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第十二章
246話 特別な人
しおりを挟むなぜか召使い用――ってメイド服だって言いたいんだろ! 分かってるよ、でも召使い用の服って言いたいんだ! って俺は誰に言ってるんだ……俺か。
なぜか召使い用の服を着たままヒオゥネの部屋に通され、ベッドの上に座らされてヒオゥネの帰りを待っていた。
――って言うかベッドの上に座ってたらする気マンマンって思われそうじゃないか!
そう思ってベッドから降り、立って待っていると、コンコンとノックの音が室内に響く。
肩がびくりと揺れ、自分の格好の不自然さに緊張する。
もうどうとでもなれ!
「ヒオゥネ様が来られました。お世話をよろしくお願いします」
え……。せ、世話? ――そんなの聞いてないんですけどッ!?
「お世話……?」
そう呟きながら入って来たヒオゥネが、俺の姿を見て固まる。この動揺の仕方は正しいのか!?
「ヴァントリア様にそんな趣味があったなんて知りませんでした……」
さ、さ、さ……
サベラスううううううううううう!!
許さないからなサベラス、絶対に許さないからな!!
「ヴァントリア様、お世話とはいったい……」
「俺は今召使いだ。何でも言うこと聞いてやる」
扉の向こうからサベラスの声が響く。
「まず服のお着替えを手伝ってください」
だからお前は鬼か!!
ヒオゥネはいろいろと察したのか、くつくつと笑う。むっとして服を脱がそうとすれば、ウロボスの服だからどうやって脱がせば良いのか分からず手を迷わせる。その手にヒオゥネの熱い手が重なってきて、少しずつ、ヒオゥネの纏う衣を脱がしていく。
な、なんだこれドキドキするぞぉぉ……。
「私はこれで失礼いたします。後はあなた次第です」
待って!? 置いてかないで!?
下着以外纏わぬ姿になったヒオゥネに、慌てて服を着せようとするが、その服が見当たらない。
「あれ?」
「着替えはいつもサベラスが用意していた筈ですけど……」
今脱がしたばかりの服もなくなっている。ヒオゥネに尋ねるように見上げると、ヒオゥネは答えてくれた。
「サベラスが魔法で回収していきました」
うあああああああああ!! サベラスううううううう!!
ご主人様にもそういうことをするのかお前はああああ!
「と、とにかくこれを羽織っててくれ!」
ベッドから掛け布団を取り羽織らせる。
「今日も話があると窺って来ました」
「う、うん。昨日は言えなかったこと、言おうと思って」
「そうですか」
長い沈黙が来て、どんどん勇気を削いでいく。残った勇気を振り絞って、素直に伝える。
「ヒオゥネが好きだ」
胸を押さえながら言う。恥ずかしくて目だけは合わせられなかったが、ちゃんと声は出ていた。
「僕も好きですよ。前にも伝えましたが、恋愛感情ではないけど好きです」
恋愛感情ではない……前はそうじゃないことに気が付いたって。そうだった、あれはヒオゥネじゃないんだった。あれ、でもそれならどうしてヒオゥネとしかしてない会話や体験をあの人は知ってたんだろう。
ええい、色々考えたってわかんないんだから、今度こそ言ってやる。そして、マキノに教わった通りにするんだ。
「ひ、ヒオゥネ、好き」
「はい。僕も好きです」
「……あ、愛してる」
「……っ」
固まってしまったヒオゥネの傍により、肩に手を置き少し背伸びをして、唇にキスをする。けれどそのすぐ後に、恥ずかしくなって胸にくっつく。
そうしていたからか、ヒオゥネが動かなくなり、胸の鼓動は早まった。
「な、何か言ってくれ」
ヒオゥネがガタガタと震え出し、ぽたぽたと、雫が降ってきて、ヒオゥネが泣いていることに気が付いた。心配になって見上げると、彼は声を漏らすことなく、無表情で、ただただ涙を流していた。
「ひ、ヒオゥネ、どうし――うわ」
心配して手を伸ばそうとすると抱きしめられて、身動きが取れなくなる。
ヒオゥネはうわごとのように、呟く。
「聞いてない、こんなの聞いてない……聞いてない、耐えたと言うのか、あいつは……こんな、酷過ぎる」
「ヒオゥネ、苦しい、ヒオゥネ」
きつく抱き締められてそう訴えるも、更にきつく抱きしめられる。
「……ヒオゥネ!」
ヒオゥネはハッとして抱き締める力を緩める。
「すみません」
そう言って離され、肩を掴まれながら、目と目が合う。
しばらく近距離で見つめ合い、そして、もう一度勇気を振り搾って、ヒオゥネに口づける。
すると、腰を支えられて、相手は舌を入れて答えてくる。ドキドキとうるさいくらいに胸が鳴る。
唇を離すと、ヒオゥネは戸惑ったような表情を浮かべていた。そんな表情は珍しくて、だからちょっぴりうれしくて、ドキドキしながら見つめた。
「ヒオゥネ、俺、ヒオゥネが……好きだ」
返事はない。
「あ、愛してるんだ……」
返事はないけど、聞いてくれている。
「ヒオゥネに恋してるんだ……」
ヒオゥネの目を見て、話せている。
「恋愛、感情……なんだ」
ヒオゥネは戸惑いを深くする。
「ヒ、ヒオゥネ。俺と、俺と……!」
ヒオゥネの目が大きく見開かれる。
「付き、あってほしいんだ……っ」
って俺は何を言っているうううううううううう!!
