リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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アノン

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 家の中の少年――シェルビーはベッドの上から降りて、本棚の背にある短い階段を降り、扉の鍵を開ける。
 熱風が吹き込んできて、「あっちぃ!!」と手を退けて扉を蹴る。
「ぎゃああああ!!」
 そんな声が聞こえて前を見れば、手をバタつかせて身体を傾ける少年がいた。コンクリートの地面は狭く、柵がない。少年が身体を傾けた先は一層下の住宅街だ。シェルビーはバタバタする手を慌てて掴んで引き寄せる。
「危ねえだろシェルビいいいいい!!」
「悪い悪い、許してくれよ麗土れいど
 にこにこ笑うシェルビーを、少年・麗土が睨め付ける。
「本当に悪いと思ってんだか……」
 その言葉を聞いてシェルビーが反省の色を見せるようにしゅんとすると、蔑すむような目をされる。
「どうどう落ち着け落ち着け。いいから上がれって。環境をうまく利用した蒸しパンが完成してる筈だ」
 麗土は玄関で左足の靴を脱ぎ、「おっとっと」とまだ靴を履いている右足でけんけんして扉のドアノブを掴み、引き寄せて閉じる。その際、噴き出してきた蒸気と熱風に押されバタンッと扉が勢いよく閉まった。
「そんなもん作んのお前だけだって……」
隙間からシューシューと蒸気が入ってきて、麗土はそれを避けてから右足の靴を脱ぎ、玄関の階段を上がる。
「ゴミ臭いのが欠点だけど、鼻をつまめば食えなくはない」
「そんなん要るか!! 俺に食わせるな!!」
 短い階段を上がると、シェルビーは机の上にその蒸しパンとやらを二つ準備して、小さめのキッチンに向かい、自然の熱で温まったホットミルクの入ったポットを傾けてコップに注いでいく。
「なんで蒸気ってこんなにゴミ臭いんだろうな」
 その問い掛けに、麗土が椅子を引いて座りながら答える。
「蒸気が臭いんじゃなくて、下層の町が臭(くせ)えんじゃね?」
「それは有りうる」
 シェルビーはコップを二つ机に持っていき、「ん」と麗土に差し出した。麗土はそれを受け取り机に置くと、パンを手に取り千切りながら質問する。
「おじさんとおばさんは仕事か?」
 シェルビーはこくりと頷いてから、思い出したかのように言った。
「そうそう、朝さ~。材料使ったことがバレて、蒸しパン作ってたことバレて怒られたぁ……」
「説教されて二度寝か……。お前がいつも遅刻してくる理由がやっと分かった。ただ寝坊助なだけじゃないんだな」
「そうそう。俺そんなにバカじゃないって」
「でもその後寝なければいいだけの話だからやっぱりバカだよな」
 ミルクをすすりながらそう言う麗土に、シェルビーはパンを手に「うぐ」とまごつく。
「悪かったよ……今度から気を付けるって」
「いつもそう言うんだよなぁ……」
 ――とは言うが、もう機嫌は悪くないみたいだった。
「俺まで遅刻だよ……慣れないことすると失敗するなぁ……」
「一緒に遅刻だったら怒られるの半分子で済むんじゃねっ?」
「俺は怒りが2倍に膨らむと思うんだけど?」
 シェルビーと麗土は朝食を済ませ、シェルビーは着替え、麗土は使用した食器を洗った。
 二人は家を出て、シェルビーが鍵を掛けてからそれを板と板の隙間から中へ入れ、隠す。二人は階段を降り、狭いカクカクの道を走って、お爺さんの家に上がる。お爺さんから一本の折り畳み傘を渡され、反対側の道へ出て、路地裏を通り、人々の賑わう大通りを走る。
 川のような大きな水路の橋へ辿り着くと、その手前で止まり、水路に沿って移動する。別の橋が見えてきて、橋の下へ続く階段を降りる。
 コンクリートに白い軽石で落書きをしていたり、捨てられた木箱やドラム缶の上で寛いだりしていた仲間達が、顔を上げ、二人に近づく。
「もうおっそい!! 一刻も過ぎてるわよ!!」
 シェルビーと麗土より一歳年下の少女・ラヴィラが地面に降り立ち、木箱の上の置き時計を両手で持って上下に振りながら見せつけてくる。それを見た麗土がからかうように言う。
「それ壊れてんだろ。まだ半刻くらいしか経ってないって」
「は・ん・こ・く、く・ら・い?」
 今にも舌を鳴らしゲンコツをしてきそうなラヴィラを前にして、シェルビー達はスパンと直角に頭を下げた。
「「遅くなってすみませんでした!!」」
 ラヴィラはため息を吐き、怒りを抑えたらしい、困ったように眉を下げた。
 ――シェルビー達の基地は町の外れにある。
 人気ひとけが少なく、水路のすぐ横なので危険ではあったが、彼等がいつどこで何をしているか、親の知るところではなかった。
「なあなあ、外に出てからすること決めた?」

 彼らはいつも、外の世界に憧れていた。
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