リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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エンタイア

11 ※BL?あり

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 ゼノはアリシアに会いに行くようになってから、青年に貰ったネックレスを外していた。
地下室のベッドに置き去りにされたネックレスが怪しく煌めき、その中に地下室の様子を映した。

「置いていったらダメじゃないか」

 青年の呟きは雑踏に消え、青年は路地裏へと姿を消す。何度も角を曲がり、辿り着いた先の路地裏店のラーメン屋に入る。
「いらっしゃい」
「とんこつチャーシューあっさり太麺硬め煮卵二つ」
 こだわりのラーメンを頼んで待っていると、「塩ラーメンください」一人の女性が店主に注文して、青年と同じ机の向かいの席にやってくる。
女性は青年の顔を見るなり言った。
「あなたは! 先日はすみませんでした」
「どちら様ですか」
「覚えてないんですか、なら思い出さなくていいや」
 白い瞳、短い髪の美しい女性だった。青年は、あ……と思い出したが、それを伝えはしなかった。
「私、國哦伐くにがうつ白州しらすって言います」
 白州が名乗り、青年に挨拶するが、青年の反応はない。
「國哦伐って言ったらみんな驚くのに」
「驚く?」
「珍しい苗字でしょう?」
「驚かせたくて名乗るんですか」
 青年の質問には答えないつもりらしい。
 白州は漬物を小皿に乗せて食べていく。
 食べるのに夢中なだけか。
「貴方の名前は?」
 白州は口をもぐもぐさせながら聞く。
碧徒あおとです」
 と青年が答えると同時に、新たな客が二人入って来た。
 9歳くらいの少年二人だった。
赤銅色の髪に白と青のメッシュの入った少年と、空色の髪の浮世離れした美しさを持つ少年だ。
 白州の声より、二人の会話が碧徒の耳に入って来る。
「何食べる?」
 二人はカウンター席に座り、空色の髪の少年が店主に言う。
「とんこつチャーシューあっさり太麺硬め煮卵二つ」
「お前いつもそれだな。俺チーズ煮卵ラーメン」
 空色の髪の少年が頼んだ品がすぐに出てきて、それを少年は受け取ろうとするが、顔のすぐ横――後ろから腕が伸びてきて、ギョッとする。
「はは、あんちゃんのはまだね」
 と店主に笑われ、空色の髪の少年はじっと固まる。
「どうかしたか?」
「いや、なんか……。――…………あのっ」
 空色の髪の少年が振り返るが、そこには碧徒の姿はなく、ラーメンを貪り食う白州しかいなかった。
「あの、さっきの人は」
「さあ、用事があるって帰っちゃったわ。もうお腹いっぱいなんですって、なんで来たのかしら」
 二人の少年に頼んだラーメンが来て、相当お腹が空いていたのか赤銅色の髪の少年ががっついて食べる。
 次の瞬間、顔が真っ赤っかに染まり、胸を拳でとんとんと叩き出す。
「死ぬ、死ぬ」
 結露が滴るお冷を引っ掴んで、ごくごくと水を飲み干していく。
「っはぁ~! 食いすぎた」
「ふふふ、顔真っ赤だったぞ」



