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第十四章

270話 思い出したい

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 自分の記憶に障害があることには気が付いていた。自分には自分とは違う人格があり、彼を主流として動いていたのだと言う自覚もあった。だが、生まれた頃、地上にいた頃は俺が主流として動いていたし、新しい人格が生まれて好き勝手していると気がついたのは地下都市と言うこの世界にやってきていたからだった。しかも自分の幼かった歳が大人と言われる歳まで増えていたことに最初はひどく驚いた。
 言葉や文字などを習わずとも知っていたことから精神年齢の成長は人格と共有していたが、記憶だけは共有できていなかった。
 最初から、俺の人格は別の人格に奪われつつあったのだ。ヴァントリア・オルテイルと今行動しているのだって、別人格が勝手にそう行動したからだ。
 俺が会ったヴァントリア・オルテイルはもっと非道な男だった。奴隷を足蹴にし、娼婦を買い漁る。それが許せなくて邪魔をした。すると彼は改心したふりをして共に酒を飲んだ。話せばわかる奴じゃないかとその時は彼のことを信じ切っていたが、酒の勢いで眠った俺は、翌日の朝豚小屋へ放り込まれていた。豚の糞尿まみれになった屈辱はもちろん、綺麗ななりで娼婦に近づくヴァントリアを見てひどく腹が立ったのを覚えている。
 もちろんその時も邪魔をしたら、奴は俺を睨み付けて散々罵った後側近とやらと去っていった。娼婦を助けられて良かったと俺はあの時確かに思った。
 だが、現在。
 ヴァントリアのしてきたことが彼らを守るためだったことだと知り、俺は戸惑っていた。
 ヴァントリアの仲間であると言う者達と過ごし、話すうちに、ヴァントリアが俺にとって大切な存在であったと知り、非常に戸惑っていた。
 特に俺の人格はどんな奴だったか皆に聞いた時、変態と言われた時は別人格を殴ってやりたくなった。
 テイガイア博士は俺のことをヴァントリアの精神的支えだったと語った。
 だから早く思い出してくれなければ、ヴァントリアが壊れそうな気がしてならないと。
 正直、そんなことを言われても困る。別人格は本当に気まぐれに俺へ意思を委ねるからだ。もう一人の俺に身体を返すつもりもない。元々俺の身体だ。
 そう伝えれば、人格に明け渡す必要はなく、共に過ごした記憶を思い出して欲しいだけだと言われた。
 もしそうだとしても、どうやって記憶を思い出せば良いのか分からない。仲間達は思い出せるよう協力すると言ってくれた。まずは無理に思い出そうとしても意味はないからと、ただ一緒に過ごしてみようと言う話になり、ともに行動することとなった。
 彼らのことはもちろん、本当のヴァントリアを知りたいと思う。彼らと過ごした日々を、思い出して、みんなを安心させたいと思った。


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 俺達は麻薬と武器の出回る21層フォイガストにやって来た。
 目的である麻薬づけにされた人々を発見し、俺はテイガイアとラルフに薬を作るよう頼む。武器商人は捕えて、最下層に送る予定だ。
 イルエラとジノと、麻薬づけになった人々を集めに行こうとすると、ウォルズに呼び止められた。

「俺にも協力させてほしい」

 仲間達と出会って心境が変わったのだろう。歩み寄って来てくれたウォルズを見て嬉しくて、笑顔で答えた。

「もちろんだ」

 ヘイルレイラは勝手に行動すると言う。

「待てよ兄貴!」

 マリルは慌てた様子でどんどん先を行くヘイルレイラを追いかけていった。


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 一週間が経ち、人々もほとんど集められたが、次々と麻薬づけになる人が増えて切りがない。

「出所はどこだ……」

 とイルエラが思わずと言った風に呟く。

「この町の兵士だ。20層ツーチャの森には大規模実験場Ⅲがある。そこで実験された亜人の兵士達はこの町の領主に買われる。領主は麻薬の販売主で金を得るために、買われた兵士達にそれを売らせている」

 ウォルズが瞠目してこちらを見るが、話に夢中でそれに気づくことはなかった。

「相手は強くて抵抗できない。匂いをかがされただけでも厄介なマーシリアンという名前の麻薬だ」
「随分と詳しいな」

 ウォルズにそう言われ、どう答えようと考えながら言う。

「まあ昔から調査のために色々歩き回ってたから、知ってるんだ、たぶん」
「たぶん?」

 大勢の人の記憶があるとは言えないな。

「俺、記憶があいまいで……」
「お前も?」

 ウォルズは驚きながらそう尋ねた。
 ……そうか、今のウォルズは俺と一緒なのか。やってないことをしていたことにされて不安だろう。それにその時の記憶を思い出そうとしても思い出せない。俺より重症だ。

「今までこの層で働いていた兵士も全て実験された後だろう。それでストレスが溜まって発散するところを探していたんだ。もしかしたら大規模実験場Ⅱの時みたいに洗脳されているのかもしれない」

 ウォルズはそれを聞くと、考えるように俯けていた顔を上げて真剣な顔つきで言った。

「ヘイルレイラを説得しに行く」

 そう言って近くにいた兵士を見つけると彼らを倒していき、俺達も協力するため彼を追いかけた。


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 ヘイルレイラと協力して領主を捕まえ、王族の力で彼を43層ゾチに投獄した。44層の大規模実験場Ⅰは使えなくなっている筈だ。43層の囚人が実験されていないとは断言できないが、反省する時間くらいは与えられるだろう。
 兵士も領主によって麻薬づけにされていた。洗脳と、麻薬づけにされた人たちをテイガイアとラルフの作った薬で治していく。
 十分の一ほどの兵士や町の人を治した時だった。彼らの身体から黒い砂ようなものが溢れる。

