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イルヴルヴ
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ユヤのカプセルの中へ入れられ、緑龍子の液体中に漂うアシャ。
カプセルのガラスに両手を付けて、聖茄はずっとアシャの傍から離れなかった。ゼルベイユは実験が忙しいのか偶にしか来なかった。ゼルベイユはその度に聖茄を別の場所へ連れて行こうとしたが、聖茄はそれを拒絶した。
アシャには意識があった。
出来るだけ聖茄を安心させようと笑いかけるよう心掛けた。
聖茄は感情のない表情でそれを眺める。しかし瞳からは心配と寂しさが伝わって来た。アシャは聖茄の頭を撫でようと手を伸ばす。伸ばしてから、ああ、と思った。
自分と聖茄を隔てるガラスが憎らしかった。
内側だ。
これが内側だった。
何故あの時戻りたいと思ったのだろう。
やはりここは嫌いだ。
出たい。内側から。
まるで、まだこの世界に生まれてはいない、胎児のようだ。
聖茄が眠たそうにし、やがて眠りについた頃、ゼルベイユはやって来た。彼は聖茄の額にキスをして、聖茄を連れて行こうとする。
大人の研究者がやって来て、それを手伝った。
呼び止めようと、言葉を話そうとして、ゴポゴポと自分の口から泡が出て言った。
ガラスを何度も叩き付ける。
ガラスと自分の身体に纏わり付く管を食べようとして、それに歯がカツンと当たるだけだと気が付いた。アシャの力はゼルベイユの実験で押さえつけられてしまったらしい。
変身して聖茄を連れ戻すことも考えたが、約束は破られてしまうだろう。
ゼルベイユの背中と、研究者の腕で横抱きにされる聖茄の姿、そしてそれを遠ざけていく研究者の背中。
アシャにはそれを見つめることしか出来なかった。
それから聖茄はやって来ず、数日経ったある日、ゼルベイユがやって来た。ゼルベイユはアシャのカプセルの前に立ち言った。
「聖茄くんは君に会いたがっている。君がいると彼は暴れまわる。だから、君はユヤから降ろすことにしたよ」
聖茄と離れるくらいなら内側の方がマシだ。
……そう言いたかったが、アシャは話すことが出来ない。
ゼルベイユはそれを見て、にっこりと、ルイスと似た笑みを浮かべた。
「似合っているよ。今の君の姿は美しい」
去ろうとするゼルベイユを見て、アシャはガラスをドンッドンッと叩く。ゼルベイユは少し振り返り、横顔を見せる。
ちらりとアシャを見てから、口角を上げる。
「最後の実験だ。君の中の3号と2号の力を取り除かせて貰う。それで君は用済みだ」
◇◇◇
ユヤが降りた場所は、肝付町だった。
アシャが初めて外の世界に触れた場所だ。
人体実験をされた生き物たちの逃げ場所。
その森の一角であるルイスの小屋へアシャは運びこまれた。
「ここで……いったい何を」
台の上へ拘束されたアシャが問う。
「実験だよ。ここで最後の実験を行う。家具は運び出したし、機材は運び込まれている。心配することはない」
「君もここに?」
「いいや、僕には僕の実験がある」
「そうか」
「何故残念そうにする」
「君は……少し安心するんだ」
ゼルベイユは静かに笑う。
「ルイスに似ているからかな?」
「ああ」
「そんなに似てるかな」
「ああ。まるで生き写しのようだ」
「確かに、愛する者に一途なところはそっくりかもね」
去ろうとしていたゼルベイユは気が変わった、とアシャに振り返り、ハサミを手に持つ。
「君の身体を構成するのは緑龍子だ。聖茄くんには程遠い、失敗作だ」
「…………何をする気だ」
「最初の実験だけ相手をしてあげよう」
「何……!?」