そう思いながらも、目をぎゅっと瞑って返事を待つ。
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ。
ああもううるさい!
「付き、合う? どこへですか?」
ガクッとずっこけそうになり、あわてて持ち直す。
そうだ、ヒオゥネは恋愛には疎いってサベラスが言ってた。
こっちはこれで精一杯なのに。
「恋人、って知ってる?」
「こいびと……それは種族ですか? やはり貴方はこの地下都市のことを知り尽くしているんですね」
「そうじゃなくて……関係性っていうか……愛し合ってる人達をそう言うんだ。愛し合って、それを認め合って、その、先のことをする人達……俺もよくわかんないけど、世間的にはそんな感じだと思う」
「愛し合っている人達……」
「付き合ってって言うのは、恋人になって欲しいって意味なんだ。ヒ、ヒオゥネと、恋人になりたい」
「僕とヴァントリア様が、恋人に……」
「ヒオゥネに俺を……愛して欲しい」
な、何言ってるんだこれは、もう何が何だか分からない。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
顔中が熱くてぎゅっと目を瞑っていたが、また声がやんで、そっと目を開けてヒオゥネを盗み見る。
「愛し……合う、僕が……」
「……うん」
「僕が……?」
「う、うん」
どうしたんだろう、様子がおかしい。全然目が合わないし、何より、どうしてそんなに震えてるんだ。
「ヒオゥネ?」
「僕は誰にも愛されない。そして誰も愛せない」
「ヒ、ヒオゥネ?」
「そう思ってきました」
ヒオゥネは眉を寄せて呟くように言う。
「でも、ある人に、僕にも愛する人が現れると言われてから、その人のことばかり考えてきました」
ある人? 未来を予想する人がヒオゥネの近くに入ると言うことか?
「出会わなくてもその人を愛したんです。名前は聞き出せなかったけど、その人を見つけることは出来ました。自分でもその人が特別だと分かっています。でも愛しているかどうかは、わからなくなりました」
特別……ヒオゥネに特別だと思われている人。
「僕はその人のためなら何だって出来ます。どんな悪いことだって、その人のためなら、やってみせます」
「……悪い、ことって。まさか」
「僕はいい人になりたかったんです、ヴァントリア様。昔は……いえ、悪い人が嫌いで、いい人が好きだったんです。でもいい人はダメだ、自分を犠牲にして嫌われようとするんです。僕がいつか愛してしまう相手は、そんな人なんです。だからいい人は嫌いです、その人には悪い人になって欲しい」
「……ヒオゥネは、その人のために、悪い人になった?」
「僕は誰も愛せない、でも、周りの人を助けたかったんです。だから全員を助けると決めた。でも出来なかった。僕は誰かを愛することができると知ってから、その人だけを救うことを目標にしてきました」
ヒオゥネには、好きな人がいるんだ。
「…………ヒ、ヒオゥネは、ヒオゥネはその人を、その人を愛してる……のか?」
「わからない……その人が僕でない人に抱き締められていたり、キスをしていたのを見たとき、とても嫌でしたけど」
「それって……」
好きってことじゃないか。
「愛していない相手とキスできるのかと、僕もその人でない相手にキスをしようとしましたが、……その人が止めてくれるのを待ってしまって出来ませんでした」
「それって、自棄になったってことか?」
ただの嫉妬じゃないか、止めて欲しいってことは、好きってことなんじゃないのか。
俺はヒオゥネが誰かとキスしそうになった時……ショックだったし、抱き締められるのも、俺だけがいいし……って何を考えて……いやいや、好きなんだしこう言うことを思うのは普通なのか? でも恋人じゃないんだから束縛するのも変だし……て言うか、その恋人になりたいって話で何でこんな話になってるんだ。遠回しに振られてるのか?
教える、べきなのかな。
それが愛するってことだって。
でもそれは勘違いだって言えば、ヒオゥネはその人のこと諦めるかもしれない。
……ヒオゥネが、好きになった人か。
どんな人だろう……。俺なんてたくさんちゅーされてるんだぞ、身体の関係だって持ちそうになったんだ。その人にそう言って、ヒオゥネが振られて仕舞えばいいって思ってる。
ああくそ、やっぱりヴァントリアは——俺は、悪い奴なんだ。振られてるんだし、好きな人に好きな人がいたなら、応援しなきゃいけないのに……そうしたらきっとヒオゥネの言ういい人になれるのに、なのに……嫌だ。いやだ……。好きな人に好きな人がいたら、応援するものなのか? あれ、それって変じゃないか?
応援なんて、出来ない。そうだ、出来るわけない。……そうか、応援してるって言える人は、きっと心の底では応援なんかしてないんだ。きっと。
そう、言えばいいのか? ヒオゥネに、その人を愛してるってことを認めさせて、それから……それ、から。
いやだ……そんなの、そんなのいやだ。考えただけで吐き気がする。気持ち悪い、胸が苦しい。そんなの絶対してやらない。どうしてそんな役、俺がしなきゃならないんだ。俺はヒオゥネが好きなんだ。
「ヒオゥネは……」
でも、でも、そんなんじゃヒオゥネが苦しむだけだ。教えてあげないと、ヒオゥネはずっと愛するってことを知らないまんまだ。
「……その人のことを、愛してるんだな」
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