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その他
番外編 バレンタインの月(現代風最終話)
しおりを挟む「社員旅行?」
シストの会社を辞めてからウロボス社で働くようになり、1ヶ月以上経った頃だった。色々な出会いがあって、ウロボス社にも馴染んできた頃、教育係のルーハンに温泉のある高級旅館の宿泊券を渡された。
「違うね。これは……兄さんからお前に個人的に渡すように頼まれたものだよ。なんで俺がこんなことしなくちゃならないんだって言いたいけど、兄さんには世話になってるからたまには恩返ししないとね」
「ルーハンって兄思いだよな」
「あれ? 俺恩返しだって言ったよね? 勝手に変な属性付けないでくれる?」
素直じゃないな。セルのこと大好きなくせに。
「ありがとうルーハン。セルには後でお礼の連絡しておくよ」
「ふふ。お前から礼を言われて喜ぶ趣味はないけど、どういたしましてって言ってあげるね」
本当に素直じゃない……と思っていたら、ルーハンの整った顔が近づいてきて、柔らかい感触が頬の上に乗った。
「ひいっ!?」
頬を押さえて距離を取れば、ルーハンはニヤニヤと口角を上げ、満足そうに身を翻して手を振りながら去っていく。
俺の怯えた顔でも見て喜んでたのかもしれない。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
仕事を終え、すっかり暗くなった外に出る。赤い煉瓦のタイルの上を歩くと革靴のヒールが静かな夜に響いていた。
スマホを取り出して赤くなった指で最近よく使うトーク画面を開く。そこから受話器のアイコンをタップして相手に電話をかけた。
『もしもし』
「も、もしもし。あの、セル……さん! 温泉旅館の宿泊券、ルーハンから受け取りました。ありがとうございますっ!」
「ちゃんと渡してくれたんだね。よかったよ。邪魔されなくて」
「邪魔なんてするんですか?」
宿泊券を取り上げられて悲しむ顔が見たいって言われたらわかる気がするけど。
「前にも言ったかもしれないけど、お前にはセルって呼んでほしいな。それと、敬語じゃなくていいよ」
「あ、う、うん」
『愛してるよヴァントリア』
「う!? うん……っ」
最近セルからいきなり愛してるって言われることが多くなった。全然慣れない。
「本当にありがとう! 温泉で仕事の疲れを癒せる! すごく楽しみだ!」
『うん。新婚旅行、楽しみにしててくれ』
「…………」
『お前みたいに全部美しい色でとてもいい旅館だよ』
「…………」
『旅館を経営する夫婦を少し世話をしたことがあってね、俺専用の建物を作ってくれたんだ』
「………………………え?」
『どうかしたかな?』
「……し、新婚旅行?」
『お前が書いてくれた婚姻届は今日役所に渡してきたんだ。結婚式は旅行の後にするつもりなんだ。知り合いの予定が合わなくてね』
「あ……そ、そっか」
『楽しもうね』
「う、うん」
婚姻届……書いたか? ああ! 入社する時に必要だって書いた気が……ん?
「ちょ、ちょっと待って!? 俺たちもう……え!?」
『そうだよヴァントリア。俺たちはもう夫夫(ふうふ)だ』
嬉しそうな声がスマホから聞こえてくる。荒い息も感じることができる、セルは今頃涎でも流しているのかもしれない。かっこいいからか、そんなこと気にもならないのが不思議だ。
『嬉しいかい?』
「…………え、えっと」
ドキドキと鳴る胸を押さえて、どう返事をするか迷ってしまう。正直全然嫌ではない。俺はもしかして嬉しいんだろうか?
