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第十二章
250話 一方通行
しおりを挟む両手首を強く握られ、逃げられないし、顔を隠すことも出来ない。
何なんだ、何なんだこれ。
「ヒ、オゥネ……」
「痛いのは僕がなおしてあげますから、泣き止んでください」
苦しい。
ヒオゥネの顔を見ると、今までのことを思い出す。
キスしたことも、抱きしめられたことも、そして身体を重ねそうになったことも。
「なん、で」
あの時、どうして助けてくれたんだ。
ゼクシィルになんて、何度も抱かれてたんだから、助けに来てくれなくたって良かったのに。
「わからないんだ……」
ヒオゥネを好きになって、でも、ヒオゥネは凄く大事な人がいて……フラ、れて。きっとゼクシィルに抱かれる方がずっとマシだ。こんな気持ち知らない方が良かったんだ。
「ヒオゥネ……が、好きだって言った」
「はい」
「俺、愛してるって言った」
「はい……」
なんで分からないんだ。
「ヒオゥネの好きな人の話なんて、聞きたくなかった……っ」
ヒオゥネは驚いたように目を見開く。
「言った、俺、俺言ったから」
ヒオゥネはそっと抱きしめて来る。手が自由になって流れっぱなしだった涙を拭えば、その手を退けようとして来る。
「はい、分かってます」
「わか、てない……」
「分かってますから」
「わかってな、い……っ」
手を退けるのは諦めたらしく、抱きしめてくる力を強くする。それだけなのに、ドクドクと心臓がうるさいくらいに暴れ回る。
「……言った、恋人になってって言った」
「……はい」
「好きになってって……愛して欲しいって言った」
「……そうですね」
背中に回った手が下がって、腰に巻き付く。
「そしたら、ヒオゥネの愛してる人の話いっぱい聞くことになった……」
「…………」
「ヒオゥネのこと知りたくて……我慢しようって思ったけど、苦しくなって……聞きたくなくて、だからヒオゥネに酷いこと言って……だから」
首筋に顔を埋めてくる。
「ヒ、ヒオゥネ」
湿った感触がして、離れた途端、ちゅっと音がなる。その音に、ビクッと身体が跳ね上がった。
「な、なに」
腰にあった手が下がって、何度も臀部を撫でてくる。
「ヒ、ヒオゥネ? ヒオゥネ……?」
首筋を熱くてぬるぬるした感触が這う。な、何、これ。何だ?
「ヒオゥネ……ヒオゥネ」
シュル、シュルと下の方で聞き覚えのある音がし始めて、どんどん何かが解かれていく。
「なに、して……なに、待って……」
服を持ち上げられ腕を上げられ、ヒヤ……と冷気が肌を撫でていき、ゾッとする。
「や、やめてくれ!! 同情なんかいらない……っこんなのやだッ!!」
何で服なんか、何で、何で。そんな、だってこの状況で服を脱いだところで一体何があるって言うんだ。どうして抱きしめてくるんだ、どうして首筋に舌を這わせてくるんだ。わかんない、わかんないヒオゥネ。
「やめて……やめてヒオゥネ」
俺のこと好きじゃない癖に、何で触ってくるんだ。こんな触り方卑怯だ。
「意地悪……ヒオゥネ、ひど……酷い、こんな、何で」
ヒオゥネの顔が上がってくる。涙で滲んで表情が分からないが、かろうじて、自分を見下ろしていることは分かる。
「嫌ですか?」
嫌なわけない……。だって、その為にここまできた。チャンスは今しかないからってサベラスにも言われたし、お風呂だって入ってきたし、色々準備もしてきた。ゼクシィルとのことで学んだことだから、本当は思い出したくなかったけど、それでもヒオゥネと、したかったから頑張った。それに、最後の一枚を捲られてしまったら、あのスケスケの羽織だ。スケスケだからその下も丸見えだ。
女の子みたいな、男用のあの下着を着けてるんだ。ヒオゥネに喜んで貰いたくて恥ずかしいのに着けたんだ。ヒオゥネは変態だから喜ぶ。と確信してた数刻前の自分に文句つけに言ってやりたい。
ドキドキしながら、ここに来た。告白するのも、凄く勇気が必要だった。
イルエラや、ジノ、テイガイア、ラルフ、そしてアトクタの皆、知っているだけでもこれだけの人が、ヒオゥネの手で苦しめられた。この気持ちを誰にも言えていない。
……ヒオゥネが好きだ。
どんなヒオゥネでも好きだ。
ヒオゥネが悪い人なのは分かってる、だから止めるって約束した。けど、今でも好きってことは、きっと、止められなくても凄く凄く好きだ。
ヒオゥネが好きだ……好きだ。
いやだ、ヒオゥネ。好きだから、こんなのはいやだ。
「なんで、ヒオゥネ……なんでそんなこと、聞いてくるんだ」
「分からないんですか?」
