リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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アノン

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 シェルビーはエレベーターの梯子を下りていた。
 足を滑らせて落ちそうになったり、手を滑らせたりと先刻から危うかった。地上二階から地下まではかなり長く、時々ダクトに入って休憩した。それでも疲れが出ているのか、頭も朦朧としてきていた。
「はぁ……はぁ……もしかしてこの中は酸素が薄いのか?」
 休憩と梯子を下りるのを繰り返し、ついに一番下へ辿り着いた時、シェルビーの立っていたその場所にエレベーターが降りてきて、シェルビーは慌てて隣のエレベーターと壁との隙間にに入り込んで回避する。
 エレベーターの出口側にくっついていたので、壁の向こう側から話し声がしてくるのと同時に誰かの叫ぶ声がした。
『――――離せッ!!』
 ――アライア……!!
 シェルビーはその聞き覚えのある声に反応する。
「向こう側で何が起こってるんだ……」
 耳を済まし、会話を覚えろと自分に言い聞かせる。
 ――……俺はアライアを助ける。
『おい、このアザを見ろ。これは、アノンだ!』
 あのん?
『あの時の成功体の1つだ。やった、やったぞ、前の成功体は結局全て失敗に終わった、あれから数年は経ってもなお生きていたんだ、これは本当の、大本命の成功体だ!』
 壁の向こう側で何かを装着する音がする。
「んんーんんんんー」
 とアライアの苦しむ声がして。
 ビリビリと電気の流れるような音がした。
「んヴんんんヴヴンンンンンンン――ッ!!」
――アライア……っ!!
 シェルビーはダクトを見つけて、梯子を登りその中に入る。
 網状になった蓋から下を眺めると、二人の男に両腕を抱えられ、ぐったりしているアライアを発見した。その周りに、二人、白衣を着た大人がいた。
 やっぱりアライアは敵なんかじゃなかった……。
 味方だった。
 俺達の仲間だった。

 アライア。

 アライア。

 ごめんなアライア。

 シェルビーは焦り、蓋を掴んで開けようとする。
 その際音がして、大人達の顔を上げられ、シェルビーは引っ込んで隠れる。
 ――……落ち着け、落ち着け。
 閉じ込められる場所さえ分かれば、きっと無事にこのダクトを使って助け出せる。
 アライアが目を覚まして、そして人がいない時に――……
「――よし、さっそく実験開始だ!」
 と大人の一人が声を上げる。
「第六研究室のD603に運べ!」
 ……そんな!
 アライアは二人の男にそのまま引き摺られていく。あとの二人はそれについていった。
 助けないと。
 助けないと。
 アライアの居場所は分かった。まずは施設の者達に見つかっていないだろう向から助け出そう。
 シェルビーがダクトで移動し、倉庫の部屋の前の廊下にやってくると、向を発見する。
 アライアと男達の話を聞いていたらしい。
――協力してもらうか? 
ダメだ、こいつのことも助けないと!
「向!」
 上から呼びかけると、向は見上げてくる。目が合い、「シェルビー……」と涙目で名前を呼んだ。
「倉庫にも確かダクトの蓋がある。ダクトに登れ。俺もそこに行く」
 天井にあるダクトの蓋は内側から簡単に開くことが出来た。
 向がやって来て、シェルビーは「この箱を使って上がって来い」と積み上げられた頑丈そうな箱を指さす。
 地下都市ではドラム缶や木箱でよく遊んでいた。箱くらい簡単に上れるらしい、向が上手に上ってやって来ると、シェルビーはその手を掴んで、差し出した腕を登らせる。麗土のようなバカ力はないので、懸命に引き上げる。
 なんとかダクトに引き入れることが出来て、シェルビーはエレベーターの元へ行ける十字の場所へ向を連れて来て顔を合わせて言った。
「あっちに行けばエレベーターだ。エレベーターへ出たら、エレベーターの上に乗って動くのを待つか、梯子を使って登っていけ。上に着いたらダクトがある、そこを通って、光が見える方へ進め。途中に下へ行く穴がどこかにある筈だ、一番下に降りたら排水溝がある。そこを通れば壁の外に繋がっている。外には森がある。そのまままっすぐ走れ。振り返らずに走れ」
「アライアは? アライアはどうするんだよ!」
 「大丈夫」とシェルビーが向の頭を撫でる。
「俺がアライアを助けてからお前の後を追う」
「でも……!」
「大丈夫。送れなくてすまない、後は頼んだぞ」
 向と別れ、シェルビーはアライアの元へ急ぐ。設計図と地図を覚えているシェルビーは、簡単にD603の部屋を見つけることが出来た。
「うあああああああああああああああああああああ」
 アライアの悲鳴が聞こえてくる。
 ダクトの蓋に着き、その様子を上から眺めた。
 アライアは身ぐるみを剥がされ、身体の中に刃物を入れられ切り開かれている。血液をバキュームに吸い出され、内臓が丸見えになった時、傷口は元に戻り、身体は修復されていく。おおお、と感激の声が研究者らしき者達から上がる。
「さすがはアノンだ。あの方に教えれば喜んでくださるぞ」
「アノン1号は或る液体を緑龍子(バシリ)で薄めたシギュルージュ実験で死亡、アノン2号は赤龍子実験で死亡、アノン3号は細胞の取り過ぎでストレスにより死亡した。アノン4号、5号は行方不明になった。そしてその5号が今ここにいる」
「バシリは内側に使うなよ、使わずしてこのアノンを構成している物質を調べるんだ。我々の、目的のために」
 何度も切り開かれ、中身を取り出され、アライアは口から血を吐き続ける。
 シェルビーは研究者達の言う物質の名前や効果などの言葉や、壁の液晶画面に映るデータを凄まじい処理能力で記憶していく。記憶した処でどう使えば良いかも分からないモノだった。
 アライアの腕が大きな刃物で切り落とされる。暴れるアライアの体内に注射器で何かを注入した。アライアはぼうっと天井を見上げるだけことしかできない状態になってしまった。
 ――何もできないまま6時間が経ち、研究者の一人が呼び出されて実験が中断され、アライアは別の部屋へ連れていかれる。散々身体を傷付けて、その中身を取り出したくせに、修復したアライアに自ら歩かせる姿に腹が立った。
 シェルビーは研究者達が歩いていった方向で予測しながら進み、ある部屋へと辿り着いた。設計図や地図に載っていないあの部屋だろう。
 アライアはあの美しい女の人と――別の部屋だが――同様に大きな筒状のカプセルに入れられる。資料が横の机に置かれ、研究者達は扉の向こう側に消え、電気も消された。
シェルビーはダクトの蓋を開けて、カプセルの上に立ち、蓋を閉める。カプセルから飛び降り、それに振り返る。
 アライアの入っているカプセルが光を発し暗闇を照らす。
 その神秘的な光は、シェルビーには眩しく輝いて見えた。
 緑色の光の中に裸で浮かぶアライアの姿は、酷く。
 似合っていた。
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