初めて出会った日から結構経ったけど、セルは毎日俺に「愛してる」と伝えては薔薇の花束を差し出し、唇を奪って平然と仕事に戻る。いや、平然と、は嘘だ。ウロボス社の中でセルに一目置かれているヒオゥネが、俺に手を伸ばすセルのことを引きずりながら執務室へ閉じ込めていた。
会社の中だけでなく町中に、執務室から俺の名前が響き渡る。
セルが用意した家に住んでいたら、セルもいつの間にか住み始め、毎朝朝食を共にして、リムジンで仕事場まで一緒に行き、愛の告白と共に薔薇の花束を渡され、セルの仕事中も名前を叫び続けられ、帰りは一緒にリムジンで帰る。夜ご飯も一緒に食べて、1人で寝たはずなのに朝になったらセルが隣で寝ている。そしてまた朝食を一緒に食べる。
一緒に寝るまでの時間を潰す時だってセルは俺に触れて愛を叫び続けてくる。
顔が好みだから俺はセルの顔に弱い。セルの顔が近づいてきたら目を瞑ってしまうのはそのせいだ。
そのままキスをされても、舌を入れられて濃厚なキスを交わしても抵抗しない。全然いやじゃないし、むしろ、離れがたくなる。
そして今回、もう夫夫になったと知らされて、勝手に頬がゆるくなってニヤついてしまうし、セルに会いたくて仕方がないし、……うん、これは嬉しいと言っていい。
セルは男だし、俺も男だ。これを仮に恋だとするなら、昔アゼンに抱いていた気持ちと似ていて、それでいて遥かに大きくて重いものだと思う。
まあ、恋どころかもう結婚してしまってるんだけど。
「……嬉しいよ」
恥ずかしかったけれど、素直に伝えれば息を呑むような音がスマホから聞こえる。
「……?」
『あは。今すぐ会いに行きたいな。今どこにいるのかな?』
「会社の外に出たところだ」
『駐車場に迎えがきているはずだけど……?』
「月が見たくなったんだ」
『月なんて汚いだろう?』
「そうか? 俺はすごく綺麗だと思うな! なんかセルの瞳みた……い、いや! なんでもない!!」
白く輝く月、日の光で輝くセルの瞳を思い出す。セルの瞳を見るとその美しさについうっとりしてしまう。
俺……けっこうベタ惚れなんじゃ……ないか?
「今から駐車場に行く。セルは今どこにいるんだ?」
『俺は今エレベーターで降りているところだよ』
「すぐ行くから待っててくれ」
『いつまでも待つよ』
ちゅううっと少し激しめのリップ音がスマホから鳴る。思わず反射でちゅっと唇をしぼめてしまった。ちゃんと音が伝わってしまっただろうがすぐに通話を切った。
何してるんだ俺は! なんかこう、胸の中からふわふわするような感覚があってそれがぎゅうっと凝縮されて放ちたくなったみたいな感じ!
結婚したことは、かなり嬉しかったのかもしれない。って言うか俺、やっぱりセルのことが好きなのかもしれない。
リップ音が聞こえたとたん、今すぐセルとキスしたいって思ってしまった。もしこのままキスしたい気持ちのまま会ったら……俺はきっと目を瞑ってしまう。セルは目を瞑ったらキスしてくれるかな。きっとセルならしてくれる。……そう思えることがすごく幸せであたたかくて、いつまででもセルのそばにいたい。
……離れたくないな。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
駐車場の広いスペースに止まっているリムジンに向かうと、扉が開きセルが出てきた。
「ヴァントリア!!」
満面の笑みで両手を広げて待っているセルに近づくと、ぎゅうっと抱きしめられる。しばらくしてから離れようとするとセルは力を緩めてくれた。
いつもなら離れてすぐにリムジンに乗るが、今回はセルの胸に胸をくっつけたままセルの顔を見上げた。
すぐそばにある血走った目と涎を垂らす口を見つめて、そっと目を瞑って唇を前に出す。
セルの体がビクッ震えたと思ったら、頭の後ろに手が回り、唇に激しい痛みが走った。同時に両耳にずちゅううううううっと言う激しい吸引音が聞こえてきて、セルが俺の唇に吸い付いてきているのだとわかった。羞恥心で頭の中がいっぱいになりながらも離してほしくなくて背中に手を回すと、俺の背中を撫でるセルの手の動きが情熱的になる。
セルの手のあたたかさが身体中を這う感覚が体の熱を上げていく。
恥ずかしい……恥ずかしい、恥ずかしい! なんで脇の下ばっかり撫でるんだ……! お尻の割れ目を中指でなぞるようにして執拗に撫でられるなんて、こんなの恥ずかしいに決まってる!