ヒオゥネの熱い手が頬を撫でて、指で涙を拭っていく。顔を近づけてきて、熱い吐息が唇に掛かった。思わず顔を逸らせば、ピタリと彼の動きが止まる。
「ヴァントリア様……僕を愛しているんでしょう? やはり、間違いでしたか?」
「どうして……」
何でそんなことが言えるのか、分からない。
「ヒオゥネには、愛してる人がいるのに、何で俺にこんなことするんだ……っ、何で思わせぶりなことするんだ、こんなの、フツーはしない。好きな人同士でしかしない、その先なんてもっとしない、恋人しかしない」
「僕の知ってる人は恋人じゃなくてもしてましたけど。直接見たわけではないですけど、したと言っていましたよ」
「俺は嫌だ……!! だって、だって、ヒオゥネは俺を見てくれないのに……他の人のこと考えてるのに、だ、抱かれるなんて、嫌だ」
「……ヴァントリア様」
ヒオゥネには好きな人がいる、それにもう会えないかもしれない。なら、今が本当にチャンスだ。ヒオゥネが、抱いてくれる気になっているのなら、今を逃してはならない。なのに、嫌だ。
「ヒオゥネ……愛してる」
ヒオゥネの顔が歪む。初めて見る表情だった。眉間に皺を寄せて、口を横に引き締めて、目を細めて、睨み付けてくる。
「……愛してるって言って」
「…………ヴァントリア様」
「俺のこと好きだって言って」
ヒオゥネの頰を両手で包めば、ビクッとヒオゥネの身体が跳ねた。
「ヴァントリア様が好きです」
ドキンドキンと脈の音が大きくなる。
「俺のこと愛してるって……言って……」
「……………………言えません」
「俺はヒオゥネのこと愛してる」
じっとヒオゥネの瞳を眺めていたら、先刻までほんの少しだけど変化のあった表情が、徐々に感情をなくしていく気がした。
いつも通りの無表情になって、ただ見下ろしてくる。
「…………僕は、いったいどうしたらいいんですか」
そう独り言のように呟く。
とたん、ヒオゥネの瞳に涙の膜が張って、そこから、ポタポタと光の粒が落ちてくる。
「ヒ、ヒオゥネ……」
ゆっくりとヒオゥネの綺麗な顔が降りてきて、唇が重ねられる。ちゅっと短く吸い付かれて離れていくそれを眺める。唇の上にはまだ熱い感触が残っていた。
「……愛しているとは、言えません」
「…………分かった。だから、こういうことはもうしないでくれ」
この状況だけでも、恥ずかしさで頭の中がパンクしそうなのに。どうしてキスなんてしてくるんだ。熱の残った自分の唇を指で拭う。それでも熱が剥がれない。どんどん熱が広がっていく、顔だけじゃなく、身体中まで熱い。血液が全身を巡っているのも分かる、熱さで身体が震えているのも分かる。
混乱して、脳が働かない。
「もう、しないでくれ」
じわっと涙が浮かんで、目を瞑ればつーっと皮膚の上を流れていくのが分かる。ベッドのシーツが少し湿っていることも理解できた。
「……もう、こんなことは……壊れる」
「ヴァントリア様」
「心臓が壊れるから、だから、もうやらないって言ってくれ」
「嫌です」
口を押さえていた手を退けられて、濡れた感触が唇の上に押し付けられる。火傷しそうなくらい熱い唇が、吐息が、嫌だった。ヒオゥネとキスしてる……ヒオゥネとキス。それを、熱で教えられている気がして、恥ずかしくて、好きで好きで、嫌だった。
拒みたいのに拒めないのが、ヒオゥネをこんなに好きになってる自分がすごく嫌だった。
相手の唇が離れれば、熱すぎるくらいのそれは離れていくものの、やはり自分の唇の上にはまだ熱が残っている。これも嫌だ。
キスしたって証拠みたいで嫌だ。
「やめ……ずるい。こんなの、ずる……」
「ヴァントリア様……」
それでも身をゆだねることしかできなかった。
「好きです……」
「俺も……ヒオゥネが好き。愛してる……愛してる、ヒオゥネ」
「僕は……愛せません」
ヒオゥネは愛していると言うどころか。「愛していない」と何度も繰り返して言いながら行為を行なった。
「嫌いだ……お前なんか」
俺もずっと泣きながらヒオゥネを責めた。
いつの間にか気を失っていて、目が覚めた時には後処理も済ませてヒオゥネは隣に眠っていた。掛け布団も俺だけが被っていて、申し訳なくなった。
どうやら、下着の意味はなかったらしい。全部脱ぐことになったからな。
俺は何をしに来たんだろう。会いたかったから来た。でも、会ってヒオゥネを困らせて、仲間達にも内緒でこんなことをして、後悔しか残らなかった。
ヒオゥネに背を向けて、声を上げないよう気を付けながら。そう考える。
ごめん。ごめん、ヒオゥネ。
ごめん、ごめん。みんな。
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