ゼルベイユはアシャの服を切り開き、肌を露出させる。そこへ、メスの刃を滑らせた。青い血が少しばかり暴れ、ほんの僅か皮膚を飲み込む。それを見てゼルベイユは呟いた。
「君もいずれ傷を負わないように強くなった方がいい」
「何の話だ」
「今は分からなくてもいつか分かるさ。成功体を食べれば君は聖茄くんと同じになれる」
アシャは痛みに顔を歪めながら言った。
「私はもう2度と生命を食べはしない」
「食事はするだろう?」
ゼルベイユは中に手を突っ込み、何かを探すようにぐちゅぐちゅと音を立てる。
「……人の姿をしたモノは食べない」
「随分変わりやすい立派な心掛けだ」
「仕方がないだろう。お腹は空く」
「君の空腹は異常だと聞いたよ」
「今はかなり収まっている気がしているがふとした時に甦る、例えば――」
「――血の匂いを嗅いだ時」
アシャはビクンと身体を揺らす。
むせかえるような甘い匂いが自分の中(内臓)からしたからだ。
「君は確かに何モノも喰らい吸収する力を持つ。でも君は中途半端な未完成品だ」
「ど……う言う、ことだ……」
アシャの内臓の一部から、分解しきれない血液や肉体が塊となり結晶化し、内臓と結合していたモノが取り出される。
黒と青とわずかに赤の混じる黒の結晶だった。
ゼルベイユはそれを引き抜く。その際、臓器が引き千切られ、赤と青の血がこびり付いてくる。
「吸収出来ずに君の中に生き続けた2号と3号の魂だ」
アシャは息を呑み、目を見開く。
「…………取り出さないでくれ」
「うん?」
「2号だけは……取り出さないでくれ」
「…………それは無理だ。彼が一番重要だ」
ゼルベイユは去っていった。
その代わりに、研究者たちが次々と小屋の中へ入ってきて、ゴム手袋をしてアシャの中をいじる、次々と結晶を掴み抜き取っていった。
結晶を引き抜かれる際、アシャは悲鳴に似た嘆きの声を上げ続けた。
「やめて……くれ、やめてく……うっ」
口に布を噛ませられる。
どんどん体内から出て行く、彼を。
ただ眺めて。
アシャは涙を押し流した。
カプセルのガラスに両手を付けて、聖茄はずっとアシャの傍から離れなかった。ゼルベイユは実験が忙しいのか偶にしか来なかった。ゼルベイユはその度に聖茄を別の場所へ連れて行こうとしたが、聖茄はそれを拒絶した。
アシャには意識があった。
出来るだけ聖茄を安心させようと笑いかけるよう心掛けた。
聖茄は感情のない表情でそれを眺める。しかし瞳からは心配と寂しさが伝わって来た。アシャは聖茄の頭を撫でようと手を伸ばす。伸ばしてから、ああ、と思った。
自分と聖茄を隔てるガラスが憎らしかった。
内側だ。
これが内側だった。
何故あの時戻りたいと思ったのだろう。
やはりここは嫌いだ。
出たい。内側から。
まるで、まだこの世界に生まれてはいない、胎児のようだ。
聖茄が眠たそうにし、やがて眠りについた頃、ゼルベイユはやって来た。彼は聖茄の額にキスをして、聖茄を連れて行こうとする。
大人の研究者がやって来て、それを手伝った。
呼び止めようと、言葉を話そうとして、ゴポゴポと自分の口から泡が出て言った。
ガラスを何度も叩き付ける。
ガラスと自分の身体に纏わり付く管を食べようとして、それに歯がカツンと当たるだけだと気が付いた。アシャの力はゼルベイユの実験で押さえつけられてしまったらしい。
変身して聖茄を連れ戻すことも考えたが、約束は破られてしまうだろう。
ゼルベイユの背中と、研究者の腕で横抱きにされる聖茄の姿、そしてそれを遠ざけていく研究者の背中。
アシャにはそれを見つめることしか出来なかった。
それから聖茄はやって来ず、数日経ったある日、ゼルベイユがやって来た。ゼルベイユはアシャのカプセルの前に立ち言った。
「聖茄くんは君に会いたがっている。君がいると彼は暴れまわる。だから、君はユヤから降ろすことにしたよ」