でも……もっと触ってほしい。セルに触ってほしい。もっと俺を知ってほしい……!
しっとりとしていて激しく吸いつかれてもいた唇が離され、ちゅっぽんっと水っぽい音が鳴る。まだ尖っている目の前のセルの唇から透明の糸が伸びたのを見て、ドキンッと一際大きく胸が打つ。目の前で舌舐めずりをしているセルの厚い唇に柔らかく吸い付く。
すると、セルは嬉しそうに深く口付けてきて、やわやわと感触を確かめるように唇に触れてきた。
唇同士の感覚が研ぎ澄まされたように伝わってくる。
これがキスの感触。これが、セルの唇……。あたたかくてやわらかくて、もっと触れたくてセルの下唇を吸う。引っ張られた下唇のおかげで開いた口に舌を差し込むと、すぐに絡まってきて口の中に引き込んでくれる。
ちゅくちゅくとセルの口の中から音が鳴る。暴れ回る心臓を押さえたくてセルに縋り付く。
そんな俺の舌をセルの口内でしゃぶりつくされたわけだが、セルは俺の舌をセルの舌の裏に潜らせて上で左右に動かしていた。その行動からもしかして舌の裏を舐めてほしいのかと考えて、セルの舌裏を舐めた。舌下面に唾液が溜まっていることに気がついて、俺の舌を浸してみた、瞬間、ぐるっとセルの舌が俺の下に巻き付いた。
そして俺の舌ごとセルの舌が口内に無理やり入り込んできて、とろっとしたあたたかい涎が口の中いっぱいに入ってきて思わず飲み込んだ。喉の奥を伝うあたたかい感覚にゾクゾクとした感覚を覚える。
「ふぁ、ん……せる……せるっ」
「はぁ、はぁ……あぁ、ヴァントリア……」
しつこいくらいに蕩けるような口付けを交わし、最後の仕上げと言わんばかりに口の中の唾液ごと半開きになった唇を思い切り吸い上げられる。
「は……ぁ、ん……」
「ヴァントリア……っ、ヴァントリア……!」
真っ赤な顔のセルが見えだと思ったら、強く抱きしめられて、固いものを腰にぐいぐいと押し当てられる。そのまま揺すられ、さすがにその動きに恥ずかしくなって体を離す。
「か、帰ろう」
「そうだね」
ぼうっとした様子のセルの手を引き、リムジンに乗り込む。
放心しているセルと手を繋いだまま、俺たちは家に帰り着いた。
家についてからセルにベッドへ押し倒されて激しいハグとキスをされ、変な期待をしていた時だった。
無理やり服を引き裂かれ、どんどん肌の色が見えるようになり、ついにお互い裸になったとたんにセルが手を止めて、「ごめん、ヴァントリア。すごく恥ずかしいことなんだが、やり方がわからなくてね」と目を逸らしながら申し訳なさそうに言った。
「え……」
「新婚旅行までには調べておくよ。だからそれまではお預けだ」
つ、つまり据え膳みたいなこと? へ、変に期待して……残念がってるなんて、やっぱり俺はセルのことが……好き。好き。
「そ、そうなのか。し、仕方ないよな。俺も知らなかったし、勢いみたいなものだったし……。その、……と、トイレ行ってくる」
「勃ったのかな?」
「そこはいちいち聞かないでくれ!」
「俺も勃ったよ。ねえヴァントリア、俺今すごく機嫌が悪いんだ。お前と一つになれると思ったのにやり方がわからないせいで……」
「け、検索してみる?」
本当にセルも勃ってる。嬉しいな。触りたいな……。頬擦りして、キスして、噛みたい。
「ヴァントリア? 頰、キス、噛むじゃ、出てこないんじゃないかな?」
「ひえっ!? 見るなよ!」
スマホの画面を覗き込まれていたらしい。顔近い! かっこいい! 肌白い! まつ毛長い!
ちゅーってしたい!
