくして、楽ドに払われた手を震わせる。茶飯は離れていく背中に手を伸ばすことも声を掛けることも出来なくなった。
楽ドは建物の影から飛び出して道に出ると、さっきの子供の姿を探した。
「……っ、いた……!」
子供はすぐに見つかり、楽ドはただ助けると言うことだけを心の中で復唱しながら走った。まるで祈るように。
崩壊していたらしい一つのビルの前、その瓦礫の上に子供は立っている。近付いていくにつれて、少しずつ情報が入ってくる。黒いジャンパーに黒いズボン、黒いブーツと、全身真っ黒な服装だ。その割に、肌は光を放つほどの白さだった。顔や頭はよく見えなない、ジャンパーのフードを被っているみたいだ。
楽ドは子供のすぐ傍までやって来たが、子供は楽ドに背中を向けていて、気づいていないらしい。
瓦礫の下に辿り着いて息を切らしていると、小さめの歌声が聞こえてくる。
瓦礫なんかに上って何をしてるんだろうと思ったが、歌を歌っていたらしい。のんきに歌なんか歌っている状況ではないだろうに。
「お、お前……! こっちに来い!」
歌が止んで、子供がこちらに振り返る。
「一緒に逃げ――…………」
楽ドは続きの言葉を忘れて、魂が抜けたかのように立ち尽す。
この世のモノとは思えない美しさだった。
フードから覗く子供の顔は、まるで空中に浮いているように見えた。
光に当たり輝きを放つ空色の髪が、さやさやと風に揺れる。
桜と空を見た時のような晴れやかな印象の、透き通るような瞳がこちらを見ている。
長い睫毛が頬に影を落とした時、振ったばかりの雪のように白く透明な肌に目を奪われる。
―――――――――天使だ。
―――――――俺たち人類を滅ぼすために、舞い降りたんだ……。
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