「呪いだ! 離れてください!」

 テイガイアの声が聞こえ皆離れようとするが、それは襲い掛からず霧散するようにどこかへ消えていく。どうやら洗脳は解かれたらしいが、麻薬づけは治りそうにない。
 数日後、ラルフが開発した巨大な噴霧器で薬を町中に放つことになった。
 また数日が経った頃には、町は賑やかさを取り戻し、酷い状態になっていた町の復興が始められていた。
 新しい領主も決められ、彼は町の美しさを取り戻すために躍起になっていると言う。
 いい人なのかはまだわからないが、しばらくは大丈夫だろう。

「次はどこに行くンだよ?」
「兵士と麻薬の出所……ツーチャへ行こうと思ってる」
「元を立ちに行くんですね」
「うん」

 その日は宿屋に泊まることになった。
 なかなか寝付けなくて、夜風に当たりに一階の酒場へ向かう。すると、酒場のカウンター席で酒瓶を待つ金髪の男が目に入って瞠目する。
 一瞬、晴兄の記憶を持つウォルズかと思った。
 こう言うところは変わらないんだな。

「ウォルズ」

 呼びかけて傍に行けば、彼は顔を上げ、いっとき俺を見つめてから、ぷいと顔を背ける。

「今まですまなかった」
「へ?」
「頑張って君達と過ごした記憶を思い出すよ」
「えっと……無理に思い出さなくてもいいよ」
「思い出したいんだ」

 ウォルズの方を見ると、彼は目を合わせるようにこちらを見る。目と目が合い、何も言わずに見つめられる。目を逸らすことが出来ず、何かを言おうと思ったが何も言えず、ただ、ただ、見つめ合う。

「お前のことを思い出したい」

 急激に顔が熱くなっていく。

「な、なに言って」
「……お前は特別、らしいからな」

 言いながら、うとうとと目を瞑るウォルズが寝息を立て始める頃には顔の熱も冷め始めていた。
 び、びっくりした。真正面からあんなに見つめられることなんてあっただろうか。
 ウォルズってほんと顔がいい。
 マスターに知り合いなら部屋までつれていって欲しいと頼まれ、寝てしまったウォルズを運ぼうとするが、力がなくて運べない。
 困っていると、ヘイルレイラが階段から降りてやって来た。
 同じ宿屋に泊まっていたのか。まあ前世のゲームをプレイした者ならゲームに出てくるお馴染みの宿屋であるこの宿屋に泊まってしまうか。
 ヘイルレイラは俺がウォルズを運ぼうとしていたところを見ていたのか、黙って手を貸す。

「あ、ありがとう」
「テメエからそんな言葉が聞けるなんてな」

 俺もそう思います、とは言えない。彼とはまだギスギスしているし下手に怒らせなくなかった。
 そう思っていたら、階段を登り切ったヘイルレイラが振り返らずに言った。

「……誤解していて悪かった」

 目を見開き立ち尽くしていると、彼は振り返って、また前方を向いて、空いている手で頭を掻く。
 急にどうしたんだろうと観察していたら、彼の耳の後ろが赤く染まっていることに気がついた。ネクトヘイヴのことや、この町――フォイガストのことで思うところがあったんだろう。

「誤解じゃないよ。助けるためだったとしても方法は間違ってた。たくさんの人を苦しめたんだ。だから俺は、償うって決めたんだ」
「……じゃあ俺様にも協力させてくれ」
「なんで? お前は特に何もしてないだろ」
「失礼だな。俺様は人攫いや強姦魔を退治してたぞ」
「それはすごいな。俺一人じゃできない」
「だから協力させろと言ってるんだ」

 ウォルズを彼の泊まる部屋のベッドへ寝かせるヘイルレイラの背中を見て、呟く。

「もしかして……仲間になりたいのか?」
「そうじゃない!!」
「し~!」

 慌てて彼の口を塞ぐ。ウォルズやウォルズと同じ部屋に泊まるイルエラが起きてしまうじゃないか。
 二人して廊下に出てから、扉を背に尋ねる。

「じゃあなんなんだ。急に」
「そういう気分なだけだ」
「……うーん。まあいいや」

 素直じゃないな、こいつも。

「よろしくな、ヘイルレイラ!」
「……チッ、勝手に納得した顔しやがって」

 手を差し出せば、しぶしぶだが手を握り返してくる。

「前世のゲームの話もしたいしこのまま一緒に酒場で話さないか?」
「テメエ酒飲めねえだろ」
「俺は水でいいよ」
「俺様は酒は飲まねえ。必要とされた時は飲むけどな」
「もしかしてお前って会社員?」
「もしかしてって、普通だろ。テメエは?」
「無職です」
「……………」
「憐れんだ目を向けるのをやめろ!」
「ヴァントリアの前世がニートなのはウケるな」

 口を押さえて口角を上げる彼を見て、ムカついたので足を踏んでおくと、めちゃくちゃに睨まれた。べっと舌を出すと、ヘイルレイラの額に青筋が浮かんだ。

「いいだろう。たくさん話すことがありそうだ……」
「ひえ……」

 ヘイルレイラの説教から、いつの間にか前世のゲームの話に花を咲かせるうち、喋り疲れてカウンター席でそのまま眠った。マスターはコップを磨きながら深いため息を落とした。

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