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第十二章

248話 嫉妬

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 それにしてもヒオゥネってなんか遠回りしてから辿り着いたみたいな話し方するよな。……ようするに回りくどいってことなんだけど。それとも俺の理解能力がないと分かってて丁寧に教えてくれてる?
 こんな難しい話、眉間に皺寄せて考えてそうなのに、顔の変化は相変わらずない。ハイブリッドや呪いの研究をしている博士なんだし、いつも考えてることなんだろうな。
 何となくヒオゥネの眉間を人差し指で触って広げようと撫でてみるけれど、ヒオゥネは首を傾げるだけだ。
 そ、そりゃそうだよな、眉間に皺なんか寄せてないんだもん。

「結局それと熱いのとどう関係するんだ?」
「ヴァントリア様もさっき言ったでしょう。僕には彼らと違って両親がいるんです。完璧に融合した人達から生まれた本物のウロボス一族です」
「でも……両親はウロボス一族なんだよな? 残ってないってさっきも言ってたじゃないか」

 いや、待てよ。残ってないとは言っても死んだとは言ってない。それよか生きてるって言ってた。なら、どうしてウロボス一族はヒオゥネしか、まさか、そんな、だって。

「ウロボス一族は必ず魔獣化します」

 やっぱり、魔獣化して、人でなくなったから残っていないってことなんだ。

「30~40代のうちに魔獣化し、いっとき地下都市の森で飼われてから、兵器として地上へ出されます。現在地上に生存している魔獣がどれほどいるか知りませんが、ゼクシィル様が生み出したウロボス一族の先祖の代から同じことが行われてきたらしいので、まだかなり生存していると思います」

 もう言葉も出ない。そんなことがあっていいのか、ウロボス一族がいなくなったのは、魔獣化して地上へ追い出されたから? しかも兵器として? じゃあ、地上で暮らしていた人達や動物達はどうなったんだ、いや、言うまでもない……きっと、ほとんどの生命が死んでしまっただろう。

「……意識もなく、感覚もなく。……意識だけがただ闇の中を漂うようなあの感覚、きっと魔獣化すればそれが続くんでしょう。ただ熱くて熱くてそれしか考えられない、自分が焼かれるような熱さ、やがてその熱さすら麻痺して、自分が誰かも忘れて、考えることもやめて、考え方を忘れて、やがて意識はなくなります。意識が消えても身体だけは暴れ続け、死ぬまで彷徨います。そんな中、奇跡的に生まれたのが僕です」

 まるで自分が体験したことがあるような言い方だな。

「僕は地上に放たれた魔獣が交尾をして生まれた子供です」
「……え」

 ヒ、ヒオゥネが魔獣から生まれた子供!? それこそ動物と動物の間に生まれたって奴じゃないのか!? いやいや、元はウロボス一族なんだっけ。じゃあ人間か? そもそもウロボス一族って人間だと思っていいのか?

「両親の性別も分からない、名前も分からない、魔獣化する前にどんな人生を送ってきたのかも分かりません。そんな意志のない魔獣が、僕を愛してくれたとは思えません。自分達が子供を産んだと言うことにも気付いていないでしょうね。当時、地上の調査隊をしていたウロボスの兵士がたまたま僕の産まれるところを見ていて、僕を保護して地下都市へ連れて帰ったんです」

 地上の調査隊なんているんだ、知らなかった。確かに、ウォルズの父親や俺の父親も地上に出ていたのだから、他の人物達が出入りしていてもおかしくはない。ディスゲル兄様も地上へ行っていたみたいだし。

「ヒオゥネは地上で生まれたのか?」
「はい。そのせいで、偽ウロボス一族の方々には嫌われてしまいましたけど」

 俺と一緒だ……。地上で生まれた人は、周囲の人からは未知の者としてしか見られない。彼等は俺達の扱い方が分からなくて、怖がられて、やがて嫌われていく。それに、地上は汚い物だと教えられているからな。
 好かれているのはウォルズくらいか。地上で生まれた人は、俺とウォルズだけだと思ってたんだけど。そうか、ヒオゥネも、地上で……。

「俺も。俺も、地上で生まれたんだ。だからみんなには嫌われてた」
「……そうですか。貴方なら、みんなに好かれてそうですけど」
「そんなことないよ。兄弟にも召使いにも無視されたし……。あ、でも俺にはウラティカも両親も、シルワール様もいたから、寂しくはなかったかな」
「僕は両親に嫌われていました。彼らはすぐに死んでしまいましたけど。話はしてくれましたよ。それから、ラノと言う友達がいて、彼なら愛せるかもしれないと思ったくらい、一緒にいて楽でしたけど、僕が博士になった頃には彼は遠い存在になってしまいました。恐らく別の研究所で、亜人の研究をしていると思います。彼はウロボスとオルテイルで取り合うくらいの天才でしたから」

 ヒオゥネが天才って言うくらいだから、凄いんだろうな。ヒオゥネより天才なのかな。
 それより……愛せるかもしれないって、ちょっとは好意を感じたってことか?
 嫉妬してるのかな、胸がモヤモヤする。

