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第十二章

252話 偽物の出会い

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 僕は8歳になった。今日は確かパーティに行く予定があった。面倒臭い。本でも読んでいたい気分だ。未来の僕に習った通りに分身を出し、あとは彼に任せることにした。
 分身――僕は部屋に戻り、勉強机で本を読んでいれば、一人の召使いがパーティ用の衣装を持ってやって来た。

「もう行くんですか?」
「全階層から貴族が招待されていますので、通常の時間では混んでしまいます。早く着いた方は王宮を見学してもいいそうです」
「王宮を? 白いだけの建物に魅力があるんですか?」
「白いからこそ美しいのかもしれませんよ」

 着替えを終えたタイミングで、父が部屋へやってきた。彼も既に正装だ。

「時間になったら第8階層ミルレイユへ向かうんですか?」
「はい」
「ヒオゥネ、前にも言った筈だ。私以外とは口を聞くな」
「それは無理ですね。情報は欲しいので」
「……わかった。話すのはいい、だが自分から話しかけるな。相手を疑うことを忘れるな。いいな?」
「僕は誰も信用しませんよ」

 父親は指で眉間を抑えてため息をついた。それからミルレイユに着くまでの間、会話はなかった。ミルレイユで受付を済ませてから、王宮へ向かう。王宮の庭だ。第一階層ユア。

「やあファルファント。珍しいじゃないか、君が顔を出すなんて」
「妻がいない今、私が参加しない訳にはいかない」

 母親は我が家の顔であった。お爺様いわく、子供の頃は明るくてやんちゃで手のかかる娘だった。しかし歳を重ねる事に他の貴族と引けを取らない気品を身に付け、数々のコンクールで賞を取り実績も残した。
 貴族の間でも名を知られるような有名な貴族となり、そんな彼女に婿養子として迎えられたのが父・ファルファントだ。
既に庭には十数名程度の客が来ている。そんな中、父親に近づいてきた男がいた。どうやら知人らしい。父親は僕達と同じように既に来ていた客に次々と話しかけられる。
 父親が見ず知らずの人と話している姿を見ていてもつまらないだけだ。それに見たところ僕と同年代の子供の姿はない。子供はいるが、青年と呼ばれる年齢だろう。彼らより子供の僕がここにいることが場違いな気がしてくる。
 ミルレイユに残れば良かったかもしれない、ここに来る前に同年代の子供を数人見かけた。
 しかし子供と大人の数が釣り合わなかった。情報交換のためだけに大人だけで参加している者もいるらしい。子供がいないからと言ってその人達を呼ばない訳にも行かないんだろう。
 それに王子達の見合いのためだけに全階層の貴族を招くパーティを開くなんておかしい話だ。何か裏があることは確かだ。オルテイルが何を企んでいるかなんて興味はない、放っておくことにした。
 庭を歩いていれば、白くつまらない廊下が見えてくる。……庭も白1色でつまらないけど。
 どうやら庭の端まで来てしまったらしい。
 庭を歩くのも飽きてきたし、建物の中に入ってみることにした。しかし、つまらない。本当につまらない。確かに装飾や計算された光の交差は美しいかもしれない、けれど、どこかもの足りない。
 もう少し奥に行ってみようと、角を曲がった時だった。

「ばあ――っ!」
「…………」
「え、あ、あれ? だれ?」

 曲がった先で待ち伏せしていたらしい子供――同い年くらい――が両手を挙げてバンザイしたかと思えば胸に飛び付いてきた。

「……」

 子供はくっ付いたまま固まってしまっている。
 白い世界には不相応の赤い髪と赤い瞳。不思議と彼だけ浮いて見える。……そう考えて、僕の服装を見る。……黒い。自分も似合っていなかったかもしれない。父親と召使いは白い衣装なのに、何で僕だけコレなのか。

「……お、お前だれだよ。きもち悪いな、さわるな」

 赤い子供は身体を離してから後退し、そう言って睨み上げてくる。……少しも怖くない。

「貴方がくっ付いてきたんでしょう。誰か待っていたんですか?」
「お兄様がここを通るって言ってたから、おどろかそうと思って……って、なんでお前に話さなきゃならないんだ!」

 赤い子供は地団駄を踏んでキイイイッと僕を睨み付けてくる。何で敵意を向けられているんだろう。警戒されているのか? 目線を合わせてみよう。

「兄弟がいるんですか?」

 手に膝をついて顔を近づければ、相手はぽけ、とした顔で見つめてくる。

「……お前俺のこと知らないの?」
「知りません」
「うそだ!」

 キッと睨まれる、目線を合わせても効果はないみたいだ。体勢を戻してあたりを見渡す。

「貴方のことを知らないと言う嘘をついて私に何かメリットがあるんですか?」
「……だ、だって、黒いし」
「意味がわかりません」
「……く、黒は悪者の色だし」
「なら貴方はどうなんですか?」
「俺は白い服着てるだろ!」

 えっへんとほこらしげに胸を叩く。

「僕も白い服を着ればいいんですか?」

 答えに迷っているようだ。

「……おまえ悪者じゃないのか?」

 どういう基準で判断してるんだろう。

「ところで、案内して欲しいんですけど」
「は?」
「迷いました」

 それを聞けば、相手はニヤァァっと効果音がつきそうなくらい非常に腹の立つ表情をした。

「ハン、お前なんかのためにどうして俺が! 俺は一人で帰るから勝手に着いて来てもいいぞ!」
「つまり案内してくれると言うことですか?」
「うっさい! すとーかーめ!」
「意味がわかりません」

