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第十章

223話 夢中になってしまったし

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 そう思っていたら、やっと離れて言って、安堵する。

「……癖になりそうだ」
「は、はい!?」
「柔らかい……吸い付きたくなる」
「……げ」

 そうだ、ヴァントリアの唇って無駄に柔らかいんだった。俺も不本意だが夢中になってしまったし……。サイオンの手が肩や脇腹を撫で、太ももやおしりを撫でていく。

「ひいいっ何なんだよ! 気が狂ったのか!」
「筋肉がないな、貴殿」
「何ですか筋肉チェックですかそれとも贅肉チェックですか、離れろバカッ!! 変態ッ!!」
「なんなんだこの触り心地は」
「な、何言って」
「沈み込むような……抱き締めたくなる」
「……げ」

 そうだ、ヴァントリアって無駄に抱き心地がいいんだった。ってもうこれいいって!

「はあああーなあああーせええええええ!! ――うわああ!」

 ひいいいいいい!!
 サイオンの顔が近づいてきて、いつもの支えられる腰を使って逃げる方法を取る。
 何なんだこれは、やっぱり甘やかされたくなんかない! もう何もかも吸い出されそうだ。
「うわあああああああ、わああああ! わああ!」
 生理的な涙が浮かんできて、ディスゲル兄様に助けを求めようと、自由である手をばたつかせるが、視界に入るのはサイオンのまつ毛ばかり。
 そんな睫毛が震えて、ゆっくりとその奥の瞳が薄く開かれた瞼の向こうからこちらを見てくる。

「ひ……うっ」

 見るなっと目を瞑れば強く引き寄せられていた腰が離される。

「ヒィ、ヒィ、ヒィ」
「……ああくそ、気持ち悪くて可愛い。ゾクゾクしてきたぞヴァントリア」
「や、やめ……ギュッでしたり頭撫でてくれるだけでいーよおおお! こんなのやだ無理いいい! ……や、ヒ、ヒオゥネじゃなきゃヤダっ!!」

 ――ってヒオゥネもダメだろ!!

「恥ずかしがるな、お前も甘えてこい」

 顔を背ければガシッと顎を手に掴まれて無理やり向き直される。なんで俺はこんなに男にキスされるしされそうになるんだ……! せめて女の子がいい! 可愛い女の子たくさんいるって知ってるんだからな!
 吸い込まれるように顔を近づけて来て唇を重ねようとしてくる。

「ひいいい、ひい、ひいい……」
「いい加減にしろこの変態兄貴ッ!!」

 ゴリッと言う音がして、目を開ければサイオンは花瓶を頭に被っていて、ずりずりと地面へ落ちていった。

「ディスゲル兄様あああ!」

 兄様の胸に飛び込めば、よしよしと背中を撫でてくれる。ああ、やっぱり甘えるならディスゲル兄様だな。

「悪い、花瓶を探すのに手間取った」
「普通に剥がせばいいだろ!?」

 何で花瓶探しに行ってんだ!

「ったく……これがシストだったら滑稽だったのにな」

 酷いな。
 サイオンが花瓶を頭に乗せたまま起き上がる。どんな技使ってんだ。

「ディスゲル貴様……よくも邪魔を」
「弟相手にセクハラしてんじゃねえよ」
「セクハラだと……?」
「「セクハラだろッ!!」」

 ううーやだやだ何か唇が濡れてるのがやだ。
口を袖で拭っていれば、「ばっちいからやめなさい」とディスゲル兄様が止めさせる。でも拭きたい……そうだ! ハンカチ!
ハンカチを取り出してから、ハッとする。そうだ、俺のじゃなくてヒオゥネのなんだった。…………。
 口拭いていいのか……? これで…………洗って返そうと思ってたのに……。新しく買って返せばいいのかな、でも上等だよな、コレ。
 ペロン、と広げて眺めてみれば、端っこに文字が刺繍されているのが分かる。
「H♡V? 何これ、名前じゃなくね?」
 メーカー名か何かかな。
 ……下の方にも小さな文字が並んでいるのを発見する。
「ハ、イオ、ン、オ……ルテ。イル…………なんだこれ」
 まあいっか。
 ごめんヒオゥネ、使わせていただきます。
 口を付けて拭いていれば、何かいたたまれなくなって目を泳がせていたらディスゲル兄様と目が合う。

「お前何匂い嗅いでるんだ?」
「嗅いでない! 口拭いてただけ!」

 た、確かにちょっとヒオゥネの匂いだーとか思ってたけど嗅いでなんか……そんなの変態みたいじゃないか。

「……ふーいい匂い」
「そんなにいい匂いなのか?」

 か、嗅いでなんかない!