「……他にはいないのか?」
「博士達とは話すようになったんですけど、彼らにハイブリッドの呪いの実験を提案する時には既に自分がウロボスの末裔であることは伝えましたから、向こうが引いてしまって、ほとんど会話がなくなりました。仕事のこと以外は基本的に話しません、僕が指示を出すことが多いですね」

 もっと早く出会えていたら、地上の話とか、呪いの話とか出来たのかな。実験をしようとしていたなら、止められたのかな。そんなことばかりが頭の中に浮かぶ。
 もし、もし、たくさん話していたら、少しでも多くヒオゥネのそばにいたら、ヒオゥネの特別になれていたんだろうか。
 ただの親友でもいい、たくさん話すだけの相手としか思われなくてもいい。ヒオゥネのそばにいたかった。
 もっと知りたい、ヒオゥネのことが知りたい。

「……ヒオゥネがハイブリッドの実験をしてる意味って、自分の魔獣化を阻止するためなのか?」
「いいえ。僕は…….愛する人の為に呪いをコントロールしたいだけです」

 愛する人、その単語を聞いた瞬間、ずきりと胸が痛む。

「未来のヒオゥネにいつ、その愛する人の話を聞かされたんだ?」
「6歳です」
「6、歳……」

 そ、そんなころからハイブリッドとか呪いとかウロボス一族の魔獣化とか考えてきたのか。ひええ。

「じ、実験を開始したのは……」
「同じ時期です。未来の僕にはやく始めるように頼まれたので」

 えげつない……。自分には厳しいのかな。最高傑作しかあり得ない、なんて言うような奴だからな。

「……ヒオゥネも、魔獣化しちゃうのか?」
「既に何度かしています。完全に意識が飛ぶ前に自分の分身を増やすことで呪いを分けて元に戻っています。いずれ魔獣になる時が来るでしょうね。ウロボス一族の魔獣化はハイブリッドの比ではありませんから。被害は大きいでしょう。僕は地上に追い出されます」

 ……もう会えなくなるかもしれない、サベラスが言ってたのはこのことだったのか。実験のことは知らなくてもヒオゥネのことは知ってたんだな。
 チャンスは今だけしかないって意味も、やっと分かった。本体と会う機会も少ないのに、だってまだたった2回しか会ったことないのに、更に魔獣化して地上に追い出されてしまうかもしれないなんて。意識がなくなったら、それは、ヒオゥネなのか? 俺は見分けが付くのか?
 ……分からない。分からないけど、けど、まだ、一緒にいたい。
 一緒にいたい。魔獣になんかになって欲しくない。
 もう誰かを傷つけて欲しくない。

「実験をやめてくれないのは、その人がいるからなのか……?」
「そうですね。救う為の手段ですから。例えその人にどれほど嫌われようと……続けなければならないんです」
「そ、そんなの変だ」
「やはり、自分ではない人を救うのは、おかしいですか」

 声のトーンが少し落ちた気がする。

「そうじゃない。俺も、俺も誰かを救いたいって思うし、でも方法が悪いんだ」
「方法が……確かに、ラノに言われたことがあります。自分でも何となく間違っているんじゃないかと思っていました。でも分からないんです。だって心なんて読めませんから」
「そう言う時は自分の立場で考えてみるんだ。自分がもし相手の立場だったらって」
「自分がもし、相手の立場なら……」

 ヒオゥネは顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。

「僕は世話係だった母親が死んだ時、父が悲しんでいたのでなおしてあげようと思ったんです」
「なおす?」
「歩けるようにはなりました。でも父は喜ばなかった、それどころか憎まれていたらしい、どうしてですか」

 ど、どうしてって。

「死体を、いじったってことか? 埋葬しなかったのか?」
「なおしたんです」
「意識はあったのか?」
「話せはしませんでしたけど、やがてそうなる筈でした」
「ヒオゥネ……」
「動かなくなったことが悲しいんだと思って、なおしたんです。でも父親が彼女を捨てました。あの時は剥製にして傍におけるようにしてあげるべきだったと後悔しましたね」
「…………」

 本当に、方法がわからないんだ。
 人を愛したことがないんじゃない。人が物のようにしか見えなかったんだ。

「じゃあ、ヒオゥネが特別だって思ってるその人が、もし死んじゃったらなおすのか?」
「…………死ぬ?」

 ヒオゥネはじっとこちらを眺めたまま、固まってしまう。

「ヒ、ヒオゥネ?」
「……なおせるなら、なおします」
「なおして動けるようになって、傍にいればそれはお前の特別な人なのか?」
「…………なおして、動けるようになって……傍にいれば……」

 じっと見つめられて、ちょっとドキドキする。い、いや、そんなこと考えるような内容の話じゃないのに!
 それにヒオゥネには好きな人が…………うう。考えないようにしたいのに。
 自分でアドバイスしておいてなんだけど、今だってヒオゥネはその人のことを考えて父親の気持ちを理解しようとしてるんだよな。
 やっぱり嫌だな。ヒオゥネは、今誰を思い浮かべてるんだろう。

「……どうしたんですか?」
「え?」
「泣きそうな顔してますけど……」
「へ……え!? あ、いや、別に。夜だしちょっと眠くなった、とか」

 どんな言い訳だ!

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