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第十一章
239話 その間1秒
しおりを挟むイーハの屋敷に帰ってきてから、次に向かう階層――四皇級階最後の一人であるセル、彼がいる階層第10階層ラハードへ向かう準備をする。
イーハ達吸血鬼は深夜でも元気いっぱいだ。イーハによると最近は信者や町の人達から血を採取させて貰っているらしい。ドナーのような精神を崩壊させて操るようなことは申もうしていないらしかった。町の人と共にかつてドナーだった人達の回復に努めているらしい。
テイガイアとラルフがいない今、髪や瞳を赤くする薬は作れない。
ディスゲル兄様とロベスティゥに、セルに会うのはヴァントリア一人の方がいいと説得され、早朝、皆と別れることとなった。
王宮に戻るらしいディスゲル兄様とロベスティゥと(エンタナ、エリオットも)共に、本軸のエレベーターへ一緒に向かう。本軸のエレベーターは他のどのエレベーターよりも広く、天井のないそれは地下都市の巨大さを物語る。
本軸のエレベーターに乗るのは初めてだと喜びたいところだが、来ないよな、敵がわんさか来ないよな。
「何警戒してるんだヴァントリア」
「いや、敵が来るんじゃないかと」
「なんでだよ。それより警戒するべきはセルだろう」
「セルに警戒?」
それにはロベスティゥが答えた。
「あいつは何が何でもキサマを帰そうとしないだろう。帰れなくなった時は連絡しろ」
そう言ってロベスティゥは通信機を渡してくる。
おお、攻略本に乗ってたまんまの通信機だ!
「ありがとうロベスティゥ兄様」
「もうそろそろ着くぞ」
エレベーターの扉が開き、眩しいくらいの真っ赤な町が目に入る。和のような中華のような建物が高くそびえ、並び、ウロボズ特有の真っ赤な衣装を着た人々が街を行き来する。そんな大通りをまっすぐまっすぐ、遥か奥に存在するのがウロボスの第14宮殿流遠だった。
ロベスティゥとディスゲルと別れ、いざその階層を歩き出そうとすれば、人々の視線が俺に集まってくる。……白い服着てるからか? 確かに珍しいよな。
「久しぶりだねヴァントリア」
そう言って突然姿を現したのは黒い衣装とシルクハットがとても似合う、あのルーハンだった。
「ルーハン、本当に久しぶりだな!」
「別に迎えに来てやったわけじゃないよ。たまたま通りかかっただけだ」
「一人じゃ心細かったから会えて嬉しいよ」
「フハっ、別に俺は会いたかったなんて思ってねえからな」
「分かってるよ」
ヴァントリアに会いたいなんて思う奴いないだろうからな。
「着替えが用意してある、こっちだ」
「着替え?」
「ああ。その白はあいつの目には毒だからな」
「なるほど……分かった」
やっぱり注目を集めていたのはこの服か。
ルーハンが用意したと言う馬車に乗って、第14宮殿流遠へ向かう。
流遠に着くと、門番には感動され、通路を行きかう兵士達には拝まれる。そんなに俺の存在ってセルの理想だったのか。って、そっか、町の人に見られてたのって俺の髪と目が赤かったから見られてたのか。
ルーハンが用意したと言う部屋で、彼が用意してくれた赤い衣装に着替える。
「似合うじゃないか」
「そうか?」
いつもおんなじ白い服を着てたから色のついてる服は新鮮だな。鏡はないから姿の確認はできないけど、似合っていると言われたから喜べる。
ルーハンはセルに会いに行く道中、口をつぐんでいたが、彼の待つ部屋の前にやって来てから向き直って、俺の両肩を掴んできて言った。
「俺が必ず帰してやる、約束だ」
「う、うん」
いつになく真剣な顔をしていたので、少々驚く。ルーハンはやっぱりいい奴だな。
胸を押さえて深呼吸をしてから、いざ、セルの待つ扉を開くと――
「待っていたよヴァントリアッ!!」
耳が張り裂けんばかりの、セルの歓迎の声が聞こえてきて後ずさる。
「う、うるさい」
「ヴァントリア……ヴァントリア、何て美しい色なんだ! はぁ、はぁ、お前を見ていると、口に含んで食べてしまいたくなるよ!」
セルは恍惚とした顔で少しずつ距離を縮めてくる。口から涎が垂れ、動悸が激しい、と呟きながら胸を手で押さえる。異常過ぎて「大丈夫か」と心配してしまった。
「むしろ元気だ!!」
「だからうるさい」
セルはやっと俺の前まで来ると、熱い視線で舐めるようにじっくりと見てくる。まず髪を眺め、その次に瞳を眺め、そっと肌に触れてくる。
「美しい色だ……何もかも美しい」
「肌は赤くないんじゃ」
思わず思ったことを口にすると、「そんなことはない!!」と抱き締められる。
「ひえ」
「その火照ったような肌が美しい色に染められて愛らしい」
距離がとられ、またじっくりと眺められる。そんなに見られるといたたまれない……。
セルはずっと笑顔だったが、ある一点を見てから、一瞬で真顔になる。
それに気が付いた時にはもう、――セルの手がそれを引きちぎっていた。
ロベスティゥに貰った腕輪型の通信機だ。
セルはそれを地面に落とし、やめだと言わんばかりに踏み潰す。
「汚い色はお前には似合わないよ」
目にとめて踏み潰すまで、その間1秒。
それだけで圧倒的な力の差を見せつけられた気がして身体が委縮する。
俺、ちゃんと帰れるよな?
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