「何の洗剤? オマエ脱獄囚だったんだし、やっぱり市販だよな?」

 ディスゲル兄様が近付いてきて、ジロジロとハンカチを眺める、そしてピタリと動きを止めた。

「な、なんだよ」
「……H、ハイオンってさっき言ってた好きな人のことか? ラブラブだなオマエら」
「は?」
「は? って、とぼけるなよお前。♡なんて付けちゃってさ」

 もう一度端っこの刺繍を探し出して眺める。

「Hハイオン♡Vオルテイル………………………………あのバカッ!! 何考えてんだあいつ! だからこんな上等なハンカチすんなり渡してきたんだな!」

 きっとそうだ、未来の自分とかに聞いてハンカチ渡すこと知っててわざとこんな刺繍をしてからかってるんだ!

「うううう……」
「良かったな両想いで」
「な訳ないだろッ!! からかってるんだ! そういう奴なの!」
「ふーん」
「ニヤニヤすんな!」

 でも冗談でもちょっと嬉しい自分がいるのが……ム、ムカつく。

「こ、こんなものおお!」

 破こうとするが力がなくて破けない。ハンカチくらい破けないのか俺は!

「どれどれ……」
「あ!」

 ヒョイッとディスゲル兄様に奪われてしまう。

「これかなり上等じゃん。ブランドものじゃないか? 何だっけ、このメーカー」
「あ、やっぱりH♡Vはメーカー名だよな!」
「いや……オレは模様で判断したんだよ」
「そ、そうですか……」

 アイツほんと何考えてるか分かんない!

「よかったな、こんなプレゼント貰っちゃって」
「プレゼントじゃない、洗って返すって言って預かってるんだよ」
「ああ、なるほど。オマエが後から♡の後を付け足したのか」
「なわけねえだろ!」
「そうかそうか、好きな人のものが欲しかったんだな。でもそれに口付けて匂いなんて嗅いでたらオマエ変態くさいぞ」
「う、うっさい!」

 い、いいんだ別に、匂いが好きなだけでアイツが好きな訳じゃないし。次あったら何の洗剤使ってるか聞いてみようかな、それともこれって香水の香りか? ……ヒオゥネって香水付けてるのか? それはそれで……って何を考えてるんだバカッ!! あんな奴のことなんかどうだっていい!
 ハンカチを畳んでポッケにしまえば、ディスゲル兄様がそれを見て言った。

「でも洗って返しちゃうんじゃ匂いも嗅げなくなるな」
「う、うるさい! そんな理由で借りたんじゃない!」
「え、何でそこでくっ付いてくるんだ」

 ぎゅうううっと抱きついていれば、後ろからも温もりがしてくる、何で?
 不思議に思っていたら少し上からディスゲル兄様の声が降ってくる。

「あの、サイオン……近いんだけど」
「キモ可愛いヴァントリアを挟めば貴殿も少しは可愛さが増すな」

 ちゅっと上から音がして、えっ、と顔を上げれば、ディスゲルの額にキスをしているサイオンの図があった。

「な、何すんだよ! セクハラ兄貴!」
「うじむし!」

 便乗して言ってやればサイオンに睨まれた。って言うか、ディスゲル顔真っ赤なんだけど、ちょっと口元ニヤけてるんだけど。お前喜んでるだろ。俺の時はちょっと嫌そうなくせに。ムカつくな。

「ディスゲル……兄様」
「ん?」

 こちらを見たディスゲルを引き寄せて、頬にキスをすれば、ビキッと面白いくらいに身体が固まる。

「ふふふふふ、俺とサイオンで態度を変えたのが運の尽きだ!」

 ヴァントリアにキスされるなんて拷問に等しい!

「…………確かに、クセになるかもな」
「え?」

 ディスゲルの顔が近付いてきて、ふに、と唇に何かが触れてくる。

「…………んんんんんんんんん!?」

 サイオンまでとは行かずすぐに離れて、「……うっわオマエ、確かにこれは気持ち悪いくらい気持ちいいわ」とか言う。お前の方が変態臭いわ!
 ちなみに触れたのはディスゲル兄様の指である。
 顎に冷たい指先が触れて、グイッと顔をあげれる。すぐにサイオンの顔が降ってきて唇に湿っぽいものが触れた。

「ぴううううんんん!?」
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