「検索はしないでいいよ。今日は俺がヴァントリアから抜いてあげるよ。ヴァントリアは俺から抜いてくれるかい?」
「へ……え、えぇえ!?」
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新婚旅行当日。
あの後セルと……その、恥ずかしいことをして、ぐったりした後そのままベッドで二人寝てしまったわけだが。
バレンタインって昨日だったんだよな……朝食でチョコレートをかけたフルーツを食べさせてもらった。俺は何にも用意してなくて……旅館の外で何か買えればいいんだけど、もうバレンタインじゃないからチョコは売ってないかもなぁ。
それに買うと言っても……ズボンのポケットに手を入れてその中身に触れてため息をつく。
旅館で必要なものは準備されているらしく、持っていくのはスマホくらいだった。財布も持っていこうとしたが、セルが真っ赤なカードを無言で渡してきたので、財布は家に置いてきてしまった。
そう言えば、この町に来てから普通のお金を出すと店の人が困るんだよな。お釣りが返ってきた時、紙幣も硬貨も赤くてビビり散らかした。
この町はどんだけセルを甘やかしてるんだ、って少しムカついた。
「セル」
リムジンで手を繋ぎながら、旅館へ向かっている時、まだ眠たそうなセルに声をかける。
「お前は、他の色も好きになるべきだ」
「急にどうしたのかな?」
だって、周りのものが全て赤くて、色があるものといえば、セルの青い髪と銀の瞳か、ルーハンの髪か黒い服だけだ。他はみんな肌も建物もパソコンもその画面も真っ赤。正直飽きてくる。
家も家の庭も全部真っ赤だし……。流石に家くらい、緑の広がる庭で~みたいな癒しが欲しいじゃないか。
「俺の肌の色はどう思う?」
「触ると美しい色になってくれるから好きだ」
「うっ……」
そりゃ、触られたら恥ずかしいし……赤くなることもあるだろ!
「そ、そう言うのじゃなくて、さ、触ってない時……の。肌色の時は……嫌いか?」
「…………。んー……」
「今俺の肌を見てたら、不快か?」
「触りたくなるね」
伸びてくるセルの手を掴む。その手をセルの目の前に押しやると……セルはソレから目を逸らす。
「俺の肌はよくて自分の手は嫌なのか?」
「んー……見たいものではないね、切り落としてしまいたい」
社員たちから聞いた話だが、今まではずっと赤い手袋をしていたそうだ。自分の肌も見えないように徹底していたみたいだが、セルは俺を触りたいがために近頃手袋を外すようになったらしい。
自分の手でも切り落としたいって思うなら、かなりの重症だよな……。それに……
「俺のことを好きになったのも、俺が赤いからだよな」
自分で言って落ち込んでしまう。
「…………ヴァントリア?」
「もし……。もし俺の髪と目が、赤くなかったら……!」
俯いていた顔を上げると、セルが目を見開いて固まっていた。
「す、好きになって……くれなかった、か?」
セルは俺を凝視したまま固まっている。
じっと見つめ返していると、そろりと目を逸らされる。
「…………やっぱりセルは俺が赤いから……」
「ま、待てヴァントリア! お、俺は……確かに最初はお前の容姿に一目惚れした。だけどね、今はその…………………」
口籠るセルを見ていて少しイライラしてきた。
「染める」
「…………え?」
「俺、髪染めてくる! 黒いグラサンもかけてやる!!」
「…………………………」
セルは何を想像したのか、くらっと後ろに体を傾かせ、ボスンッと座席に倒れ込んだ。気絶しているらしい。
セルを好きになって気付いたことがある。
セルは俺じゃなくて、赤色が好きなんじゃないかって。
俺じゃない赤い誰かがもし、セルの目の前に現れたら、どっちを選ぶんだろうって。
倒れたままのセルの上に体を預けて、胸に顔を埋める。
「どんな俺でも好きだって言ってくれ……」
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
旅館についてからもセルは起きず、俺は旅館の女将に頼んで、本館にあると言う出し物の桂とグラサンを借りた、さらにセルに着せられていた赤い服も、旅館の水色の浴衣に着替えた。
セルを試すんだ……本当に俺のことが好きなのか!!
