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イルヴルヴ
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深い後悔と寂しさを抱え、たった一人で暗転した世界に落とされていく。
……アシャの意識が飛ぼうとしていた時だった。
ユヤの中から、子供が走ってくる姿があった。時々雪に足を取られ転げ、振り始めた雪に白い息を吹き付けながらやって来る。
雪を踏み付ける足音にアシャはゆっくりと目を開ける。
ルイス?
アシャが意識を取り戻しつつ、辺りを見渡すと、子供がアシャに気が付きこちらへ駆けて来る。
子供は膝の高さまである厚く募った新雪を掻き分け、走った跡を付けていく。子供の脚は雪の冷たさで赤くなって震えていた。
こんなところにいる子供は、逃げ出してきた実験体しかいない、が、あの子の服は、膝下まであるサイズの大きい黒いTシャツだった。
実験体用の服ではない。
ならあの子は何者なのか。
子供はアシャの元へ駆け付けると、アシャを揺すり起こそうとする。
どうやらアシャを連れて逃げる気らしい。優しい子だ。
アシャが首を振ると、子供も首を振って、アシャの、血を流す傷口に手を触れて緑色の光を発した。
傷はみるみるうちに塞がっていき、アシャは立ち上がれるほどまで回復した。
その間中、子供はずっと無表情で、ミステリアスな雰囲気を纏っていた。
足下まである長く、晴天の空のような深い天色の髪。
血の濁ったような赤黒い瞳。
金に輝く瞳孔の、周りの色彩は青く光って見えた。
アシャは身体を横に傾け、子供に背へ乗るように促す。伝わったのか、子供は恐る恐る背に乗り、アシャの毛をぎゅっと掴んだ。
アシャはユヤからの追っ手が来る前に走り出し、山を抜け、洞窟に帰り、子供と共に身を潜めて逃げ切った。
長い髪で可愛らしい顔立ち、とても美しい子供。
アシャは女の子だと判断した。
「名前は?」
子供が脳を揺さぶるような美しい声で尋ねてくる。
アシャだ、と答えようとしたが、唸り声が出るだけだった。子供はアシャの頭を撫でて言った。
「名前付けてあげる」
アシャは子供にルイスの面影を感じた。
「……分かんない。どうしよう。考えておくね」
アシャは呆れ返る。
子供なのだから仕方がない、期待した自分が悪い。
子供は無表情で手を差し出した。
アシャはその手に自分の手――前足をくっ付けた。
アシャが子供の瞳を真正面に受ける。
血の濁ったような瞳ではあるが、七色に輝いて見えるそれはとても美しかった。
「ボクの名前は聖茄。よろしくね」
◇◇◇
アシャと聖茄はルイスの元へ帰ろうとしていた。せめて聖茄だけでもルイスへ預けようと思っていたのだ。
小屋へ到着する前に、アシャはそれに気が付いて聖茄と共に岩陰に隠れた。聖茄と二人で小屋の前を覗き込む。
そこにはラウグストゥスと呼ばれた子供と、研究者たちの姿があった。
地面の雪は赤く染まり、その上に白い髪の毛の男が倒れていた。
アシャは息を呑む。口元と、肩を雪に押さえ付けて、叫び出し、走り出したくなるのを我慢した。
ラウグストゥスと言う少年は連れて行かれ、白い髪の男――ルイスの死体は持って行かれた。その際、ラウグストゥスは何か、キラリと光るモノを落とした。
彼らが去った後、アシャはそこへ近づいていく。
そこにはルイスの瞳にそっくりな宝石のネックレスがあった。
アシャがポロポロと涙を流していると、聖茄はアシャの元へやってきて、何が何だか分からない筈なのに、優しく頭を撫でてくれた。
アシャは鼻先でネックレスを示してから、聖茄に顔を向けた。それを何度も繰り返していると、アシャの意図が伝わったらしく、聖茄はそれを拾った。
聖茄はそのネックレスをじっと観察するように眺めてから、来ている服の襟首から中を漁り、その中身を取り出した。
聖茄が首から取り出したのはネックレスと全く同じ形の、もう一つのネックレスだった。
嵌められたアイル・トーン・ブルーのジルコンも一緒だ。
何故同じものを君が……そう思ったが、アシャには聞くことは出来ない。
「ここは君の家? ちょっと待ってて」
聖茄は小屋から大きな布を持って来て、アシャの首に巻いた。そしてその布にネックレスの一つを付ける。
「ボクは持っているから、君が持ってて。お揃い」
聖茄は服の中からネックレスを取り出し、アシャに付けたものと交互に指差して言う。
聖茄は歩き出す。
アシャが小屋から離れられずにいると足を止めて、振り返りアシャに手招きした。アシャはルイスの血の痕を見るのをやめ、聖茄に振り向き、駆け寄っていく。隣に並ぶと、聖茄は歩き出した。
「これからどこに行こうか」
答えることは出来ないが、もう一人は嫌だと、聖茄のいるところならばアシャはどこでもいいと考えた。
聖茄も、「君がいればどこでもいいや」と答えた。
その夜はアシャの住処だった洞窟で眠った。
……アシャの意識が飛ぼうとしていた時だった。
ユヤの中から、子供が走ってくる姿があった。時々雪に足を取られ転げ、振り始めた雪に白い息を吹き付けながらやって来る。
雪を踏み付ける足音にアシャはゆっくりと目を開ける。
ルイス?
