リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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アノン

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 シェルビーは麗土が迎えに来る前に起きて朝食を済ませていた。着替えも終わり、家の鍵も掛け、後は麗土が来るのを玄関の外で待つだけだった。
 自然と目が覚め、2度寝も出来ないほど目が冴えていた。アライアとの出会いにより外へ出る夢がかなり遠のいてしまって、その事実を噛み締める度に胸が苦しくなった。
 自分達はこのまま外に出られないんじゃないか、一生地下暮らしのままなのかと悪い方ばかりを考えて息苦しくなる。考えすぎて窮屈になっていくことしかできなかった。
「おぅぇぇぇえええ!?」
 声が上がって、顔を上げると、麗土が気を失いそうなほど驚いて震えていた。
「今日は飯食ってきたか? 蒸しパンあるぞ」
「要らねえ!! いやいや落ち着け落ち着け俺。……シェルビー、熱でもあるのか?」
 額と額をくっ付けて、熱を測る。シェルビーはパッと離れて、麗土を忌々しそうに睨み付けた。
「俺だって寝坊しない時ぐらいあらぁ」
「いや、有り得ないんだそれが」
「おい」
「やっぱ少し熱あるんじゃね? 熱いぞ体温」
「そりゃ家の中にいる間ずっと蒸気に当てられ続けたらな」
「今日はアメが降るかもな」
「アメは昨日降ったろ。そう何度も降らねえよ。いつもそうだし」
「きっと理由あるんだよな、アライアに聞いてみよ」
「そうだな、早くみんなの所に行こうぜ」
「おう!」
 麗土とシェルビーが着いた頃には、みんなが揃っていた。天井の穴から地上の光が射し込むとはいえ、朝方は薄暗い。シェルビー達はいつも昼間に待ち合わせをしていた。
 水路にはゴミが浮かび、水は下水で濁っており、酷い匂いを放っているが、シェルビー達はその匂いに鼻が慣れていた。アライアは初めて嗅ぐ匂いが気になるのか、偶に鼻を摘んでいる。シェルビー達は彼の行動の意味が理解出来ていないので、今回の行動もまあ大丈夫だった。
「図書館で調べるぞ!」
 とシェルビーが声を掛けるとみんなが立ち上がる。アライアも立ち上がり、進もうとするシェルビーの手首を掴んだ。
「待って。君達がいつも行ってる図書館ならきっと古い資料ばかりだ。上層の図書館に行こう。下層の子供が使っちゃいけないなんて決まりはないし」
「俺達が、じょ、上層の町に入っていいのか?」
「入っちゃいけない決まりはない」
 シェルビーはいっとき考えてから、「よし、上層の図書館に行くぞ!」と言う。
 みんなはドキドキと胸を高鳴らせ、顔を見合わせて「おー!」と拳を突き上げた。アライアはそれをせず腕を組んでいる、生意気だ。
 中層の町へ入ると、下層のような賑やかさはなく、寡黙な人々が行きかう。たびたび視線を感じはするが、近づいてきたり、何かを言ってきたりするようなことはなかった。
 上層の町へ入ると、中層のように行きかう人々すらいなくなってしまった。町には静けさだけが残り、地上から降りそぞぐ眩い光と、地上へと続く何本もの大きなパイプや施設の一部が見える。
 中央の施設はマグマエネルギーの赤い光を発していた。
 その光が上層の窓の多い建物に反射している光景は美しかった。
「ここが上層か……」
 麗土がほう……と息を吐いてから呟く。
「図書館はこっちだ」
 似たビル群の間を通り抜けていき、アライアの案内で迷うことなく図書館に着くことが出来た。そこは中央施設が3年程前に使用していた旧図書館らしく、利用者は少なかった。貸し出しは機械が行い、図書館員は本を戻すだけの作業をしている。
 シェルビー達は広い図書館の中を、アライアに案内されながら歩いた。
 子供が図書室に来る姿は珍しくないが、下層の上等な服を着ていない子供の姿は珍しいらしかった。その辺にいる人に声を掛けられ、どこから来たのか聞かれた。
 地下施設の資料を眺めながら作戦会議をしようと思っていたが、大人達がいるそこで、外へ出る、なんて言ったら図書館を追い出されかねない。
 中央施設の設計図や地下都市の地図だけを見つけ出して、その日は基地に帰った。
 基地では今日見た上層や中央施設の姿について話した。帰りの鐘の音が鳴り、それぞれが自分の家へ向かった。
 シェルビー、麗土、向、アライアとなった帰り道、「明日からは、利用者の少ない時間に行こう」と、アライアが反省するように言う。シェルビーは落ち込んでいるアライアの顎を掴み、顔を上げさせる。アライアは目をつむり、拳を震わせ、あきらかに不機嫌そうだ。そんな様子を見たシェルビーは笑顔になって質問した。
「そんな時間帯があるのか?」
「閉館時間の一時間前なら一人、二人くらいしかいない。帰りの鐘が鳴る前」
「お前何でそんなに詳しいの?」
「君達と出会う前はよく一人であそこに行ってたからな」
「そっか」
 ――次の日から、彼等は上層にある中央施設の旧図書館に通うようになった。極力会話はせず、地図や設計図はシェルビーが記憶して基地に戻ってから布にペンを使って描くと言う作業をコツコツと行った。
 数か月経ったある日、シェルビーとアライアは居残りし閉館時間ちょうどに図書館を出た。
 シェルビーはアライアの家に泊まって、地図の仕上げをする手はずになっていたのだ。
 アライアの家になら今まで彼が貯め込んできたペンがたくさんあるし、食料もある。シェルビーには少し肌寒い気がするが、ふかふかのベッドは最高に気持ちが良かった。
 作戦決行の前日は、アライアの家にみんなで泊まることになっていた。彼の家が作戦実行の場所に一番近いからだった。
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