部下たちに赤い部屋に運び込まれたセルは、まだ起きる気配はない。
どうやらリムジンとその運転手以外はみんな帰ったらしい。付いてきていることさえ知らなかったけど……あの人たちは護衛だろう。
「…………セル」
自分の手に嵌められている赤い指輪を見つめる。いつかこれを外す日が来るんじゃないだろうか……いやだ。いやだ。
くそ……!! なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだ! セルのこと……こんなに好きになってたなんて……!
頭を抱えていると、目前から布団が捲れる音が鳴って、セルが起きたのだと気がつく。
「セル」
「ヴァント……………………………………」
振り返ったセルは口を開けたまま固まっている。そうだった、桂とグラサンしてるんだった。服は仕事でも黒いスーツを着てるし、やっぱり重要なのは髪と目なんだと思う。
「………………………………」
口を開け放ったまま黙り込んでしまっているセルに、だんだんイライラしてくる。
ムカつく……ムカつく!! さんざん俺のこと好きだ愛してるだ言ってきたくせに、俺が赤じゃなくなったとたんに……とたんに!
涙が溢れる……サングラスがあるから拭いにくかったが、涙がセルに見られないのは助かった。
赤じゃない涙なんか見たらセルは不快になるだろうし。
懸命に拭っていた両手が、不意に動かなくなる。
「セル……?」
両方の手首を掴まれているが、セルは俯いたままだ。
「ヴァントリア……確かに俺は、今のお前を目に入れたいと思えない」
ガーンッと頭を後方からぶっ叩かれたような衝撃が走った。
「だけど……お前のためなら、俺は他の色も好きになるよ。俺が、美しい色だけを好きでいれば、ヴァントリアは俺から離れていく。そんな気がするんだ。だから……俺は…………」
俯いていたセルの目が俺をみる。セルの瞳には赤くない俺が映っている。
「セル…………」
「——愛してる」
セルの顔がどんどん近づいてくる。
ま、待ってくれ。
待ってくれ……………!!
そ、そんなの聞いてない…………、い、色は!? 俺は今赤くないんだぞ。なんで涎垂らしてるんだよ。
なんでそんなに荒い息吐きながら迫ってくるんだ。
これじゃまるで、俺が赤くなくてもいいって……………俺だから好きだって言ってるみたいじゃないか。
セルの鼻先が俺の頬に押し付けられた。唇に柔らかくて熱い感触が重ねられる。
ドクン、ドクン……と心臓が強く打たれて、体に熱を送ってくる。
両手首を掴んでいた手は今、手のひらを合わせるように俺の手を掴み指を絡ませてくる。
長い口付けが終わり、セルの顔が離れていく。
その様子を見つめ続けていると、セルの目がゆっくりと開かれた。
「セル…………」
セルの目が大きく見開かれ、固まってしまう。不安になってまだ繋いだままのセルの両手をぎゅっと掴む。
セルはぼうっとしたまま呟いた。
「お前は何色でも美しいな」
ボッと顔が熱くなるのを感じる。
「…………え」
つ、つまり、なんだよ…………俺は勝手にセルは俺を好きじゃないと思い込んで、勝手に怒って、勝手に落ち込んで…………セルを困らせて……!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!!
「ヴァントリア」
「ひへっ!?」
「これからもお前が傍にいてくれるなら、俺はどんな色でも好きになれる。お前に一生俺の傍にいてほしい」
「あ、あう……」
ど、どうしたらいいんだ、本当の両想いだとわかったとたん、目を合わせるのも恥ずかしくて変になりそうだ!
「お、俺も…………セルのことが……」
「……ヴァントリア?」
目を合わせることに限界を感じて、近くにあったセルの胸に顔を埋めてすがりつく。
「……好き、だ」
近くで壁を叩くような音が聞こえる。うるさいな、隣の部屋か? そんなにうるさくしてないだろ、壁が薄いのか。
いや待て……ここはセルのために作られた別館のはず、壁もたぶん薄くない。そして俺たちの他には誰も泊まってない。
なら、この音は……
——ポタタ、と俺の肩に水が落ちてきたような音がした。
驚いてバッと顔を上げると、セルの鼻から血が垂れている。
「…………え」
あれ、うるさかった音が遠くなった……?
