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第十一章

229話 そう言うところが

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 数時間が経った。

「…………、…………」

 吸血鬼達は纏わりつくように血を吸い、ストレスの捌け口に暴力を振るう。ボロボロになって思い出す、この痛みは初めてではないと。
 こんな痛み、少しも怖くないと。
 震える身体でそんなことを考えていた。本当は、恐ろしい癖に。
 でも、助けを呼んで仲間が来たら、同じ目に合わせるかもしれないじゃないか。
 朦朧とする意識の中で皆の姿を思い浮かべる。それだけで、心が落ち着いていく気がした。
 そんな時だった、血を吸い、暴力を振るう化け物達が黒いモヤを浴びて次々と気を失い、背後から伸ばされた腕に捕まれ前方へと投げ飛ばされていく。
 更に背後で何かが地面に何度もぶつかるような音がして、同様のことが後ろで起こっているのだと気がつく。
 後ろから、コツ、コツ、と足音が聞こえて来て、イーハが戻ってきたかと思ったが。

「酷い姿ですね」
「その、声は」

 ああ、この声は。

「助けに来てくれたのか?」
「はい」

 どうしてお前には、助けて欲しいって時が分かるんだ。
 ナイフを外され、立ち上がろうとしてふらつき、声の主――ヒオゥネの胸にもたれかかる。

「ヴァントリア様、気を確かに」
「お前は……いつも助けに来てくれるな」
「僕だって流石に毎回は助けられませんよ」
「ありがとう」
「……別に、貴方のためではありません。貴方が傷付くと、僕が苦しいだけです」
「それ、自分のためだって言ってるのか?」
「はい」

 言ってないような気がするけど……。
 ヒオゥネは俺に大きなタオルを羽織らせてから言った。裸見られた……恥ずかしい。

「貴方に用があってきました」
「はあ」

 椅子に座らされ、彼は後ろを向く。呪いが集まるようなモーションが見えた気がしたが見間違いだろうか。
 彼は振り返って、「どうぞ」とそれを差し出した。
 真っ黒なウサピョンだった。

「…………俺ウサピョン大っ嫌い」

 可愛いけど悩みのタネだもの。イルエラウサピョンは好きだけど。
 ヒオゥネがウサピョンを下ろすと、ウサピョンは近づいてきてスリスリしてくる。

「安心してください。ただのウサピョンではないですから。僕の作った生命体のウサピョン、名前はコゲテルです」

 ……ウサピョンと言う名前をつけたゲーム会社の人のネーミングセンスもどうかと思ってたけど、ヒオゥネはもっと酷いな。
 ウサピョンを抱き上げて眺めていると、ヒオゥネが呟く。

「……可愛いですね」
「はい?」

 え、何が? もしかしてコゲテルとか言うこの黒いウサギのことか? あ、いやウサピョン。ウサピョンウサピョン。
 黒いウサピョンはおとなしくて、結構可愛いかもしれない。ただめっちゃスリスリしてくる、あんまり変なところに入り込まないで欲しいんだけど。手で退けたり、後退して避けたりしながら、ウサピョンを眺めていたら、ヒオゥネがそれをじろじろと見てくる。

「何?」
「コゲテルを持ちながら誰でもいいので吸血鬼に近づいてみてください」
「なんで?」
「ちゃんと守れるか確かめるためです」

 立ち上がり、協力しようとはするものの、足が動かない。無意識に怖がってしまっているらしい。

「ち、近づかなきゃダメ……?」
『あーあ、仕方ないですね……自分で歩きますから下ろしてください』

 ……ん?
 何か変な違和感を覚えたが、言われるまま下ろす。すると、コゲテルはてけてけと吸血鬼の一人に近寄って蹲る。すーすーと寝息を立て始めた。

「あの、ヒオゥネさん? 寝てるんだけど……」
「今は呪いを吸収しているんです。吸収した呪いは僕に送られてくるのでコゲテルには負担がありませんよ」
『やはり新月の夜は呪いが強くなるようですね』

 ウサピョンがヒオゥネよりちょっと高めのヒオゥネのかわいい声で喋り出す。それには驚くが、ヒオゥネが作ったウサピョンなら有り得る。さっきの違和感はこれか?

