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第十五章

274話 伝えたかった言葉

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 15階層デュアナディアの第三宮殿ではシストがすべてウロボス帝の仕業だったと発表したと言う噂が広まっていた。
 シストに連絡して尋ねると、そんなことを言った覚えはないと告げる。

「もしかしたらウロボス帝が私に変身して勝手に発表を行ったのかもしれないね」

 シストの元へちょうど、オリオスから連絡が入り、ビレストの本部もある大都市・14層ファルマテュペテュンにシストが現れたと言う報告が入る。
 俺達はシストにファルマテュペテュンへ向かって、確かめるよう言われた。
 ビレスト――エルデとダンデシュリンガーと合流し、発表の場に着く。
 発表の場である広場には、シストに変身したらしいヒオゥネの姿がある。拡声魔法を発動させて集まっている住民に向かって声を発した。

『囚人の実験、人攫い、奴隷や娼婦への虐待、それらは全てウロボス帝の呪いが掛けられていたから行われたことだ。連れてこい』

 もう一人の、恐らく分身のヒオゥネが姿を現す。
 彼を見た途端、町中の人から黒い靄が発生し、それらは全てヒオゥネの身体に向かって吸収される。
 呪いは町の人には見えていないらしい。テイガイアがそれを見て静かに呟いた。

「自分に向けられた嫌悪感を呪いとする……それが疑似呪い」

 何かしらの合図があったのか、ビレストはシストに化けたヒオゥネを捕らえるために動いた。
 ビレストとヒオゥネ、灰色の集団との戦闘が始まる。住民たちは避難させられた。
 ヒオゥネが発した言葉は正しいことなので訂正はしないとエルデが言う。

「確かに正しいけど、全部ヒオゥネのせいなんて……」
「シスト様を引きずり下ろしたいんですか?」

 と、ダンデシュリンガーが睨みつけながら言ってくる。

「いや……違う。違うけど……」

 エルデは「あなたが王族に向かないと言われるシスト様のお気持ちを理解した気がする」と言った。
 ヒオゥネは余裕そうだったが、灰色の集団は押し負けている。
 後もう少しで集団を捕らえられる、そう思った時だった。
 ヒオゥネが手を掲げ――町を覆うような巨大な魔法陣が地面に現れる。

「転移魔法の陣……!」
「こんな大規模な魔法陣は見たことがない……!」

 それぞれが驚きを見せる中、ヒオゥネの転移魔法で灰色の集団とヒオゥネは姿を消した。
 追いかける手段はなく、俺達は後のことをビレストに任せ、第二層ヘルキュシナへ向かった。


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 第一階層ユアからシストが降りてきたと知らされ、第二層にもある執務室に俺一人が呼び出された。

「何の用だよ」
「貴様はヒオゥネの行動をどう思う?」
「…………呪いを集めるために自棄になってるとか?」

 首を傾げながら言うと、シストは首を振ってから言った。

「自棄になったわけではない、恐らく終盤が近いのだろう」
「つまり、ヒオゥネは呪いのコントロールが出来るようになってきたってことか?」
「ああ、本体とやらが動き出すだろう」
「ヒオゥネの本体が……」

 じゃあ、もしかしたら本体とどこかで会えるもしれないってことか……。
 そんなことを考えていたら、シストから冷たい視線を感じてパッと顔を上げる。シストと目を合わせれば、彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

「ヴァントリア、こっちに来い」

 そう言われ、何でだと思いながらも近づいて行く。

「こっち側へ回れ」

 机の向こう側に来いと言うことか、怪しみながらも近づいていけば、ガッと腰を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
 シストの膝の上に乗る形になり、驚いていると、シストの顔がぐんと近づいてきた。
 それを腰の手を使って背中を逸らし避ける。

「ヴァントリア……約束を忘れたのか?」
「や、約束?」
「何でも言うことを聞くと言う約束だったろう?」
「そ、そうでしたっけ~……?」

 顔を背ければ、顎を掴まれ顔をシストの方へ向けられる。

「ヴァントリア、俺は貴様を愛していると言った筈だ」
「う、うん、俺も好きって言った」
「愛していると言え」
「は?」
「貴様も俺を愛しているだろう?」
「は?」

 何言ってるんだこいつは。

「俺が愛してるのはヒオゥネだけだ」
「……っ、なっ」

 シストは完全に固まってしまった。
 つんつんと頬を人差し指で触ってみるが、相手は微動だにしない。

「……っ!!」
「うわ……!」

 突然腰を離され、胸を押され、シストは椅子から立ち上がり、俺は机の上に押し倒される。

「ヴァントリア……貴様!」
「な、何だよ」
「冗談で言っているのなら今すぐ取り消せ」
「冗談なんかじゃない。そ、それにシストには関係ないだろ」
「俺の話を聞いていたのか、俺は貴様を愛しているんだぞ」
「そ、それは……兄弟愛みたいな」
「違う!!」