まさか、と思ってセルの胸に耳をつける。
「…………あ、あはは、は……」
壁を叩く音じゃなかったぁぁ……!!
セルはまた俺が擦り寄ってきたと思っているのか、ぎゅっと背中に手を回してくる。
「ヴァントリア……」
「セル……」
セルが満足するまでくっついていた俺たちだが、朝食もまだだったからお腹が空いてきてやっと離れた。その頃には桂もグラサンも外した。
旅館の外に出て観光地を回ったり、色に酔って吐くセルを解放したり、旅館でのんびり過ごしたり、夜には温泉に二人で浸かったり……
楽しくてあっと言う間に時が過ぎた。
そして待ち望んだ夜を過ごした後……
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
昨日トイレに行くと言って抜け出した俺は、本館にいた旅館の女将に電話して、チョコレートケーキを用意してもらうことができた。
早朝、そのケーキを受け取った。セル用に作られたため、真っ赤なケーキだった。
昨日の夜のこともあって顔も合わせるのも恥ずかしかったが、セルと二人で机を囲んでケーキを食べた時間は幸せだった。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
帰りのリムジンでセルと話している時、ふと思ったことを言ってみる。
「セル、俺……緑のある庭が欲しい」
「ヴァントリア……」
「赤い薔薇でいいからさ」
「…………ヴァントリアが喜ぶならなんでもいいけど。……青い薔薇とかどうかな?」
「え?」
「ヴァントリアにも、俺の色を好きになって欲しいんだ」
もう充分好きなんだけどな。
髪はもちろん……太陽に輝く銀色の瞳、あの夜の月みたいな……。
俺が、セルのことが好きだって気付いたのは、きっとあの月を見たおかげだ。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚
セルとヴァントリアがすでに結婚していて、両想いで、ある一夜のことまで知った者たちがいた。
ある者は失神したり、ある者は数ヶ月閉じこもったり、ある者は発狂し踊り狂ったり………………したらしい。
終わり
ヴァントリア 鈍感拗らせだが強い押しに弱い激重系
初恋のアゼンヒルトと両思いだったが、付き合っていない。遠距離だったことと年齢差を気にするアゼンヒルトに距離を置かれていたため、だいぶ前に恋に終止符を打っていた。幼少期のトラウマもなく幸せに暮らしてきたため、ヒオゥネとの距離もなかなか縮まらず、ルーハンやシスト、テイガイアなんかにも好かれているとは思っていない鈍感ぶり。しかしその鈍感の壁をいとも簡単に破壊して登場するセルに、どんどん意識させられ惹かれていく。セルには自分だけを好きでいて欲しい、捨てるようなことがあったらウォルズにでも協力してもらって監禁してやりたい、と思っていて、割と重めの感情を持っている。アゼンヒルトに海外に逃げられたと言う経験もあって、セルには逃げられたくないと言う思いが強い。ウォルズはおそらく喜んで協力するだろう。
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全て読ませていただきました!途中辛すぎて何度も泣きながら最高のハッピーエンドが迎えられて本当に嬉しいです!最高の作品をありがとうございます!
こちらこそお読みいただきましてありがとうございます!(^^)
途中まで読んでいますがめっちゃ面白いです!!もしかして重い系ですか、?
お読みいただいてありがとうございます!
結構重めです💦 でもバッドエンドではありません! 急に重くなることもあるのでお気をつけください……!
いっきに読ませてもらいました😊‼️
途中涙が止まらなくてやばかったんですけどこんなに感動するお話にあったの久しぶりでめちゃくちゃ幸せです😭😭
最後はHappyで終わって良かったです!
この作品のこと大好きになったので何度も読み返して楽しませてもらいます♥️
本当に最高です👍
感想ありがとうございます!
いっきにお読みいただけたことや、作品を好きになってもらえたことがとても嬉しいです。
作品は残るので、何度でも読んでいただけたらと思います!✨