「吸血鬼の皆さんはルーハンに吸血鬼にされた人達なので、反応するんでしょう。新月の夜、魔獣が活性化することと関係がありそうですね。空の魔法の出力が強まる日でもありますから魔獣がそれを喰らって活性化する……。それらが各層の純ウロボス一族の魔獣と戦闘になって食われ、吸収されて、呪いが強まる……吸血鬼に影響があると言ったところですか」

 ほとんど言ってることが分からなかった。

「そ、そっか。それにしてもこのウサピョン……寝てても喋れるんだな……」
「身体と意識は別々ですから」
「意識?」

 あれ、なんかさっきから違和感が……。

『…………そのまま動かないでください』
「え?」
『……綺麗です』
「何が?」
「いえ、なんでもないです」

 ヒオゥネがタオルを巻き直してきて、時々肌に直接触れる指にドキドキする。いや、何を考えてるんだ俺は。フラれたばかりだろう。

「あの、ヴァントリア様、いい加減服を着ていただけませんか。僕以外の人に裸を見せないでください」
「お前の前でも見せる気はない……って、待って。そう言えば、なんか見えてる感じの話し方っていうか…………」

 かああっと頰が熱くなるのを感じる。慌てて胸と又の間をタオルで隠す。

「み、見えてないんだよなこのウサピョン目線では!? 撮影機能とかないよな!?」

 そうじゃなかったら、角度的に色々とんでもないところ見られてる! ヒ、ヒオゥネに変なところ見られたってことになっちゃう……っ、そ、そんなの恥ずかしくて死にたくなる!

『はい、ちゃんと生きてるのでそんな機械的な機能はありませんよ。だからそのタオルを退けてください。リラックスしてくれて大丈夫ですから』
「――なんでタオルを退けなきゃならないんだよ」
「…………別に意図はありませんけど?」
「今の間はなんだ!? ナチュラルなトーンで綺麗に嘘つくな!!」

 急いで服を着れば、ウサピョンから「あーあ」と言う声が聞こえてくる。なんなんだその残念そうな声は! 絶対に見えてるじゃないか!
 ああもう最悪だ変なところ入り込まれたりしたし…………ん?

「ヒオゥネの意志で、歩くことって出来るのか?」
「はい、まあ。僕の分身と同じです、分身を作っている擬似呪いと同じモノで作った人工動物ですから。今は記憶を共有している状態なんですよ」
「まさか、感覚まで分かるなんてことはないよな……?」
「それは流石にないですよ」
「そうか」

 …………もし感覚を共有してたら、ヒオゥネの身体に俺のいろんなところが擦り付けられてたって状態になってたのか。胸に鼻ちょんちょんされたし……。ただのウサギでも恥ずかしいんですけど。

「…………待て、何で抱っこさせたんだ、自分で歩けるのに」

 それにはウサピョン――コゲテルが答える。

『楽なので』

 そう言えばイルエラも抱っこされたがってたな。やっぱり楽を覚えてしまったか。

「ほ、本当に感覚はないんだよな?」
「……はい」
「嘘付いてないよな? 嘘だったら、その、色々と……だから、その、嘘付かれるのは……悲しいって言うか、いや、時には必要な嘘もあるかもしれないけど……」
「…………すみませんでした。嘘です。感覚はあります。呪いで出来た身体を調べられるチャンスだと思って触りました」

 急に正直。で、でも結構と言うか、かなりショック受けてるんだよな。そりゃ知り合いに身体を触られまくったのと同じなんだからショック受けるか。

「……まあ、本当は触れたかったから触れただけなんですけど」
「…………え?」
「ヴァントリア様がとても綺麗だったので、つい触れたくなってしまいました」

 急速に身体の熱が上がっていく。

「き、きききき、綺麗って何だよ!? 自分で言ってて恥ずかしくないのか!? いや、あ、あれか、呪いなのに作りが良くて綺麗って言うか、モノに対しての綺麗ってことだな!?」
「はあ、僕が美しいと思ったのはヴァントリア様なんですけど。……あんまり他の人に見せないでくださいね。独り占めしたいので」

 な、ななな、な、じょ、冗談でも恥ずかしすぎるぞ! 何を考えてるんだお前は!

「ヴァントリア様、貴方は美しいです」
「バカッ!!」

 顔を両手で覆って背を向ける。あああああ、くそ、こんなんじゃみんなにバレるぞ! 本人にもバレかねない……。顔が熱い、絶対赤い、こんなの誰にも見せられない。どうしたら……ああああー! ヒオゥネのアホおおおおっ。

「直接触れると怒られると思いまして」

 そう言いながら、タオルの中に手を入れてくる。見える見える見える!!

「ダメだダメだダメだダメだ!」
「少し眠ってください」
「へ?」
「僕は今そういう気分じゃないんです。今、僕は怒ってますから」

 怒ってると言われてビクリと肩が揺れる。

「俺に怒ってるのか?」
「いいえ。自分に怒っています」

 目の上に手を当てられ、徐々に眠気が襲ってくる。

「俺はお前の訳わかんないそう言うところが……」

 目の前が真っ暗になり、ヒオゥネに受け止められた感覚だけがした。

「…………」

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