        ◇◇◇



 はあ、はあ、いい香りだった。
 間近で。
 声が。
 ああ、やっぱりいい。
 あの店はいい。
 また会える。
 今度は何処だ。
 彼が行きそうなところ。
 明日はジャンクだ。
 そうに違いない。
 また来ないと。
 にしたってあの隣の奴はいつも一緒にいるな……。
 ……どうして君にだけそんな……。
 ずるい……ずるい。
 なぜ僕にはないんだ。
 なぜ僕じゃないんだ。
 どうして君になれないんだ。
 なぜ君になれないんだ。
 どうしてなんだ。
 なぜなんだ。
 はあ。はあ。
 はあ。はあ。はああああ。
 あああ。
 あの瞳……髪の触り心地。
 美しさ。
 触れられた。
 触れられないと思ったのに。
 素晴らしい。
 はあ。
 はあ。
 碧徒は少年の髪へ僅かに触れた指をしゃぶり出す。身体を抱きしめ、息を荒げ、下の方に手を伸ばそうとした時だった。
「お~い!」
 白州が追いかけて来て、それは中断される。異常な表情はすぐに優しい笑みに変わり、興奮しきっていた様子も落ち着いていた。
「ラーメンは?」
「もう食べました!」
「はやいね」
 白州はえっへんと胸を張ってから。「そうだ」とメモ帳を取り出してペンを持ち、書く準備をする。
「周辺に叫ぶ人とかいません? 突然窓が割れたとか皮膚が切れたとかありません!?」
「さあ、知らないですね」
 そう答えた瞬間――後方からバリバリバリバリバリンッと複数の炸裂音がして、後から窓の割れた音だと気がつく。
 叫び声が聞こえた時には、白州に手を引っ張られ、何故か現場へ向かうはめになってしまった。
 窓どころか町の広域に亀裂が入り、家々の壊れる音や人々の叫び声が複雑に混じり合い、町中が悲鳴をあげていた。
 碧徒と白州は圧倒的な力を目にして動けない。
 あの空色の髪の少年がその場に駆け付けると、白州は、さっきの子……と考え、知り合いらしかった碧徒を見ようとするが、彼は既に姿を消した後だった。
 少し歩いた先で、碧徒はスマホで通話をしていた。
「ヒグナル、いい標的を発見したよ」
「――やはりヒグナルと繋がっていたか」
「……っ!」
 碧徒は目を見開き驚いて、無意識のうちに通話を中断する。
 振り返ると、あの空色の髪の少年が数歩先に立っており、碧徒は目を輝かせながら言った。両手を広げながら近づくと、相手は後退する。
「やあ、よく分かったね」
「視線を感じた。あの気味の悪い視線はお前しかいない」
 一瞬で距離を詰め、頬を撫でれば、相手はびくりと動きを止め、されるがままになる。片方は愛おしそうに眺め、片方は睨みつけ、見つめ合う。
「殺さないのかい? すぐに飛び掛かってくると思っていたのに」
 相手は何も答えない。今すぐにでも殺したいと言わんばかりに、憎しみの込められた目で睨みつけてくるだけだった。
「遠くから見ているだけじゃ分からなかったよ。また綺麗になった。大きくなったね」
「お前は変わらないな。ちょっと背が高くなったか?」
「それ変わってるって言わないのかい?」
 碧徒は笑いながら、少年の身体へ手を移し触り続ける。逃げようとする彼を腕の中に抱き締め、その体臭を執拗に嗅いだ。
 この香りだ。この温もりだ。
「何をしている?」

 この、声だ。

 少年の柔らかな頬に唇を沈めて、碧徒は身体を離した。すぐ様背を向け、異常な表情を隠そうとする。
「また会おう」
「ま、待て!」
 少年が腕を掴むと、背を向けながら、碧徒は言う。
「君の笑顔が見たかった。君の力を見たかった」
 少年はそんなことには興味がないと言いたげに聞いている。
「君と生きる為に。僕は緑龍子で薄めた君の中で過ごした。そうしてやっと、君に近付いた。こんな風に引き止められたら、離れがたくなってしまうよ」
 少年の手は振り払われ、逆に碧徒に手首を掴まれる。
 強い力に引き摺られ、路地裏へ連れ込まれる。服を脱がしながら肌に直接触れてくる碧徒の手の体温を感じ、少年は真っ青になって鳥肌を立て、碧徒を両手で突き飛ばし、横っ腹に蹴りを喰らわせた。
 薙ぎ倒され、壁にもたれかかり地面に倒れる寸前になっている碧徒を放ったらかし、少年は服を整えながら――慌てふためきながら去って行く。
「あはははは! はぁぁぁぁはっは、はっはっはっはっはっは!!」
 碧徒は狂ったように笑い声を上げるが、手の下に隠れた顔は無表情だった。
 碧徒はその後、ある島の、ある建物へ向かった。
 突然の訪問に電話の相手だった男は驚いていたが、碧徒の触れてはいけない様子に彼を迎え入れた。
 碧徒はゼノの部屋へ入り、冷めやらぬ興奮をゼノで払った。
 しばらくして、白い肌を隠すように碧徒は服を羽織る。
「聖唖くんじゃない」
 碧徒は床へ倒れたまま息を上げているゼノに、冷たくそう言い放った。
「まだだめだ。声の出し方も表情も態度も身体も、全くの別物じゃないか」
 説教を聞きなら、ゼノは目に涙を溜める。
「顔と声、身体つきに匂いまでも完璧なのに、どうして」
 ゼノの頬に手の甲で触れ、撫で上げると湿った感触が伝わってくる。
「君は失敗作だけど、外見だけは誰よりも似せられた。ヒグナルに知恵を借りよう。もしかしたら、僕だけじゃ考えもつかない方法を知っているかもしれない」
 碧徒はそう言ってその場を後にし、ゼノは身体を自分の腕で抱き締め震える。
 あの男が、ヒグナルと本格的な協力関係になってしまえば、オレは会ったこともない別人になってしまうかもしれない。
 オレという存在が死んでしまう。
 オレの外見も声も完璧、とあいつは言った。
 あと調整する場所は、仕草と内部・精神状態だけだ。
 《聖唖くん》に考え方が近づけば近づくほど、オレはそれらしくなり、完璧な存在になる。
 逃げなければ。
 透過だけではダメだ。
 もっと、誰も思いつかないような。
 そんな方法を考えなければ。
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