 ぴーぴー喚きながら子供が歩き出したので着いていく。

「着いてくるな!」
「着いてきてもいいと言ったじゃないですか」
「つ、着いてくるな!」
「……もしかして迷いました?」

 ピタッと前の背中が動きを止める。

「…………ま、まよ、迷ってなんか」
「なるほど、貴方の言う通り着いていかない方がいいですね。それでは失礼します」
「――待ってぇぇえええええッ!!」

 踵を返せば、赤い子供が腕に抱き着いてきて離れなくなる。

「あんない、あんないしてやるから!」
「どこに案内されるのか分からないので結構です」
「一緒に遊んでやるから!」
「結構です」
「いじわる! 遊んでやるって言ってるのに!」
「面倒な人ですね」

 子供をズリズリと引き摺りながら歩く。

「時間はまだまだあるんですから、そのうち誰かが見つけに来てくれますよ。王宮なんだし召使いくらい………………それにしては、誰も通りませんね」
「ここはあなばだからな」
「どこで覚えたんです、そんな言葉」
「こっちだ」

 道が分かったのか?
 手を引かれるままついて行けば、壁にトンネルがズラリと並ぶ広間へとやってきた。そのトンネルのうちのひとつに入って、奥へと進んでいく。
 長くはないが、暗くて、向こう側が想像出来ないくらいにはぐにゃぐにゃした道だった。

「名前を聞いても?」
「本当に知らないのか?」
「はい」

 子供は渋っていたが、こちらに振り返って、誇らしげに言った。

「ヴァントリア・オルテイルだ!」
「僕はヒオゥネ・ハイオンです」
「…………」
「…………」
「ヴァントリア・お、る、て、い、る! だ!」
「なんで2回言ったんですか?」
「…………」
「…………?」
「……い、言うことはそれだけか?」
「何がですか?」

 再びキッと睨まれる、ここまでで何回睨まれたんだろう。

「もしかして、驚くべきでしたか? 王族の証をつけてましたし、王子様の誰かであるとは分かっていました。もう一度自己紹介しなおしますか?」
「も、もういい!」
「そうですか。残念です」

 出口が見えてきた、眩い光に思わず目を細める。トンネルを抜けた瞬間、ザアアッと風が右から吹き付けた。

「……ここは」
「ユアのはじっこ。凄いだろ」

 目の前に広がる光景は、確かに美しい。白くてつまらない建物の中なんかよりずっと。
 廊下の向こう、すぐそこに青空がある。落ちれば一溜りもないだろう、と考えたが、恐らくこれは魔法で見せているだけ。どの階層でも空は見えるし、何よりここは地下都市だ。風も魔法によるものだろう。

「天空の階層ユア……。詐欺ですね」
「んなっ!?」
「僕をここに連れてきてどうしたいんですか?」
「え……別にどうもしたくないけど」
「帰り道は分かるんですか?」
「あ……!!」

 ヴァントリア……様は、どうやら相当なバカらしい。

「まあ、時間はたっぷりありますし、いいんですけど」

 廊下に座れば、ヴァントリア様もおそるおそる隣に座ってくる。

「……王族の方が地べたに座っていいんですか?」
「……う、うるさい!」

 ヴァントリア様は腰をあげると、よっこらせ、と僕の膝の上に座った。

「…………何してるんですか」
「ふふん、お前が俺の椅子になればいいだけのことだ!」
「貴方は悪い人ですね。僕は悪い人は嫌いです」

 ヴァントリア様は降りようとしない。それどころか向きを変えて向かい合ってくる。

「お前に嫌われたところでなんの問題もない」
「……私を見下しているのですか?」
「見下す? 見上げてるけど……?」

 そうじゃなくて。

「私は貴方より階級が低い貴族ですから」
「だから?」

 やはり……バカなのか?

「……貴方のお兄様方は見下していると思いますけど」
「意味わかんないけど、悪く言ってるのは分かるぞ! シストお兄様は違う! シストお兄様は皆に優しくてかっこよくて強くて、将来絶対王様になる人なんだ!」
「へえ。随分愛していらっしゃるんですね」
「愛して……?」
「違うんですか?」

 ……ヴァントリア様は眉間に皺を寄せている。何で睨まれてるんだろう。

「……愛してはいない。あとお前が言うとむかつく」
「何故です? 普通の家族なら愛し合うものでしょう?」
「愛し合う……お母様とお父様なら愛してると思う。愛してもらえてると思うし、愛し合ってると思う。けど……」
「ご兄弟は愛せないと?」

 ヴァントリア様はうーんと唸って僕の肩に額をぐりぐりしてくる。顔を上げて、ムスッとした顔で聞いてきた。

「……愛ってそもそも何? 何でそんなこと聞くの?」
「それは僕にもわかりません」
「何でだよ」

 あからさまに不機嫌だ。僕からこの話を切り出したのだから答えないといけなかったのかもしれない。

「何で……ですか。…………あなたと違って誰かを愛したことがないからですよ」
「……家族は愛してるだろ?」
「家族はいませんよ」

 そう言うとヴァントリア様の眉がへにゃっと曲がって、本人は俯いてしまった。ぺと、と胸に額を付けられる。

「……わ、悪い」
「何で謝るんですか?」
「だって」
「それより、いい加減降りてくれませんか? 重たいんですけど」

 へにゃっていた眉がビンっと尖る。

「うそだ。シストお兄様が、『お前は空気のように軽いな』って言ってた」
「なんで今真似したんですか」
「表現と言え!」

 怒ったと思ったら、直後、お兄様ぁ、とニコニコしだした。不思議だ。どうしてこんなに表情が変わるんだろう。
 自分と接する人はこんなに表情豊かではない。ヴァントリア様は子供だからか? 大人になったらつまらなくなるのか?


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