聖茄と離れるくらいなら内側の方がマシだ。
……そう言いたかったが、アシャは話すことが出来ない。
ゼルベイユはそれを見て、にっこりと、ルイスと似た笑みを浮かべた。
「似合っているよ。今の君の姿は美しい」
去ろうとするゼルベイユを見て、アシャはガラスをドンッドンッと叩く。ゼルベイユは少し振り返り、横顔を見せる。
ちらりとアシャを見てから、口角を上げる。
「最後の実験だ。君の中の3号と2号の力を取り除かせて貰う。それで君は用済みだ」
◇◇◇
ユヤが降りた場所は、肝付町だった。
アシャが初めて外の世界に触れた場所だ。
人体実験をされた生き物たちの逃げ場所。
その森の一角であるルイスの小屋へアシャは運びこまれた。
「ここで……いったい何を」
台の上へ拘束されたアシャが問う。
「実験だよ。ここで最後の実験を行う。家具は運び出したし、機材は運び込まれている。心配することはない」
「君もここに?」
「いいや、僕には僕の実験がある」
「そうか」
「何故残念そうにする」
「君は……少し安心するんだ」
ゼルベイユは静かに笑う。
「ルイスに似ているからかな?」
「ああ」
「そんなに似てるかな」
「ああ。まるで生き写しのようだ」
「確かに、愛する者に一途なところはそっくりかもね」
去ろうとしていたゼルベイユは気が変わった、とアシャに振り返り、ハサミを手に持つ。
「君の身体を構成するのは緑龍子だ。聖茄くんには程遠い、失敗作だ」
「…………何をする気だ」
「最初の実験だけ相手をしてあげよう」
「何……!?」
ゼルベイユはアシャの服を切り開き、肌を露出させる。そこへ、メスの刃を滑らせた。青い血が少しばかり暴れ、ほんの僅か皮膚を飲み込む。それを見てゼルベイユは呟いた。
「君もいずれ傷を負わないように強くなった方がいい」
「何の話だ」
「今は分からなくてもいつか分かるさ。成功体を食べれば君は聖茄くんと同じになれる」
アシャは痛みに顔を歪めながら言った。
「私はもう2度と生命を食べはしない」
「食事はするだろう?」
ゼルベイユは中に手を突っ込み、何かを探すようにぐちゅぐちゅと音を立てる。
「……人の姿をしたモノは食べない」
「随分変わりやすい立派な心掛けだ」
「仕方がないだろう。お腹は空く」
「君の空腹は異常だと聞いたよ」
「今はかなり収まっている気がしているがふとした時に甦る、例えば――」
「――血の匂いを嗅いだ時」
アシャはビクンと身体を揺らす。
むせかえるような甘い匂いが自分の中(内臓)からしたからだ。
「君は確かに何モノも喰らい吸収する力を持つ。でも君は中途半端な未完成品だ」
「ど……う言う、ことだ……」
アシャの内臓の一部から、分解しきれない血液や肉体が塊となり結晶化し、内臓と結合していたモノが取り出される。
黒と青とわずかに赤の混じる黒の結晶だった。
ゼルベイユはそれを引き抜く。その際、臓器が引き千切られ、赤と青の血がこびり付いてくる。
「吸収出来ずに君の中に生き続けた2号と3号の魂だ」
アシャは息を呑み、目を見開く。
「…………取り出さないでくれ」
「うん?」
「2号だけは……取り出さないでくれ」
「…………それは無理だ。彼が一番重要だ」
ゼルベイユは去っていった。
その代わりに、研究者たちが次々と小屋の中へ入ってきて、ゴム手袋をしてアシャの中をいじる、次々と結晶を掴み抜き取っていった。
結晶を引き抜かれる際、アシャは悲鳴に似た嘆きの声を上げ続けた。
「やめて……くれ、やめてく……うっ」
口に布を噛ませられる。
どんどん体内から出て行く、彼を。
ただ眺めて。
アシャは涙を押し流した。
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