アシャが意識を取り戻しつつ、辺りを見渡すと、子供がアシャに気が付きこちらへ駆けて来る。
子供は膝の高さまである厚く募った新雪を掻き分け、走った跡を付けていく。子供の脚は雪の冷たさで赤くなって震えていた。
こんなところにいる子供は、逃げ出してきた実験体しかいない、が、あの子の服は、膝下まであるサイズの大きい黒いTシャツだった。
実験体用の服ではない。
ならあの子は何者なのか。
子供はアシャの元へ駆け付けると、アシャを揺すり起こそうとする。
どうやらアシャを連れて逃げる気らしい。優しい子だ。
アシャが首を振ると、子供も首を振って、アシャの、血を流す傷口に手を触れて緑色の光を発した。
傷はみるみるうちに塞がっていき、アシャは立ち上がれるほどまで回復した。
その間中、子供はずっと無表情で、ミステリアスな雰囲気を纏っていた。
足下まである長く、晴天の空のような深い天色の髪。
血の濁ったような赤黒い瞳。
金に輝く瞳孔の、周りの色彩は青く光って見えた。
アシャは身体を横に傾け、子供に背へ乗るように促す。伝わったのか、子供は恐る恐る背に乗り、アシャの毛をぎゅっと掴んだ。
アシャはユヤからの追っ手が来る前に走り出し、山を抜け、洞窟に帰り、子供と共に身を潜めて逃げ切った。
長い髪で可愛らしい顔立ち、とても美しい子供。
アシャは女の子だと判断した。
「名前は?」
子供が脳を揺さぶるような美しい声で尋ねてくる。
アシャだ、と答えようとしたが、唸り声が出るだけだった。子供はアシャの頭を撫でて言った。
「名前付けてあげる」
アシャは子供にルイスの面影を感じた。
「……分かんない。どうしよう。考えておくね」
アシャは呆れ返る。
子供なのだから仕方がない、期待した自分が悪い。
子供は無表情で手を差し出した。
アシャはその手に自分の手――前足をくっ付けた。
アシャが子供の瞳を真正面に受ける。
血の濁ったような瞳ではあるが、七色に輝いて見えるそれはとても美しかった。
「ボクの名前は聖茄。よろしくね」
◇◇◇
アシャと聖茄はルイスの元へ帰ろうとしていた。せめて聖茄だけでもルイスへ預けようと思っていたのだ。
小屋へ到着する前に、アシャはそれに気が付いて聖茄と共に岩陰に隠れた。聖茄と二人で小屋の前を覗き込む。
そこにはラウグストゥスと呼ばれた子供と、研究者たちの姿があった。
地面の雪は赤く染まり、その上に白い髪の毛の男が倒れていた。
アシャは息を呑む。口元と、肩を雪に押さえ付けて、叫び出し、走り出したくなるのを我慢した。
ラウグストゥスと言う少年は連れて行かれ、白い髪の男――ルイスの死体は持って行かれた。その際、ラウグストゥスは何か、キラリと光るモノを落とした。
彼らが去った後、アシャはそこへ近づいていく。
そこにはルイスの瞳にそっくりな宝石のネックレスがあった。
アシャがポロポロと涙を流していると、聖茄はアシャの元へやってきて、何が何だか分からない筈なのに、優しく頭を撫でてくれた。
アシャは鼻先でネックレスを示してから、聖茄に顔を向けた。それを何度も繰り返していると、アシャの意図が伝わったらしく、聖茄はそれを拾った。
聖茄はそのネックレスをじっと観察するように眺めてから、来ている服の襟首から中を漁り、その中身を取り出した。
聖茄が首から取り出したのはネックレスと全く同じ形の、もう一つのネックレスだった。
嵌められたアイル・トーン・ブルーのジルコンも一緒だ。
何故同じものを君が……そう思ったが、アシャには聞くことは出来ない。
「ここは君の家? ちょっと待ってて」
聖茄は小屋から大きな布を持って来て、アシャの首に巻いた。そしてその布にネックレスの一つを付ける。
「ボクは持っているから、君が持ってて。お揃い」
聖茄は服の中からネックレスを取り出し、アシャに付けたものと交互に指差して言う。
聖茄は歩き出す。
アシャが小屋から離れられずにいると足を止めて、振り返りアシャに手招きした。アシャはルイスの血の痕を見るのをやめ、聖茄に振り向き、駆け寄っていく。隣に並ぶと、聖茄は歩き出した。
「これからどこに行こうか」
答えることは出来ないが、もう一人は嫌だと、聖茄のいるところならばアシャはどこでもいいと考えた。
聖茄も、「君がいればどこでもいいや」と答えた。
その夜はアシャの住処だった洞窟で眠った。
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