リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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イルヴルヴ

15

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 聖茄は数か月島に滞在した。
 島は広く、施設は地下に存在している、アシャを見つけだすことは困難だった。
 ヴァラヴォルフたちにも襲われたが、聖茄に勝てる者はいなかった。
 聖茄の暮らす倒れた空洞の大クスの傍に、木の実や動物の肉などの食材が置かれているのを聖茄は発見する。
 おそらく2号の仕業だろう。聖茄はまだ信じられていないようで、それを食べようとはしない。
ふるえ様~」
 アシャと似た金の髪のヴァラヴォルフの少女が森の中を駆け、震――灰色の髪の男の元に走ってくる。聖茄は大クスの中に身を潜めた。
 少女は聖茄より年上に見えるが、聖茄の方が見た目だけ幼く、本来は年上だ。
 ちなみに聖茄はアシャより年上だが、聖茄の方が精神年齢は低いだろう。
「震様、今日は祭りが開かれますよ。人間たちが血を与えてくれるそうです」
「誰から聞いたんだ栽我さいが?」
「兄貴です!」
「そっか。楽しみだ」
 震と少女――栽我が話していると、黒く長い髪を後ろで三つ編みに纏めた青年がやってくる。
「震様~もうすぐ祭りが始ま――……栽我!! てめえなんでこんなところにいる」
「兄貴こそ何しに来たんだよ!!」
「ああん!? 俺は震様に祭りのことを伝えに――」
「祭りのことなら栽我から聞いたぞ、くつわ
「チッ……」
 兄妹仲が悪く、よく震を取り合った。
 震は二人に連れられ、祭りへ向かった。
 聖茄は彼らの後を追いかける。
 聖茄はアシャのことをいつも考えていた。
 何をされているんだろう。
 無事だろうか。
 今どこにいるんだろう。
 ……と。
 一緒に過ごした日々が遥か昔に感じる。

 アシャに会いたい。

 沈んでいる聖茄を他所に、栽我と轡は目を合わせ、そして震を見て言った。
「実験体たち、施設には人っ子一人いやしないし、別の島の研究基地に連れて行かれたんじゃないか?」
「もう救うことは難しいです」
 聖茄はその可能性に至っておらず、目を見開いて、拳を震わせる。
 いや、アシャはいる。
 聖茄はそう考えた。ユヤはあれから来ていないし、船が来たら車が出る筈だ、聖茄の耳ならさすがに分かる。
 森の大地を叩く音を追い、聖茄は開けた場所を見つけ、ヴァラヴォルフたちの祭りを茂みの中から窺っていた。
 ヴァラヴォルフたちの座る地面の反対側に座っていたのは白い布を口元や目元などの顔に付けて隠している人間たちだ。
 彼らは実験体として連れて来られた人間だろう。連れて来られた日に逃げた者が森で暮らすため、ヴァラヴォルフたちに食い殺されないよう協力関係を築いた。顔の布はその身分の証明として着けているのだろう。
 ヴァラヴォルフたち全員が席に着くと、祭りは開かれ、人間たちは同時に目の前の地面に用意された酒杯の真上に手首をかかげ、削られた鋭利な石を肌に押し付け滑らせる。
 黒く見える血液が酒杯に注がれ、赤い色で溜まっていく。
 聖茄はその匂いに敏感に反応した。アシャのように空腹を覚えることはなかったが、その血の甘ったるい匂いに、激情した。
 血液を配られるヴァラヴォルフたち――――

 ――――その中の一人、震の後ろから、聖茄はゆっくりと歩いて現れる。

 俯いたその顔は、他者には見えなかったが、憎いと言わんばかりに歪められていた。
 しかし、それは、美しさに拍車がかかるだけだった。
 聖茄はヴァラヴォルフたちを飛び越え、人間たちに襲い掛かった。
 彼らが飛び出してきた子供を抑えてやろうとすれば、子供の目の前にいた大人たち6人が血液の赤い煙となり蒸発するように消滅した。細胞一つ一つ……人間一人一人の悲鳴がその場に広がった気がした。
 人々は悲鳴を上げ、ヴァラヴォルフたちは立ち上がり警戒した。
「何なんだアイツ!! 震様、逃げてください!!」
「裁我、行くな!!」
 聖茄のいる方へ飛び出した裁我は、聖茄の振り上げられた手により一瞬でこの世界から消えてしまう。身体だったそれは灰となり、風に攫われていく。
 聖茄と震の目が合う。震は自身が恐れをなしていることを理解していた。逃げなければならないのに、身体が動かない。そんなこと知る由もなく、ゆっくりと近づいてくる聖茄。
「何故君たちは人間なんかと仲良くしているんだ?」
「私たちだって人間だ」
「どこかだ? 私たちは化け物だろう? 化け物ごときが人間を語るな」
 聖茄と震の間に入り込む人影があった。
 裁我の兄、轡だ。
 震に背を向けており、彼からは轡の表情が見えなかった。
「あんた名前は?」
 轡の声は高揚している。震は瞠目し、ヒュッと息を呑んだ。
 轡が彼に興味を示している。
 それはあってはならないことだ。妹が彼の手で死んでいるのだから。
「聖茄だよ」
 聖茄が轡に向けて微笑む。
 轡は目を見開き、口角を上げて笑った。
「聖茄さん、俺のことは見逃してくれよ。その代わり人間全員、あんたにやるよ」
「おい轡!! 貴様自分で何を言っているのか分かっているのか!!」
 弾かれるように言う震へ振り向く、轡の凍るような冷たい表情。震は目を張り、それを潤ませ涙を浮かべる。
「俺たちは人の血を飲む。もともと人間なんかと仲良しなんかじゃないだろ。俺はずっと喰いたいと思ってたぜ、人間のこと。イブリヴォルフになろうって思ってたんだ」
「…………な、にを言って。同じ……」
 轡は震の顔の前にズイッと顔を近づけてから舌なめずりをする。
「そうだ。血を飲んだろ、化け物」
「ば……けもの……」
「聖茄さん。人間は消すんじゃなくて、喰った方がいいぜ」
 聖茄はその言葉を噛み締めるようにはゆっくりと頷いた。
「人間は私の敵だ。私は化け物の味方となろう」
 そう言った聖茄に反対するように、震の胸を貫く轡の腕。震の血液で真っ赤に染まり、天に顔を覗かせている掌の上には心臓があった。
 轡は恍惚とした表情を浮かべて、それを抜き取り、己の口の中いっぱいに含む。
 喉が、ごくんと音を立てて動き、咀嚼された心臓が喉を通り抜けていく。
「聖茄さん、化け物も敵だ」
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