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イルヴルヴ
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しおりを挟む最期の実験は終了していた。
アシャは拘束を解かれ台の上に寝そべり、誰もいない研究室で泣き続ける。嗚咽は洩らさなかった。ただ涙が流れていた。
アシャは口角を上げた。
何の意味もない笑いだった。
アシャは目を伏せた。
何の意味もない嘆きだった。
アシャは涙を流した。
何の意味もない涙だった。
アシャは怒りを露わにした。
何の意味もない破壊行為だった。
アシャは開いた傷口を押さえ倒れ込んだ。
何の意味もない自殺行為だった。
アシャは涙を流した。
何の意味もない涙だった。
アシャは微笑みを浮かべた。
何の意味もなく、いつも微笑みを浮かべるようになっていた。
アシャは自由になった。
ユヤへ乗せられ。
もう何も残っていない。
あの町へ下ろされた。
空と地面だけの。
鹿児島市へ。
◇◇◇
最初に居場所となった町・鹿児島市。
黒く焼け焦げた大地と、いまだに残る建物や人間の灰。
晴天の、濃い天色の、空が美しかった。
聖茄とアシャは、その空の下で再会していた。
聖茄は状況が理解できていないアシャの胸元のネックレスを人差し指で指し示した。
「このネックレスは君のものだ。これは愛する者に与える物らしい、私は君を愛してる」
「聖茄。急にどうしたんだ」
「離れていても忘れない。君を忘れたりなんかしない」
「何の話だ聖茄」
聖茄は寂しそうな表情を浮かべ、困ったように笑った。
「また会おう。セイナ」
アシャの目から涙が溢れる。
聖茄はユヤへと続く橋をゼルベイユと共に上がっていく。
アシャ――セイナは彼へ手を伸ばし、走り出そうとしたところを警備員たちに止められた。
それを振り払い、アシャは橋を上がろうとしたが、彼は振り返らない。
彼が橋を登りきると、橋は上からだんだんと光の粒を震わせて、散っていく。
震える地面は、砕け散り、セイナは空中へと落ちた。
去っていくユヤを眺めながら、落ちていく。
………………行かないでくれ。
地面に落ち、セイナは全身を骨折し、動けずにいた。
緑龍子が身体を治していく。
もう誰も助けてくれはしない。
もう、別に死んだっていい。
…………もう、いいんだ。
アシャは寂しさと悲しさだけが漂った暗転した世界へと落ちていった。
◇◇◇
5号は緑龍子と聖茄の血液の成功体。
4号は同じく、5号より聖茄の血液が少し多めの成功体。
3号は黒龍子と聖茄の血液の成功体。
2号は青龍子と黒龍子、わずかな赤龍子と聖茄の血液の成功体。
それに比べて、聖茄はまだ未完成体だった。
彼の親が作った緑龍子、黄龍子、赤龍子、青龍子、白龍子、黒龍子、そのすべてを受け継ぐ子供。そのすべてをまだ吸収できていない子供。
完全な人間の身体になるまで。
完全な人間として生まれるまで。
まだ時間が掛かる。
「眠たいの?」
ユヤに戻ってから研究者たちと廊下を歩き、子供のカプセルがある部屋へ向かっていた。ゼルベイユがそう聞いたのは、子供が眠たそうに目元を擦っていたからだった。
徐々に、徐々に。
目は開かれなくなっていき、ふらついてくる。
「まだ目覚める時じゃないんだ……」
そう言ったのは子供だった。
金魚鉢のようなカプセルのある部屋へ着き、聖茄がそこへ入ろうとする。
ゼルベイユは涙目になって、子供の両肩を掴んで揺すった。
「待って、まだ起きていて」
ゼルベイユは子供を抱き締める。
「愛してるんだ」
「分からない……」
ゼルベイユは泣き出し、彼に訴えた。
本来の子供らしさが現れる。
「ずっと君が目を覚ますのを待っていたのに。好き、好きだ、愛してるんだ」
子供は彼の胸を突き放そうとしている。
「好き、好きだ、愛してるんだ。絶対に、今度こそ、約束を守るから」
ゼルベイユは子供の白い額に誓いの口づけをする。
子供は戸惑い、彼の胸を突き放し拒絶した。
子供はカプセルの中に入り、目をゆっくりと閉じていく。
カプセルの扉が閉じていくのに手を伸ばせば、傍にいた研究者たちに掴まり、離される。
「君の、君の名前はなんて――……!!」
子供は既に眠りについた後だった。
ゼルベイユはその後もずっと子供の傍から離れなかった。
両手を付けてこの世で最も美しい彼のことを眺め続ける。
そうしていたら研究者たちの会話が聞こえてくる。
「いつまで眠るんだ」
「さあ、分からないが数百年は先だろう」
「永い眠りによって今回の出来事の記憶も薄れていくだろうな」
「ああ。記憶は完全に消えるだろう」
ゼルベイユは会話を聞いて、カプセルの中の子供を見つめながらつぶやいた。
「僕は忘れない……」
君が永遠に生きて僕と過ごした時間を忘れていってしまうと言うのなら。
同じ存在になって君と永遠に生きてみせる。
緑色の液体に、赤い光が反射する。
サイレンが鳴り、研究者たちのざわめきが大きくなった。
そこへ、警備員の男が一人飛び込んでくる。
「1号が、1号が多くの実験体を放って逃げ出した!!」
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