 シストは俺の両腕を掴み机に押さえつける。彼の顔が近付いてきて、長い睫毛が間近で伏せられる。
 柔らかく、湿った感触が唇の上に乗り、驚愕した。
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 シストの顔が離れるのと同時に、唇の上に触れていた感触がちゅっと音を立てて離れる。

「こう言う意味で愛しているんだ」
「な……、なに」
「分からなかったのか?」

 シストの顔が再び近づく。やっと、自分が何をされたのか分かる。

「や、やめろ!!」

 シストは動きを止める。主従契約の命令に従っているらしい。しかし、次の瞬間、シストの首に巻きつく光の鎖が現れ、バリンと音を立てて崩れていく。

「なっ……!」
「貴様に使える脱出系魔法が俺に使えぬとでも思っていたのか」

 口角を上げ、顔を近づけるシストを見て、怖くなる。

「や、やめ……やめろ」
「…………チッ」

 シストは手首を押さえる手を解き、俺を解放する。

「ウラティカとの婚約破棄を命じる」
「は?」
「これは決定したことだ。ウラティカに伝えてこい」
「お、俺が?」

 シストは「会いたかったのだろう」とため息混じりに告げた。会いたかったけど、婚約破棄を伝えに行くなんてだいぶ気まずいだろ……。

「俺と婚約破棄したらウラティカはお前と侍女以外誰にも会えなくなるってことか?」
「そう言うことになるな」

 俺は机の上から飛び退いて体勢をなおし、シストに掴みかかった。

「婚約破棄について話す、けど、ウラティカを自由にしてやってくれ!」
「……やけに協力的だな。ヒオゥネと関係があるのか?」

 ギクリと肩を揺らすと、シストの眼光が光った。

「俺は貴様を諦めたわけではない」
「じゃあ、どうして……」
「フン、震えていたくせに聞くな」

 つまり、俺を可哀想だと思ったのか? やっぱり優しいところはあるんだな。ゼクシィルや、アゼンヒルトとは違う。

「俺、ちゃんと好きな人が出来たって伝えてくるよ」
「ああ、貴様の口からの方が、効き目があるだろう」
「え……?」
「…………」

 シストは何を尋ねてもそれ以上答えることはなく、「今すぐ伝えてこい」と第三層アルトへ行くよう指示を出した。


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 俺は第三層アルトの地上から来た者を捕らえる部屋へやってきていた。
 久しぶりに会ったからだろう、ウラティカは目を輝かせながら傍にやってきた。
 昔話に花を咲かせるでもなく、いきなり本題を口にすることにした。どうせ悲しませるならと、思ったのだ。

「ウラティカ、俺、好きな人が出来たんだ」
「は、はい?」
「シストから、婚約破棄も決定したことを伝えてこいと言われてる」
「………………あ、あの、訳がわかりません。急にどうしたんです。冗談はおやめになってください」
「冗談じゃない」

 真剣な目で告げると、ウラティカは涙をポロポロと流し、地面に崩れ落ちる。

「いずれこんな時が来るかもしれないと思っていました」
「ウラティカ」

 肩に触れようとしたら、「触らないでください」と拒絶される。

「あんまりです……ワタクシはずっと、貴方との婚約破棄を断ってきていました。貴方を想っていたからです」
「ごめん」
「酷いです……」
「ごめん」
「その人のどんなところが好きなんですか」
「あいつは俺を、助けてくれたから……」
「もし閉じ込められていなかったらワタクシが何度でも助けに行きました」

 その言葉には思わず俯く。

「ごめん。ごめんな」
「出て行ってください」

 そう言われ、このまま居座っても何もかける言葉が見つからないと思い、去ろうとして、振り返る勇気がないまま告げる。

「俺のことを信じて待っていてくれてありがとう」

 今までずっと、伝えたかった言葉だった。
 ヴァントリアが去った後、ウラティカは顔を覆い、地面へ倒れ込み涙を流す。

「あなたが優しいことを知っているのに、自分を責めると知っているのに、私まで責めてしまってごめんなさい……」



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